一寸法師(もうひとつの昔話10)
都の大通り。
一寸法師の腹の内からの針攻撃で、さすがの鬼もたまらず逃げ出していきました。
「あなたのおかげで助かったわ」
お姫様がお礼を言います。
「いや、あれしきのこと」
一寸法師は大きく胸をはってみせました。
あとはお姫様が小づちを使って、おのれを大きくしてくれるのを待つだけです。
――早く気がついてくれ。
一寸法師は心の内で願いつつ、道ばたに落ちている木づちに視線を送りました。錦のひもがついているので、見ればすぐに気がつくはずです。
あんのじょう……。
「あら、こんなところに小づちが落ちてるわ」
お姫様は小づちを見つけて拾いました。
「おそらく鬼が落としたものでしょう」
知ってはいましたが、そ知らぬ顔で教えます。
「はじめて見たわ、こんな美しい小づち。なんに使うのかしら?」
「拙者にもわかりませぬ。ですが、こういう話を聞いたことがあります」
一寸法師はもっともらしく続けました。
「鬼は、振れば願いが叶うという小づちを持っているそうな。おそらく、その小づちでございましょう」
「まあ、そのような小づちが……」
お姫様があらためて小づちを見ます。
「お姫様。それを振って、拙者を大きくしていただけませぬか?」
一寸法師は帽子をとると、うやうやしく頭を下げてお願いしました。
かたや、お姫様。
なにやら真剣に考えているようで、足もとの一寸法師の言葉に気づきません。
「あたし、もっときれいになりたいの。それも叶うかしら?」
いまにも小づちを振らんばかりです。
「しばしお待ちを! それは一人につき、一度かぎりの願いと聞いております。よくよく思案のうえに、お使いになられますように」
一寸法師はあわてて教えました。
これも事前に知っていたことです。
「女がきれいになること以上に、なんの願いがあるでしょう。ねえ、一寸法師。これを使って、わたしをきれいにしておくれ」
お姫様は小づちを一寸法師に渡そうとしました。
ですが、一寸法師は一寸しかない。木づちを振ることはおろか持つことさえかないません。
「あら、ごめんなさい。まず、あなたに大きくなってもらわなくてはね」
「さようで」
ついに長年の夢、大きくなるという願いが叶うときがきました。立派な若者になって、うまくいけばお姫様にみそめられ、はれて婿となれるのです。
「じゃあ、振るわよ」
一寸法師に向かって、お姫様は小づちを振りかざしました……が、このときくしゃみが出ました。
「くしゅん! ……ぼうし、大きくなあれ」
小づちが振られます。
あっという間に大きくなりました。
ですが、大きくなったのは頭にあった帽子だけでした。
一度かぎりの願い。
一寸法師の長年の願いは、こうしてはかなく露となって消えました。