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シオンズアイズ  作者: 友崎沙咲
第一章
3/19

七色の瞳の乙女と守護する者

神崎シオンは女子トイレの鏡を覗き込んでいた。

会社の同僚に『眼の色が変だ』と言われたのである。

シオンはため息をついた。


…困ったなぁ…。

今日は寝過してしまって、コンタクトレンズを入れ忘れた。

瞳の色がコロコロ変わるシオンにとって、黒色のコンタクトレンズは必須アイテムなのだ。


どうして私の瞳は、色が変わるんだろう。

小さい頃はそれが変だなんて、微塵も感じなかった。

喜怒哀楽を感じる度に瞳の色が変わることを知っていたのは、自分と両親だけであった。


昔から何度も病院で検査をしたものの、一度たりとも異常が認められた事はなかった。

それどころか、視力は常に人並み以上である。

眼に異常がないと分かると両親は安心し、あっけらかんとシオンにこう言った。


「異常がなくて良かったじゃない。それどころかさ、瞳の色が一色じゃないなんて珍しいしぃ!」


「いやぁ全くだよ。シオンに何かあったら、パパ泣いちゃうからね。シオンの眼の色なんてどんな色でもいいさ!見えてるんだからさー」


そ、そんなんでいいのかぁ?

若干の違和感を覚えたものの、両親の意見もそう間違ってはいないと思い、シオンはそれ以上の診察を希望しなかった。

…まぁいっか、痛くもないし眼も見えてるし。


「…ちょっとシオン、平気?」


トイレの入り口のドアを開けながら、六条香は親友のシオンに声をかけた。

香はシオンの幼馴染で、彼女の瞳の色が変化することを知っている。


「ったく、気を付けてよね」


香は鏡に写った自分の顔を見つめながらシオンにそう言うと、少し口を尖らせた。


「なんで香がそんな事言うのよ?」


すると香は、若干イラッとしたように眉間を動かして、シオンに向き直った。


「あのね、シオン。いつも言ってるでしょ?」


それからグイッと自分の顔をシオンに近づけ、声を落とした。


「あんたのその瞳。その瞳はすごい力があんの!あらゆる者があんたの力を手に入れたがるわ。それは人間だけじゃない。いいえ、むしろ人間よりも魔物、神々、常識では考えられないような世界に住んでる者達よ」


…はいはい、そうでした、そうでした…。

シオンは耳にタコができるほど、香のその言葉を聞いているのに、どうしてまたこんな質問をしてしまったのかと後悔した。

香はシオンの手を取り、心配でたまらないといったように長い睫毛を震わせた。


「シオン、あなたは特別な存在なのよ」


シオンはそんな香を見つめ、彼女の手を握り返した。

ふたりは幼いころからの付き合いである。

同じ会社に就職できたのは、ひとえに香の父親のお陰である。


「うーん、シオンちゃんは秘書検定もってるんだって?

うちは商社だから英語が話せるのもポイント高いよ。

それにシオンちゃんはスタイルのいい美人さんだしね!

まあ、人事部長に僕から推しておくよ。面接受けてみて」


子供の頃の香は病弱で、いつも青白かった。

体が弱いのに、なぜかいつもシオンの後にくっついてまわり、シオンは気が気ではなかった。

いつも香は、私を気にかけてくれている。


「ありがと、香」


香はシオンの瞳を見つめながら昔を思い出していた。

昔―そう、とても昔だ。

まだ、人間と神々がもっと近い距離にいた頃。

神々だけではない。

魔性と呼ばれる種類の者達も、人と近かった頃。


香は覚えているのだ。

自分が何度も何度も生まれ変わりながら、七色の瞳の乙女を守ってきた事を。

それが自分の存在の意味であり、使命であると知っているのだ。

けれど何故、輪廻転生し続けているのを覚えているのかと聞かれても、答えようがない。


最初はみんながそうなのだと思っていたが、ある時、その事について話し出すと不思議そうにされたり、気味悪がられたりしたのをきっかけに、他人と自分が違う事に気付いた。

それ以来、誰にも話していない。


「…香?」


シオンは、急に黙り込んだ香に声をかけた。


「さ、帰ろ」


香はうんと言いながら、急に空気がヒヤリとするのを感じた。

久々だったが、気配を感じたのだ。

集中しようとして無意識に眉を寄せる。

誰かが…シオンを狙っている。

七色の瞳の乙女を。

香は、天井に眼を向け大きく息を吸い込んだ。


◇◇◇◇


アイーダはギクリとし、心臓が早鐘のように鳴るのを感じた。

ようやく七色の瞳の乙女を探し当てたと思ったら、とてつもなく強い力を持った者に、しっかりと守られているではないか。

人間世界に降り立ち、七色の瞳の乙女が生きている時代を覗き込んだ途端、『守護する者』とも出くわしてしまったのだ。


く、人間風情が!

