獣耳生えちゃいました事件
「おおおおおおおお前ッ! み、耳どうした!」
主人夫婦が居る書斎のドアを開けて、執事のマリクは手にしたティーカップを取り落としそうになった。曲芸士さながらのバランス感覚が無ければ粉々に砕け散っていただろう。
「耳? あるよぉ」
「あるとか無いとかじゃない! いや、増えてる! 耳が増えてっぞ!」
わなわなと震える手で彼が指したのはこのお屋敷の奥様(とはいえ、あまりにも幼い言動が目立つ為、奥様らしい威厳は皆無だ)の頭の上。動物の耳が生えていた。マリクは目を疑った。目を疑って、耳を疑った。
屋敷の主人はデスクの椅子に腰掛けてニヤリ。
「あはは。大成功」
「お前ッ……また変なもんつくりやがって!」
天才科学者である主人は実験だの研究だのとこじつけて、よく思いつきで余計なことをする。この獣耳も、主人が何かしたに違いない。
「うふふ。マリク。耳は増えないよぉ。増えるのはビスケットだよ」
「違うよ。カミィちゃん。ポケットを叩くとビスケットは増えるんじゃなくて割れるんだ。質量は変わってない」
うふふ、と溶けそうな顔で笑う奥様と、真面目な顔で諭す主人。どうやら奥様は頭の上の耳にまだ気がついていないらしい。
耳は無意識でもピコピコとせわしない。
「ビスケットはどうでもいいし耳が増えてるんだよ! 実際! お前の頭の上に!」
「え? ほわぁ。ほんとだ。わたし、お耳が出ちゃってる」
奥様は自分のからだの異変に気がついたよう。頭上に手をやり獣耳に触れる。
「ふあぁあ、なんか変な感じがする」
「変な感じってどんな感じ? 詳しく、もっと分かりやすく教えて。いつもより音がよく聞こえたりする?」
事件の元凶らしい主人は興奮気味に妻に詰め寄った。
「えっと、なんかね、わたしの耳なのに、わたしの耳じゃないみたいな、不思議な感じがするの。なんだかジワジワする」
「それじゃ抽象的すぎて分からないよ。不思議な感じってどんな感じ? ジワジワって何?」
「えっと、えっと」
奥様は一生懸命。そのときだった。
ニュルッと。
奥様の尾てい骨あたりから、今度は尻尾が生えてきた。
尻尾は不定期なリズムでパタパタと左右に揺れて床を叩く。
「あわわ。しっぽも出てきちゃった。どうしようジュンイチくん」
「大丈夫だよ。あとでなおしてあげるから、今は耳と尻尾が生えてどんな気持ちかを優先的に教えて」
「いや、それより!」
困り顔で泣きそうな奥様と、前のめり気味に紙束にペンを走らせる主人の間にマリクは滑り込んで。
「お前は今すぐ! ズボンを! 履け! 尻尾でスカートがめくれあがって丸見えになってるんだよ!! ていうか何だそのパンツ! 尻の割れ目が半分見えてる! そんな浅いパンツ履いたら腹が冷えるぞ。もっと股上の深いパンツを履け!」
「いや、履かせるより脱がそう! 僕は、しっぽの生え際を直に見てみたいよいいよねいいよね」
主人は興奮の限界、奥様に襲いかかる!
「ぴゃあ」
捕まってひんむかれる奥様!
「ふぁああああああああああ!!!!!!」
とりあえず大声を出すマリク!
*
見てはいけない(いろんな意味で)と慌てて部屋を飛び出したマリクは大きくため息をついた。
主人のやることにはついていけない。天才のくせに、いや、天才だからか。常人とは思考回路がまるで違う。まともに相手をすればバカを見る。
こういうときは、黙って、事後ヘロヘロになっている奥様に履かせてやるズボンを用意するのが、一番良い解決策なのだ。
おしまい。
獣耳が生える話を、「龍の望み、翡翠の夢 番外編「他言無用」(http://ncode.syosetu.com/n6097du/34/)」とコラボしたものです。
石河翠様、ありがとうございました。