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前編

私には好きな人がいる。

名前は栗原(くりはら)君と言う。学校で一番モテるアイドルみたいな男子だ。


栗原君のモテっぷりは凄まじい。

校内の半分以上の女子は彼のファンだ。憧れを隠しひっそりと彼を想う女子もいるだろう。他校にも多くのファンがいると聞いた。

私もファンの一部だ。栗原君が近くを通ればキャーキャー騒ぎ、部活の試合があればタオルを持って押し掛ける。

自分と全く同じことをする女子達に負けないように声を上げて応援し、少しでも目立とうと個性を出してみたり。


でも恋する乙女のやることは大抵被る。人数が多いから尚更、絶対誰かと被る。

考えることはみんな同じなのだ。

どんなに栗原君が好きでも、アピールしても、ファンという団体の中の一部、その他大勢、道端の石ころ。その程度の女が私、花井(はない)さゆだ。


「自分の事石ころって言う高校生女子初めて見たわ」

「うるさい私が石ころならお前は日陰の雑草だ」

「はなちゃんヒドくねぇ?」


事実です。

放課後の人がまばらな教室で私と喋るこいつは、千草基季(ちぐさもとき)。中学から一緒でなぜかずっと同じクラス。腐れ縁というやつだ。


千草は平凡だ。背だけは高いが、顔がものすごく平凡だ。塩顔だ。まあ濃いよりはいいと思う。清潔感があるから一緒にいて不快にならないし。


因みに私は、それなりにイケてると自負している。

パーマをかけなくてもふんわりウェーブした髪に、大きい瞳。

中学の時はものすごいちやほやされていた。告白もバンバンされた。

でも高校に上がると、周囲のイケてるレベルが一気に上がり、私は埋没はしないものの、特に目立つ存在でもなくなった。

別にいいんだ目立たないのは。栗原君にとってその他大勢という存在でなければそれで良かった。でもそうなるのはとても難しいことだった。

ちょっと可愛いくらいじゃ彼には釣り合わないし、認識もしてもらえない。


だから私は「栗原君のファンの中の一人」になるしかなかった。


栗原君は次元の違う格好良さだから、仕方がない。

とにかく顔の造形もスタイルも整っているし、サッカー部では一年にしてエースでおまけに優しい。

こんなスーパースターみたいな男子を好きにならないことが難しい。


栗原君に「その他大勢」と思われていても、もうしょうがないと思っていた。

だって栗原君は誰も特別扱いしない。誰も好きじゃない。みんなのアイドル。

それが平和。それで良かった……はずだった。




そんな「みんなの栗原君」に、特別ができた。

相手は私と同じクラスのあまり目立たない子。花巻(はなまき)さんだ。

何が切っ掛けだったのか知らないが、栗原君は花巻さんに自分から声をかけるようになった。

いや、栗原君も普通に女子に声をかけたりはする。でも、花巻さんにするみたいにわざわざ自分と違う教室まで来て声をかけるのは初めてだった。

彼女は恐らく、栗原君がこの学校に入学して初めて「個」として認識した女子だと思う。

ファンはその事に震撼した。


花巻さんはあまり発言をしない大人しい子で、一年の終わりごろの今まで、クラスで注目されたことのない子だ。

でもよく見ると真っ黒のストレートロングヘアーは綺麗だし、明るさはないものの顔も整っていた。少しきつめの目元で、私とは全然系統が違う。


「なるほどね。今日栗原の部活見に行かないのはそういう事か」

「なんかさぁ、今まで頑張ってアピールしてた自分がバカらしくなっちゃって」

「うんはなちゃん結構ファンの中では目立ってたわ。うるさくて」

「だまれ。そのお陰で喋れたりもしたんだよっ」


私も、ファンの中では比較的声をかけてもらえてた方だと思う。

めちゃくちゃアピールしていたのだ。そのかいあってか、名前は覚えてもらったし、タオルを渡せば「ありがとう」と言ってくれたし、調理実習で作ったものを持って押し掛ければ、次の日会ったときに「おいしかったよ」と言われることもあった。

