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シオンズアイズ  作者: 友崎沙咲
第二章
4/19

エリルの森で

シオンは静かに眼を開けた。

あれ…私、一体…。

何があったかを思い出そうとして、シオンは咄嗟に起き上がろうとした。


「いったぁ!」


…無理っぽい、起き上がれない。

そ、そうだ、会社のトイレの天井に何か黒い物体が現れたと思ったら、香が『魔性』と叫んで…。

必死に香にしがみ付いたんだけど、黒い風があまりにも激しくて…香?香はどこ?


「か、香?香?」


僅かに頭を起こして辺りを見回すも、香の姿は見えない。


「香…」


シオンは泣きそうになった。

ここ、どこよ?

目の前には大草原が広がり、方々に大きな岩の塊がある。

美しく咲き誇り風に揺られる花々の様子は、まるで自分の住んでいる世界と何ら変わりは無かった。


「七色の瞳の乙女よ!」


「ああ、巫女レイアの予言は正しかったのね」


不意に耳元で声がして、シオンはビクッとした。

なに、誰っ?

すると急に目前の空間がキラキラ輝いたかと思うと、小さな小さな人型が浮かび上がり、次第に濃くなって完全な人間になった。


「うわぁ!」


シオンは思わず声を上げた。

なに、このティンカーベルみたいな女の子達は!

よく見ると沢山いる…ティンカーベルみたいに小さいけど、羽はない。

…これは夢のようだけど、多分夢じゃない。

だっていつもの夢とは感じが全く違うもん。


「私達は妖精(ニンフ)よ」

「初めまして、七色の瞳の乙女」

「怪我をしているの?」

「ここはエリルの森よ」

「黄金族人間の国、リーリアス帝国よ」


それぞれが思い思いに話し出し、シオンは呆気にとられた。


「私はシオン。ここはどういう世界?黄金族人間って?」


シオンがこういうや否や、ニンフ達はピタリと黙り込んだ。

やがて一際光輝く妖精がにっこりと微笑んで、落ち着いた口調で話し始めた。


「初めまして、シオン。ここは黄金族人間の国、リーリアス帝国よ。黄金族人間の国だけど、それ以外の者だっているわ。私達ニンフもいれば、神々だっているの」


 へ、へぇ…。


「あ、あの、私ともう一人、ここにいなかった?香っていうんだけど…」


妖精は仲間同士で顔を見合わせて、またしても好き勝手に話し始めた。


「守護する者ね」

「あなたを術で見えなくして、王ダグダから守ったわ」

「守護する者は王ダグダに連れ去られたわ」

「巫女レイアの予言通りに」


つまり、こういう事?

私と香は黒い煙に黄金族人間の治める国に連れて行かれて、香だけが私をかばってその王に連れ去られたと…?

嘘…、最悪。

シオンは痛む体に顔をしかめながら、大きく息をついた。


◇◇◇◇


王子ファルは、巫女レイアの予言通りに『守護する者』が現れたと聞き、驚いた。

レイアの予言は今までにも幾度となく王ダグダを唸らせ、彼はレイアを心底信用している。

 

一方ファルは巫女の存在を認めつつも、ダグダのようにありとあらゆる事柄を巫女の予言に沿って行うというよりは、兵を勇気づけ決起させる程度に留めておきたいと思う方であった。


しかし巫女レイアは『七色の瞳の乙女』と『守護する者』が現れると言い、場所も時間もピタリと言い当てた。

王ダグダはたいそう喜んだが、守護する者が傷を負い、治療が必要であったため一度王都リアラへ戻り、息子であるファルにこう命じた。


「七色の瞳の乙女を見つけ出せ。そしてこのリーリアス帝国の繁栄に努めさせるのだ」


◇◇◇


ファルは果てしなく広がるエリルの森を見下ろし、眼を凝らした。

前方には白く見える岩と深く鮮やかな緑が広がっているが、そこに人の姿はない。

ファルは振り返った。

その時である。

…あ、れは…!!


さっきまで草花しかなかったところに、人間が見えた。

人間の形ではあるが、最初は透けていて何だかよくわからなかった。

…女だ。

ファルは、思わず眼を細めた。

見つけた…!この女じゃないのか…?

