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シオンズアイズ  作者: 友崎沙咲
第四章
7/19

思惑

アイーダは安堵した。

運良く城内に入り込めたし、ファル自らが女中長に職を掛け合ってくれたのだ。

女中長のサリは面食らいながらも、アイーダに問いかけた。


「何が得意なんです?キタラ琴は弾けますか?詩は?歌は?文字を美しく書けますか?」


キタラ琴なら得意だ。けれど。

ファルに触れていたい。

ファルに出来るだけ近付き、この身体を見せつけ煽りたい。

アイーダは、微笑みを絶やすことなく女中長サリに告げた。


「マントのヒダ付けや、指圧が得意です」


サリは、唇を引き結ぶと静かにアイーダを凝視した。

この女は、一体何者なのか。


いくら王子の頼みとて、いきなり湧いて出たような者を王子の肌に触れるような仕事に就かせる訳にはいかない。

サリは、アイーダを見つめてハッキリとした口調で言った。


「王子の体に触れる仕事は、長年勤めあげた信頼のおける者に任せてあります。あなたには」


アイーダは内心がっかりしたが、ファルからとてつもなく離れているような仕事は嫌だった。

ならば。


「では、キタラ琴の演奏をお申し付けくださいませ。得意なんです」

「王と王子、その側近の方々の食事時、必ずキタラ琴の演奏をします。演奏責任者のところへ案内します。着いてきなさい」


アイーダは頷いた。

サリは歩き出しながら思った。

キタラ琴が得意なら、なぜ最初聞いた時に言わなかったのか。


この女には何かある。

王子に接触したがる訳は。

サリの心にムクムクと疑問が沸き上がり、彼女の心を支配した。


巫女長レイアと話さなければならない。

サリは静かにそう思った。


数時間後。


「アイーダ!アイーダはどこだ」


ファルは大股で王宮を歩きながら、数メートル離れたところで女中たちに指示を出していたサリに声をかけた。


アイーダが城に現れたとき、本当はすぐにでもシオンの事を聞き出したかったが、軍師マーカスとケシアの都奪還の策を練らねばならなかったし、兵達の立て直しをしなければならなかったので、やむ無く後へと回したのだった。