でもそれは、私にだけじゃなかったけど。

他の子も「ありがとうって言われたー!」と喜んでる子がいたし。

栗原君に声をかけてもらえるのを単純に喜んでいたけど、ただいつも側にくっついて回っていたからってだけだったのかも。

他のファンと差をつけたい一心で紫色のタオルとか渡してたし。

調理実習で作ったカップケーキには栗原君の似顔絵を描いたし、クッキーは栗原君が飼ってると聞いたブルドッグの形にした。難しかったけど頑張った。

今思うと、私は珍獣のように見られていたのかもしれない。


花巻さんはそんな私とは違う。

あんなに素敵な栗原君にもキャーキャー言ったりしないし、教室に会いに来られても嬉しそうじゃない。むしろ迷惑そうにしている。

栗原君はそんな花巻さんに気を悪くすることもなく、嬉しそうに話しかけるのだ。


なんというか、少女マンガを見ているような気分になった。

学校いちモテる男子に特別扱いされる、男子に興味のない女の子。地味だと思っていたら実は美人で、意思もはっきりしてるしミーハーさもない。


花巻さんは確実に主人公だ。

ヒーローはもちろん栗原君。今は反発する花巻さんも、きっとそのうち栗原君に恋をして、二人は結ばれる。ハッピーエンド。

私やファンのみんなは、そんな二人を引き合わせる脇役で邪魔者なわけだ。


「あーうん。栗原男子の間では 一人少女マンガ って言われてた。女子もやっと俺たち男子に追い付いてきたな…」

「なんだよ一人少女マンガって」

「栗原の周りだけ女子がキャーキャー集まってて少女マンガの世界だったから」

「栗原君の前ではじゃじゃ馬娘さえも乙女になっちゃうからね……はぁ栗原君って尊い……」

「はなちゃんが乙女とか笑う」

「なんだと…」

「だって教室で男子と麻雀とかやるはなちゃんが乙女とか」

「それは中学のときでしょっ!今はやってない!」

「一人勝ちして男子にジュース奢らせて宿題やらせるはなちゃんが乙女」

「それはー!勝利した者の特権!」


そんな前のことを持ち出すな千草よ。

じーちゃんに付き合わされてたまたま麻雀できただけの乙女だよ。乙女だったら乙女だっ。

麻雀やってたメンツの内二人に告られたことあるし…。乙女だし…。


そんな破天荒だった私も、高校に入学して栗原君に恋してからは、ちゃんと女子らしく振る舞っているのだ。

千草には付き合いが長いから態度が悪くなってしまうだけで、普段は「きゃあ栗原君がくしゃみしたぁ~かわいい~」とか「今目が合っちゃったぁどうしよう~」とか乙女な発言しかしていない。

女子力もかなり上がったと思う。マカロンとか食べるし。


まあ私の女子力の高さは置いといて。

素敵な栗原君にファン達と付きまとっていた私は、5日ほどファン活動を休止している。

だってみんなに平等だった栗原君が、花巻さんを発見するとだーーっと走って行っちゃうんだよ。休み時間に「花巻さん教科書忘れたから貸して」とか言いに来るんだよ。

そんな栗原君に優しく接するでもなくシビアな対応をする花巻さん。二人を中心に世界は回っている。

私たちはその間に入れないし、ただの観客だ。

ちょっと休止したくもなる。……止めるんじゃなく休止とか言っちゃうとこが未練たらたらで悔しい。栗原君が素敵すぎて嫌いになれなくて困る。


ファンは、何あの女栗原君にあんな態度とるなんて気にくわない!派と、栗原君好きな子できちゃったのか少女マンガの主役達には割り込めない。派に分かれてるんだけど。

私は後者だ。

栗原君と花巻さんの織り成す少女マンガっぷりに心が折れている。そんなファン仲間もけっこういて、「これはもう失恋だね~しょうがないね~」とケーキバイキングでヤケ食いしたりしている。

きっと栗原君は、私たちが付きまとわなくなっても、いなくなったことに気付かない。

まだまだ栗原君に付きまとっている子達はいるし、私たちはその中の一部だったからだ。


たまに悲しくなってヤケ甘酒しながら一人泣きしてしまったりするが、もうこればっかりは仕方ない。

花巻さんには負けたよ。

ファンの誰もが成し得なかったことをしてしまうんだから、主人公というのは本当にすごい。


「ふ~ん。ファンやめるんだ」

「休止だから」

「そここだわる?」

「休止でなにが悪い」

「まあね。一年近く片思いだもんな、時間が長いと中々吹っ切れないもんだよ。わかるわかる」

「適当言いやがって」

「同意したのにこの仕打ち」


はなちゃんはほんと俺にひどいわ~。と言いながら面白そうに目を細める塩顔平凡千草。

こいつは聞き上手だからついつい自分の事をなんでもかんでも話してしまう。こいつは私の生理の周期まで知っている。生理痛で機嫌が悪いとロキソニンを差し出してくる。……うっキモい。自分で打ち明けといて悪いけどキモい。



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