そして、その透けた人間へと駆け寄った…。


◇◇◇



「ひどいわ、いきなり、キスするなんて…!」


目の前の女は尚もポロポロと涙をこぼし、ファルを睨み据えた。


「お前が叫ぶからいけないんだ」


「夜まで待てなんていやらしい事言うからでしょ、この変態っ!」


ファルはムッとしてシオンの手首を更に強く握り締めた。

シオンは苦痛に顔を歪め、息を乱した。

ファルがそんな彼女をまじまじと見つめる。

波打つ髪は艶のある栗色で、形のよい輪郭に大きな瞳が印象的だ。

スラリとした肢体は細くて柔らかく、なんとも魅力的であった。


「はなしてっ!はーなーしてーっ!!」


…うるさくなけりゃイイ女だ。

だがうるさすぎて、これではただの山猿ではないか。

ファルは、シオンの顔に自分の顔を近づけて低い声で言った。


「おい、山猿」


や、山猿!?


「俺の名はファルだ。…今度騒ぐと命はないと思え」


…!!

や、やだ、冗談でしょ!?

けど眼の前の男……ファルと名乗った男の眼は氷のように冷たく、侮蔑の色が浮かんでいる。


その時ファルの腰の長剣が岩に擦れて音を鳴らし、シオンは恐怖のあまり息を飲んでコクリと頷いた。

本物よね、多分。

それを見て、ファルはシオンの手首を掴み直した。


「行くぞ」

「どこに?」


ファルはシオンを立たせながら、チラリと彼女を見て言った。


「王都リアラに帰るんだ。お前も連れていく」

「ちょっとっ」

「ついて来い、山猿」


シオンは怯えながらもムッとして、ファルのマントを掴んだ。


「シオンよ!山猿なんて、呼ばないで!」


ファルは振り返りながらニヤリと笑い、切れ長の眼を細めた。


「フッ、もっと女らしくすれば名前で呼んでやる」


こ、怖いけど……むっかつく!!

忌々しく思いながら一歩踏み出した途端足首に激痛が走り、シオンは倒れた。

多分、あの黒い煙に飲み込まれてこの世界に来たときに痛めたんだ。

それに身体中が痛い。

ファルは崩れ落ちるように倒れたシオンに声をかけた。


「おい」


近づいて、シオンの片腕を荒々しく引っ張りあげる。


「うっ!」


よく見ると、見えている肌は赤く擦り切れていたり青く腫れ上がったりと、痛々しい。

それに先程自分が握り締めた手首は、指の跡が残るほどに腫れていた。

ファルはシオンの顔を見つめた。


痛みをこらえようと唇を引き結び、そのせいなのか大きな瞳は潤んでいる。

その時、シオンの瞳がキラキラと七色に光った。

ファルは息を飲んで眼を見張った。


これは…!

この女、やはり『七色の瞳の乙女』か…!

ファルは無言でシオンを抱き上げた。


「きゃあっ!」


シオンは驚いて反射的にファルの首に両腕を絡めたものの、男らしい身体と体温を感じて焦った。

や、やだ、お姫様抱っこだし、この人、怖いし……!


シオンは恥ずかしさと恐怖心から、慌ててファルの首に回した腕を解こうとした。

そんなシオンを見て、ファルが短く言った。


「しっかり俺にしがみついてろ」

「だ、だけど」

「黙れ山猿」

「……」


ファルは、恥ずかしそうに自分の首に腕を回し体を委ねたシオンをそっと盗み見した。

キラキラと輝いて目まぐるしく色が変わったかと思うと、その瞳は虹のように全体が多色化した。

状況により、変化するのか……?