女中長サリは床に膝をつき、両腕を胸の高さで組んで頭を垂れながら恭しく口を開いた。


「アイーダならキタラ琴の演奏を申し付けました。

先程までは演奏長のところにいたのですか、体の汚れが目立ちましたので今は入浴を」

「分かった」


ファルは踵を返すと中庭を突っ切り、真っ直ぐ使用人専用の建物へ向かった。

早足で数分歩くと、使用人達が暮らす集合住宅が見えてきた。


ファルは建物の中へと入るとアイーダを探した。

ファルの姿を目に止めた使用人達が、慌てて床に膝をつく。


「誰かアイーダを知らないか」


ファルの凛とした声が響いた時、


「ファル様、私はここでございます」


アイーダが地に伏しながら控えめに声を発した。

ファルはアイーダの前まで進むと、彼女の腕を掴んで立ち上がらせた。


「シオンの話を聞きたい」


……今だ。


「あっ……」


アイーダはファルに腕を引き上げられたのを利用し、フラリと体を揺らすとファルの胸の中へと倒れ込んだ。

薄いキトン一枚をまとった体を、ファルにピタリと押し当てる。


「おい、しっかりしろ」


開いた胸元を見せつけながら、アイーダは頬を染めてファルを見つめた。


「……申し訳ございません」


ファルはそんなアイーダを黄金色の瞳で見下ろし、唇を引き結んだ。


「怪我をしているのか」

「はい、少し……」


言いながら更にヨロけ、わざとらしく豊かな胸をファルに擦り付けながら辛そうに眉を寄せる。

瞬間、


「あっ」


ファルがアイーダの膝をすくうように抱き上げると、短く言った。


「俺の部屋へ来い」


アイーダは早鐘のような心臓を感じながら、聞き間違いではなかろうかと、間近に迫ったファルの男らしい顔を凝視した。

ああ、これは……。


このままファルの部屋で、私は一体何をされるのか。

私の体を目の当たりにし、ファルの恋の情念に火がついたのでは。

甘く囁かれ、今夜の相手に選ばれるのではないだろうか。


剣の腕はかなり上級であるファル。

そんなファルは、寝台の中では一体……。

アイーダは甘い目眩に眼を閉じた。

期待で胸がはち切れそうであった。


◇◇◇


「姉様、今日城へ来た女……アイーダをご存じですか?」


女中長サリは実の姉である巫女長レイアの部屋へ出向くと、こう切り出した。


「ダクダ王へ遣いの者がきたのを見ました」

「その女です。全身が汚れていて身体中に治りきっていない傷が無数にありました」


レイアは自室に香を炊きながら軍神マルスの像を仰ぎ、胸の前で両手を組んだ。


「その女がどうしたのです?」

「行動に不審な点があります」


レイアはサリを振り返って、落ち着きのある声で尋ねた。


「どの様に?」


サリは、アイーダとの会話や態度を詳しくレイアに話した。


「いちど私が見てみましょう」

「是非。この時期です。ケシアの都を奪われ王子は焦っておいでです。どうぞ姉様のお力添えを」


サリの直感は、良く当たる。

おまけに洞察力に優れ、人の僅かな態度や表情を細やかに読み取る才能があるのだ。


ダグダ王にお伝えする前に、まず自分で見極めなければ。

巫女長レイアは水晶の首飾りにそっと触れると、ゆらゆらとくゆる香の煙をじっと眺めた。


◇◇◇


王ダグダとファルの元に、ジュードとロイザが帰還したとの知らせが届いたのはその日の午後であった。

城壁塔の門兵の目に、けし粒程の人物が目に留まり、やがてそれがボロ布のようなロイザを脇に抱えたジュードであるのが確認できた頃には、彼は無意識に叫んでいた。


「ジュード殿ならびにロイザ殿のご帰還!!跳ね橋をあげろーっ!!王と王子にご連絡を!!」

「ジュード殿っ……!」


ジュードとロイザを見た門兵は、彼らの姿を見て言葉を失った。

固まった血と、泥と、壊れて体にぶら下がった鎧。


ジュードの眼はカッと見開かれたまま異様な輝きを放っていたが、誰が言葉をかけても戦術ばかりを口走り、まるで会話にならなかった。


一方、ジュードの脇に抱えられて意識を無くしているロイザは胸に十字の刃傷を付けられ、生きているのか死んでいるのか分からなかった。


「ジュード!!!」


その知らせを聞いたファルが駆け付けたが、ジュードは馬上で忙しなく辺りを見回し、ギラギラとした眼差しを空にさ迷わせるばかりであった。


「おい、しっかりしろ、ジュード!!誰か、ロイザを下ろして医者に見せろ!」


近衛兵がジュードの腕からロイザを引き離して医者の元へと運び、ファルはジュードの愛馬の首もとを叩いて労った。


「ガーリア、よく主人を連れて帰ったな!偉いぞ!」


ジュードの愛馬ガーリアは、嬉しそうに嘶くと脚を止めた。


「ジュード!」


一際ファルが大声で呼ぶと、ジュードは弾かれたようにファルを見つめた。

次第に瞳から猛々しい光が消え、ファルに焦点が合い始める頃、ジュードは口を開いた。


「ファル……」

「よく戻った!」


ジュードはニヤリと不敵な笑みを浮かべたかと思うと、フッと意識を失い、前のめりに崩れていった。


「支えろっ」


数人が素早く動き、ジュードの落馬を防ぐと、彼の体を抱えて部屋へと運び始める。


「目覚めて落ち着いたら知らせてくれ」


周りの者にそう伝えると、ファルは自室へと急いだ。

……アイーダに、早くシオンの事を聞かなければ。

辛そうなアイーダを自室の寝台に寝かせ、楽な体勢で話を聞こうとしたところにジュードとロイザの帰還の知らせが飛び込み、ファルはアイーダを放り出したままであった。


「アイーダ?」


アイーダは、眠っていた。


乱れたキトンの裾から太股までを露にし、横向きの体勢で眼を閉じている彼女の胸は、キトンからこぼれそうになっていた。

ファルはそんなアイーダの寝姿に一瞬息を飲んだが、静かに踵を返して部屋から出ていった。


アイーダは、部屋から出ていったファルの気配を感じてそっと眼を開けた。

……ファルはこの姿を見て何も思わないのか。

この美貌と身体でこんなに誘っているというのに。


アイーダは、焦燥感を覚えた。

もしも、『守護する者』……香がシオンを連れて帰ってきたら。

アイーダはゾッとした。嫌だ。

ファルに愛されたい。

私だけを見てほしい。

ファルの妻になりたい!

