魔性アイーダの恋
アイーダは急いで姿を現した。
たった今黄金族人間の王子ファルが唇に含んだ一本の細い草を、必死になって探した。
黄金が欲しいからではない。
彼が所有した物が欲しいのだ。
アイーダは、王子ファルに心を奪われていた。
最初に彼を見たのは数年前である。
偶然にもこのエリルの森で、武術の稽古中であった彼の姿がアイーダの目にとまった。
数名の青年の中で一際異彩を放つ王子ファルに、彼女は一目で恋に落ちたのである。
逞しい身体つきと顎から首にかけての男らしい線、強い意志を感じる眼差しに、清潔そうな口元。
また、武術の腕前もかなりのものである。
剣を交える度に額からこぼれ落ちる汗がキラキラと飛び散り、アイーダはその眩しさに思わず眼を細めて息をのんだ。
やがて剣をおさめた青年達は互いの腕前を称え合い、肩を抱き合うと耳に口を寄せて何かを話し、弾けるように笑った。
王子ファルの無邪気な笑顔にアイーダはドキリとし、思わず自分の胸に手を当てた。
自分の鼓動があまりにも大きくなってしまい、あたりに響き渡りそうに思えたのである。
そして彼女はそんな自分を恥ずかしく思い、俯いた。
何と素晴らしい男だろう。
美しさと強さ、時折見せる無邪気な笑顔。
あの逞しい腕に抱かれ、厚い胸に顔を埋めて愛を語らいたい。
そんな幸せな女は、自分であって欲しい。
アイーダは王子ファルとの出会いを嬉しく思った。
だが次の瞬間には、絶望の闇が身体中に広がった。
自分は魔性だ。
かつては人間であったが、悪の女神に殺され、生まれ変わる事を許されない魔性としてさ迷う運命を背負わされたのである。
唯一悪の女神が許したのは、人を愛する事であった。
だがそれは、同時に永遠に成就出来ない恋を背負う事でもある。
それでもアイーダは、女神に殺されて初めて幸せだと思った。
王子ファルを愛してしまった。
彼を、自分のものにしたい!
その唯一の方法を、彼女は知っているのだ。
昔人間だった頃耳にした、自国に伝わる伝説をアイーダは信じていた。
…何処にいる、七色の瞳を持つ乙女。
七色の瞳の乙女は、どんな願いも叶える力を持っているのだ。
それゆえに、私利私欲にまみれた数多くの者達にその存在を狙われる。
見つけなければならない、誰よりも先に。
アイーダは足元でキラリと光る一本の針を見つけて、ニヤリと笑った。
拾い上げるとふっくらとしたバラ色の唇にそれを押し当てて、眼を閉じた。
何としてでも見つけるのだ、七色の瞳の乙女を。
生き返り、人間としてこの恋を成就させる為に。
アイーダは、ユグドラシルの樹で作られた腕輪をシャラリと揺らし、徐々に透明になるとその美しい姿を消した。