その時、フッとシオンがファルを見上げた。


「あ、あの、ありがと」


栗色の髪が揺れ、甘い香りがふわりと漂う。

大きな瞳が真っ直ぐにファルを捉え、彼は思わず息を飲み、慌てて眼をそらした。


「その先の木に、馬をつないでいる」


体の中を駆け巡る妙な感覚が、ファルを早口にさせた。

それから馬の前まで来ると、地面に片膝をついて優しくシオンをおろす。

シオンはそんなファルの立ち居振舞いにドキンとして彼を見つめた。


男らしい眉に切れ長の眼。

中高で端正な顔立ちに、すらりとしているが逞しい体つき。

怖いけど……素敵な人かも……。

そういや、キスされてしまった……。

たちまちのうちに、シオンの頬が熱くなる。


「おい、山猿」


や、山猿……。

手綱をはずして馬を解くと、ファルはシオンの腰に手を回した。


「きゃあっ」


あっという間に馬の背に抱き上げられ、シオンはファルに支えられるような形で馬に股がった。


「ちょ、ちょっと、待って」


背後のファルが顔を寄せる。


「なんだ」


爽やかなファルの香りがシオンを包み、彼女は更にドキドキして焦った。


「怖い」

「何が怖いんだ」


シオンは振り返りぎみで答えた。


「私、馬に乗ったことがないの。だから、落ちそうで」

「俺が後ろから支えといてやる」


そう言いながらファルは手綱をさばく両腕の幅を縮め、シオンと密接した。

シオンは更に焦った。


「きゃあ、マジで待って!」


ファルはイラついて答えた。


「今度はなんだ」

「あんまり、くっつかないで」


なんなんだ、この女は。


「怖いと言ったのはお前だろう」


「そうなんだけど…」


……意味が分からん。


「おとなしくしてろ。行くぞ」


馬の腹をクッと蹴り、ファルが手綱をさばいて馬を返す。


「きゃあああっ!!お、落ちるっ!」


ファルは腕一本でシオンの体を抱いた。


「うるさい、黙ってろ」


だ、だめ、怖すぎる!

こんなに怖い乗り物に乗った事なんて、ない!

しかも振動が身体中の傷に響いてズキズキする。


シオンは次第に脂汗が出てきて歯を食いしばった。

頭がフラフラして、馬の歩みと共に痛みが増す。

あ……もうダメかも……。

そう思った直後、シオンは目の前が真っ暗になって気を失った。



◇◇◇


……ん……。

シオンは寝返りをうった。

な、に、この感じ……。

硬くて柔らかくてあったかい……。

シオンは心地よくて、そこにしがみついた。

体に力が入らず、眼を開けなかった。


一方、ファルはシオンを見つめた。

馬上で気を失ったところを慌てておろしたが、酷い熱で意識が朦朧としていた。

声をかけながら頬を数回叩いてみたが、返事がない。

ファルは仕方なく、エリルの森の小高い丘まで戻った。

そこに雨風をしのげる浅い洞窟があるのを、彼は知っていたのだ。


マントを脱ぐとそれでシオンをくるみ、地面に寝かせて火を起こした。

……こんなに弱い女が、本当に七色の瞳の乙女なのか…?

国を救う力があるとは、到底思えない。

ファルは、苦しげに眉を寄せてきつく眼を閉じたままのシオンを見つめた。


「寒…い」

「おい」

「…」

「こら、山猿」


近づいて顔を見ると真っ青である。


「山猿」

「寒い…」


ファルはシオンを抱き起こし、自分の腕の中に抱いた。

シオンの喉にそっと触れると、燃えるように熱い。


「山猿、しっかりしろ」


その顔を覗き込むと、顔色は悪いものの愛らしい顔立ちで、長い睫毛が羽のようである。

息を乱した唇は、ふっくらとしていて小さい。


「寒い……助けて……」


うわ言のようにシオンが呟いた。

ファルはシオンを抱く腕に力を込めた。

すると、それに答えるようにシオンはファルにすり寄り、彼の胸に頬を寄せてくるではないか。


「なっ!お、おい」


まるで心を許した恋人にするようなその仕草に、ファルの鼓動は次第に早くなる。


「山…シ、オン」


ファルはシオンに頬を寄せて、低い声で囁いた。


「シオン…」


どういう訳か、離したくないと思った。


◇◇◇


数時間後。

シオンはゆっくりと眼を開けた。

焚き火がユラユラと燃えていて、辺りは暗い。

うわっ、マジ?!


炎の灯りで浮かび上がってきた光景に驚き、シオンはゴクリと喉を鳴らした。

ちょっと待って、こりゃどーなってこーなったんだか…。

太い腕が自分の身体に絡み付いている。

どうした事よ、これは。


サアッと全身の血が引いていく思いがしたが、考えている間に思い出した。

たしか馬に乗っていて、恐怖と全身の痛みを覚えながら前が真っ暗になって……それからの記憶がない。


多分、気を失ってたんだ。

その間に貞操が守られなかったのではないかとゾッとしたが、どうやらそうではないみたいだ。

だって……抱き締められてるだけじゃなくて、自分も相手の体に腕を回してしっかり抱きついているような……。


眼をあげると眠っているファルの顔が間近に迫っていて、厚い胸に自分の頬が密着している。

…な、んで?!