こんな、ぬるい誘い方ではダメだ。


この想いを真っ向からぶつけなければ勝ち目はない。

アイーダはスッと起き上がるとファルの部屋をあとにした。


◇◇◇◇


「アルゴ、少し馬を休ませましょう。2日間殆ど休ませずにケシアまで走らせたから、可哀想だわ」

「わかった」


アルゴは、短く返事をすると手綱を引き、馬をとめて地におりた。

それから香を抱いて下ろしてやろうと馬の背を見たが、香は既に自ら飛び降りた後であった。


「ねえ」


周りを見回していた香がアルゴを振り返りながら声をかける。


「……」


明るい月に照らされた香は女神のようで、アルゴは鼓動が跳ねた。


「聞いてる?まさか立ったまま寝てるんじゃないでしょうね?」


……そんな訳があるか。


「聞いてる」

「この辺に泉か何かない?体を洗いたいわ。あなたもドロドロだし」

「俺は……男だし平気だ」

「私が嫌なの」


若干イラついたように、香がすぐさま返事を返す。


「一緒に馬に乗るのよ?それに今日一緒に寝るのに汚れてる男となんて、嫌よ」


な、な、な、何だと?!

アルゴはアタフタとしながら香を見た。


「待て、お前、俺でいいのか?!」

「は?あなたしかいないじゃない」

「お前は……娼婦なのか?その、簡単に今日会ったばかりの男と……」


香がアルゴをキッと睨んだ。


「バカじゃないの?そんな訳ないでしょ!あなた臭いの!それに私もね!おまけに二日間馬を飛ばして思ったけど、夜は凄く冷える。身を寄せて眠らないと体調を崩すわ」


おお、そういう事か。

冷静に考えたら分かりそうなものだが、今のアルゴにそれはなかった。

こんないい女にそう言われて、舞い上がらない男がいるのか。


「泉ならここから直ぐだ。半マイル程もかからない」

「じゃあ行くわよ。今夜はそこで寝ましょう」


……泉で身体を洗い、ふたりで身を寄せて眠る……。

命を張って敵と闘かった褒美か、これは。

アルゴは香に見つからないように軍神マルスに祈りを捧げた。


◇◇◇


「なあ、カオル。お前は『七色の瞳の乙女』を『守護する者』なんだろ?」


アルゴは、自分の横に並んで寝転んでいる香に声をかけた。


「うん。生まれ変わりながら、ずっとね」

「……じゃあ、お前は誰に守られてるんだ?」


香はアルゴをチラリと見ながら答えた。


「……守られた事はない」

「男はその……いるのか?」

「……今はいない。でも今日、出会ってしまったわ。生まれ変わる前に恋人だった男に」


……俺じゃないよな。

だとしたら……。


「白金族人間の王、シリウスを見たことある?」

「勿論、ある。ファルを援護する時に剣を交えた」

「そのシリウスは、生まれ変わる前の、私の恋人だったわ」

「ホントかよ!?」


香は仰向けになって、明るい月を見つめた。


「……どうやらこの世界でも結ばれないみたい」

「今も愛してるのか」

「……分からない。でも、彼を見た瞬間、涙が溢れた」


アルゴは香の横顔を見つめた。

切な気だが、潔く、曇りのない眼差し。

きっとこの女は、すべてを犠牲にして守ってきたのだ、『七色の瞳の乙女』を。


アルゴの胸が痛いほどギュッと軋んで、彼は堪らず香に腕を伸ばして思いきり引き寄せた。


「なによっ」

「俺が守るよ、お前を」


アルゴは静かな夜を思わせるような声で香に言った。


「香……俺がお前を守ってやる。痛みからも、悲しみからも」


アルゴの太い腕の中で、香は僅かに身じろぎした。

痛みからも、悲しみからも……。


「お前、頑張ってきたんだな」


折れそうな程、華奢な身体。

アルゴはフワリと香を腕に抱いて、その髪に顔を埋めた。


「……っ」


なによ、この男は……。

守られる訳にはいかない。

私は『守護する者』だ。

けれど。けど、この逞しい腕に囲われてると安心する。

香は眼を閉じてアルゴの胸に頬を寄せた。


「おやすみ、アルゴ」


アルゴは返事を返しながら思った。

完全に惚れた、この女に。

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