しかしこの『守護する者』には、超自然的な、強大な力があるのが見て取れる。

このままでは、七色の瞳の乙女を連れ去ることなど出来ない。

かといって守護する者をあっさりと殺すだけの力は、自分にはない。


特にこの場所では。

人間界では自分の力が最大限に使えないのだ。

下手をすると深手を負わされかねない。

アイーダは、シオンと呼ばれた女と香と呼ばれた女を忌々しそうに睨み付けた。

香は、人間界に裂け目をいけ、そこから覗き込む魔性と眼が合い、咄嗟に身構えた。


「お前は誰だ!何者だ!?」

「私はアイーダ」


苛立たしげに大きな漆黒の瞳を瞬かせて、魔性はこちらを睨みつけている。

反射的に香はシオンと魔性の間に割って入ったが、魔性はシオンよりもむしろ、香を凝視している。

香は息を吸い込むと両手を大きく広げて、アイーダと名乗った魔性を『千年火花』で焼いてしまおうとした。


…焼かれる!

アイーダは咄嗟に後方へ跳び退いたが、次は必ず仕留められてしまうと感じ、焦った。

どうするか?

このままでは、魂ごと焼かれてしまう。


この人間界で、ここまでの力を持つ者には勝てない。

ましてやそれが 『守護する者』なのだから始末が悪い。

どうする、どうする!?

ならば…!


ひらめいたただ一つの方法に、アイーダは賭けた。

ここで無理なら…連れ去ってやろうではないか!

多少の痛手はやむを得ない。

アイーダは薔薇のように美しい唇を引き上げ、こう言い放った。


『来い!七色の瞳の乙女!』


アイーダは黒い風を巻き起こしながら、香とシオンに覆いかぶさった。

世界樹ユグドラシルの腕輪をシャラリと揺らし、二人をミッドガルド(人間界)から自分が暮らす世界、ジュードヘイムへと連れ去るために。


「きゃああああ!」


シオンは突然黒い煙のような風に包まれ、その猛烈な勢いに体中が引き裂かれそうになった。


「シオン、私に掴まって!おのれ魔性…!千年花火!」


香と他の誰かの悲鳴のような声を聞きながら、シオンは自分の体が引きちぎられるような痛みを感じ、そのまま訳が分からなくなり、意識が途切れた。



◇◇◇◇


……っく…!

アイーダは、痛む全身に顔をしかめた。

守護する者め…!

アイーダの美しく白い肌は焼け焦げ、所々皮膚が裂け、魔性特有の黒い血がドクドクと流れ出ていた。


やっとの思いで首だけを上げると、そこが自分の世界である事が分かった。

ジュードヘイムでしか咲かぬ、アヴィの花が彼女の頬のすぐ近くで揺れているからだ。

…どこだ…?七色の瞳の乙女は?


まさか自分だけが舞い戻ったのではあるまいな…?

アイーダは、世界樹ユグドラシルの根で作られた腕輪を反対側の手で確認し、ホッと息をついた。

良かった、腕輪を失ってはいない。


世界樹ユグドラシルの根の下には、過去、現在、未来、そして神々の世界をはじめ、人間界やそれ以外のあらゆる世界がひろがっている。

その世界樹ユグドラシルの根で作られた装飾品を身に着けた者は、全ての世界を自由に行き来する事が出来るのだ。


アイーダは、ホッとしつつも七色の瞳の乙女を見失ってしまった事を悔み、唇を噛み締めた。

ああ、このまま私は一体どうなってしまうのだろう。

守護する者に深手を負わされ、このまま恋しい黄金族人間の王子ファルにも会えず、朽ち果てるのだろうか。


嫌だ、王子ファルに会いたい。

彼を……彼の……愛が欲しい。

アイーダはギュッと眉根を寄せ、起き上がることも出来ない身体を震わせた。

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