分かんないけど、この人が寝ている間になんとかして離れ……。

シオンはファルに回していた手を解こうとした。


「離れるな」

「きゃあああっ!」


ファルは至近距離からチラリとシオンを見つめて短く言った。

シオンは焦った。


「で、でも…」


ファルはシオンを抱く手を一瞬緩めたが、態勢を調えて再びしっかりと抱いた。


「しばらくこうしていろ」


ファルは硬い岩肌にもたれ、シオンをすっぽりと胸に抱き締めている。


「だ、だけど」


イライラしたファルが口を開く。


「だけど、なんだ」


シオンはファルに抱かれたまま、焦って言った。


「だって私の重みで痛いし辛いでしょう?硬い岩に持たれたままだし…」

「俺はかまわない」

「何で構わないの?」

「お前なんか重くない」

「だけど」


ファルはシオンの顔を掴んで自分の方に向けると、その瞳を覗き込んだ。


「だけど、なんなんだ」


金色の瞳が苛立たしげに瞬く。

シオンは心臓が跳ね上がりそうになりながら言った。


「私がいた世界では、見知らぬ男女がこんな風に抱き合ったりしない。あなたはどう思ってるかわからないけど、私は男の人にこんなにくっついてたら恥ずかしいし…それに」


ファルはシオンをじっと見つめた。


「それに?」


シオンは、思いきって言った。


「あなたは私を殺すかも知れないでしょう?だから私……あなたが怖いし、あなたといたくない」


素直に胸の内を言葉にし、こちらを見ている大きな瞳。

ファルは、ふうっと笑った。


「俺は、お前を殺さない。それに……俺は、こうしていたい、お前と」


「へっ?」


驚いて間抜けな声を出しちゃったわ。

シオンはドキンとしてファルを見つめた。

ファルは真っ直ぐにシオンを見て、低い声で囁くように言った。


「また、泣くか…?俺がお前に口づけたら…」


自分に向けられている眼差しがあまりにも甘く魅力的で、シオンは全身の血が逆流するような感覚を覚えた。

鼻と鼻が触れそうな距離で、ファルの吐息がかかる。

シオンは焦った。


「ちょっと、待ってっ」

「待てない……」

「んっ」


ファルはシオンを抱き締めたまま、そっと口づけた。

唇を優しく押し当てられ、思わず口を開くと、僅かにファルの舌先が触れた。


「っ……!」


シオンは息を飲んだ。

ファルはゆっくりと顔を離してシオンを見ると、思いきって言った。


「俺は、お前を気に入った」


本当は『好きだ』と言いたかったが、出逢って間もなかったから、言えなかった。

それでも聞かずにはいられない。


「お前は…俺が嫌か?」


ファルの瞳が誘うようにシオンを見つめる。

シオンは、どう言っていいか分からなかった。


何が何だか分からない間に異世界にきてしまい、そんな自分の目の前に端正な顔立ちの男が現れたの。

しかもわずかな時間にキスをされ、どうやら男は自分に好意を抱いたらしい。


ファルは黙りこくってただ自分を見上げるシオンを、マジマジとみつめた。

密着した華奢で柔らかい肢体、艶のある栗色の髪に綺麗な二重の大きな瞳。


シオンの何もかもが、全ての男が夢中になるのではないかと不安に思ってしまうくらい、可愛く思える。

女など快楽のための道具にすぎなかった筈なのに、俺は一体どうしたんだ。


ファルは、体の芯がグッと疼くような、痺れるような感覚にクラッとして、思わず眼を閉じた。

ダメだ、俺は……この女が……シオンが……。

シオンの後頭部に片手を回すと体を反転させ、彼女を優しく組み敷く。


「答えてくれ……お前は、俺が嫌か?」


シオンは逞しいファルの体の下に優しく抱かれ、心臓が爆発しそうになった。

精悍な頬を傾け、甘い光を瞳に宿してファルは自分を見ている。

嫌じゃない。むしろ嬉しい。


ただ、こんな事は初めてなのだ。

突如として異世界へ引き込まれ、出逢ってすぐの男にどうしようもなく惹かれている自分。


「あ、あのっ」


「ん?」


目の前のファルには、初めて出逢った時の荒々しさも鋭く冷たい眼差しも見当たらなかった。

ただ愛しげに甘い眼差しを向け、綺麗な口元を僅かに開いて彼はこっちを見ている。

シオンは、そんなファルの顔に見とれた。

夢のようだと思いながら、呟くように言った。


「嫌じゃないけど、不思議で…私、」


「シオン」


シオンの言葉を遮り、ファルは再びシオンの唇に口づけた。

何度も角度を変えて優しく口づけると、片手でシオンの身体をなぞる。


「痛っ……!」


シオンは思わず身体を強ばらせた。


「すまない!……大丈夫か?」


ファルは咄嗟に身を起こし、シオンを優しく抱き寄せた。

シオンに触れたくてたまらず、つい彼女の全身の傷を忘れていた。


この状況について落ち着いて考えると、シオンは無性に恥ずかしくなり、ファルのかたい胸に抱かれながら俯いた。


は、恥ずかしいんだけどっ……!

普通は、恥ずかしいでしょ!


「……どうした?」


ファルが心配そうにシオンを覗き込む。


「私、恥ずかしい。こんな経験はないし、こんな気持ちも初めてで……」


最初、怖いだけであったファルの存在が、今は一人の男性として意識してしまいドキドキする。

そんなシオンを見て、ファルはクスリと笑った。


「こんな気持ちとは、どんな気持ちだ?」


吸い込まれそうなほど綺麗な黄金の瞳が、誘うようにこっちを見ている。

多分、そうだ。

わ、私、多分この人が、ファルが……。


シオンは、恋に落ちたと気付いた。

ファルは、シオンを運命の相手だと思った。


◇◇◇


あくる朝、シオンは小鳥のさえずりと洞窟に射し込む日の光で眼が覚めた。

眼を開けるとすぐ前にファルの寝顔があり、シオンは彼の男らしく整った顔を見つめながら思った。


こんなことがあるのだろうか。

突然黒い煙にさらわれて、平凡だった暮らしから突如異世界へ。

そこでひとりの男と出逢い、恋に落ちた。

不思議すぎる。


…そういえば香はどうしただろう。

ニンフの話では、王から守るために私を術で見えなくしたとか…。

結果として術は解け、私は王子であるファルに見つかってしまったけど…。


香は怪我してるらしいし、そのせいで力が弱まっているのかも知れない。

香に会いたい…。

シオンは心細くなり、ファルにギュッとしがみついた。


一方ファルは、早くから目を覚ましていた。

自分が動くとシオンが目覚め、このまま腕の中に抱いていられなくなると思い、そのまま目を閉じていた。


僅かに眼を開けてシオンを見ると、潤んだ瞳に不安の色を浮かべ自分に強くしがみついてくるではないか。

ファルはドキリとし、胸の辺りがフワリと浮くような気がした。


こんな気持ちは初めてだ。

可愛い。愛しくてたまらない。俺のものにしたい。

ファルはシオンを抱く腕に力を込めた。


「もっとくっつけ、俺に」

「きゃあっ」


シオンは驚いてファルを見上げた。


「お、起きてたの」


やだ、ギュウッてしたのがバレてたんだ。

シオンは赤くなって俯いた。

ファルは金色の瞳に柔らかな光を浮かべて、シオンを見た。


「こっちを向け」


シオンはちょっと顔をあげてファルを見た。

通った鼻筋と男らしく意思の強そうな口元。

その時、頬に手を添えられ、上を向かされて視線がぶつかる。


「もっと上を向けって。でないと」


そこで一旦言葉を切り、ファルは綺麗な瞳を僅かに細めた。


「口づけできない」


少し荒っぽい仕草とは裏腹な優しいキスに、シオンはドキドキして眼を閉じた。

優しくて、それでいて強引なキス。

シオンは思った。

この人が好きだ。

やがてファルはゆっくりと唇を離し、低い声で言った。


「こうしていたいのは山々だが、そろそろ行くぞ。朝飯を食ったらリアラへ戻る」


◇◇◇


エリルの森は豊かである。

木々には実がなり、草の生えた岩場には鹿や兎がはね、川には丸々と太った魚が泳いでいる。


ファルは川に入ると、岩の上から水中を覗き込んだ。

それから腰の長剣を抜くと素早く水中に突き刺し、アッと言う間に大きな魚を二匹捕ってシオンを振り返った。


「火をおこせ」


えっ?!


シオンはたじろいだ。


あ、当たり前にできると思われてるみたいだけど……ライターがないと無理だわ、私。


「火なんて私、つけられない」


ファルは一瞬固まったように動きを止めたが、大股で川から上がると石の上に魚を置き、手早く火を起こしながら言った。


「では、魚に刺す枝を二本、取ってこれるか?」


シオンは頷いた後近くの木に近付き、手頃な枝を折ろうとした。

か、か、硬っ!!

握ってへし折ろうとしても、弾力が強く、全く折れない。

シオンは枝を強く握り、更に力を込めた。


えいっ!

ところが勢い余って枝が指からすり抜け、弓なりになったそれがシオンの頬を打った。


「痛っ!」


シオンは鞭で叩かれたような痛さに、ギュッと眼を閉じた。


「どうした」


顔を押さえたシオンに気づき、ファルが慌ててやってきた。


「大丈夫…」


頬を押さえた指先が耳たぶに触れ、シオンはハッとした。

…ない!ピアスが、ない!

今、枝があたった衝撃で外れちゃったの?

それとも、もうずっと前から無くしてしまってたの?


シオンは思わずしゃがみこんで地面をみつめた。

分からない、草や土や、砂利で…。

反射的に反対の耳たぶを確認したものの、そちらの耳にもピアスはなかった。

両方なくしちゃった…。


「おい」


あまりのショックで、シオンは言葉が出ずにうずくまった。


「おい、答えろ」


ファルが隣に膝をつき、シオンの顔を覗き込んだ。

頬にミミズ腫れができている。


「大丈夫か?」

「ピアス、落としちゃった…両方とも」

「ピアスって、なんだ」

「…耳の飾り…金のハートの」


シオンはポツリと呟いて、指で地面にハートの形を描いた。

ファルは、悲しそうに瞬きをして顔の髪をはらったシオンを見つめたが、


「来い」


シオンを軽々と抱き上げると片手で枝を二本折り、火の傍へ戻った。

地面に座らせ、頬の腫れにそっと唇を押し付けてキスし、ファルは言った。


「許せ」


シオンはファルを見て、ちょっと笑った。


「私こそごめん。何の役にも立てなくて」


それからさっきの木の下を見つめてポツンと言った。


「誕生日にもらった物なのに…最悪」


…貰い物?

女が耳飾りを貰うとなれば、相手は…。


「男か」


シオンは首をかしげてファルを見た。


「は?なんの男?」


切れ長の瞳が苛立たしげにこちらを見ている。


「だからその耳飾りは誰に貰ったものかと聞いているんだ。答えろ」


今、そこ重要?

誰にもらったのか、ファルが知ったところでピアスが出てくる訳でもないのに。


「友達だけど」


友達?男なのか?

更にイラつくファル。

なに、なんでキレてんの?私が役に立たないから?

イライラしているファルが意味不明で、戸惑うシオン。


互いに視線を外さずしばらく見つめ合っていたが、やがてファルが勢いよく立ち上がると小さな小さな草花を二つ引き抜き、そっと指先で撫でて黄金に変えた。


えーっ!うそでしょ…!!なに、手品?!

シオンは花を金に変えたファルに驚き、眼を見張った。

一方ファルは眉を寄せて金に変えた花の先をグイッと曲げ、顔をあげるとシオンに近付き、掌にそれを置いた。


「これをつけろ」


え…?

掌に置かれた小さな花はどこからどう見ても黄金で、先程まで野に咲いていたとは到底思えなかった。

驚きと嬉しさが入り交じり、シオンの胸が熱くなる。


「私の為に作ってくれたの?」


シオンの問いに答えず、ファルはツンと横を向いた。


「早くつけろ」

「うん」


シオンは慌てて耳につけた。

湾曲した細い茎の部分を耳穴に通すと、先端の花びらが可愛らしく揺れる。

シオンはオズオズとファルを見て尋ねた。


「どう…?」


ファルはチラリとシオンを見た。

我ながら、選んだ花が良かった。

とてもよく似合っている。

けれどファルはそれを言えなくて、シオンの頭に手をまわすと自分の胸に引き寄せた。


「それをずっとしてろ。他の男からもらった物など、つけるな」


は……?


……男の人にもらったんじゃないのに、なんでそんな設定に?


「ファル…」


シオンは少し顔を起こしてファルを見た。


「あの、怒ってるの?」

「怒ってない!」

「怒ってるじゃん」

「しつこいぞ!」


……だって顔が……どう見たって怒ってる。

でも……。

これ以上は無駄だと思い、シオンは口を閉じてファルのムッとした顔を見つめた。


…………。

なんだ……?

黙り込んだシオンの様子が気になり、ファルは、彼女を盗み見しようとした。


「っ!!」


途端に眼が合い、ギクリとするファル。

……く……!!

不安気な顔が、たまらなく可愛らしい。

ファルはカアッと赤くなった。


「うるさいっ!!」

「何にも言ってないし!……きゃあ!」


乱暴な口調でファルはシオンを抱き締めた。

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