見せ掛けの強さ
クーウルはコボルト達の士気を下げないように彼等に鼓舞を続けている。戦闘経験が乏しい彼等にゴブリン達を殺させるのは至難の技ではある。だがやらなければ負けるのはこちらなのでとにかく敵に攻撃を当てる事だけを指示していた。二日でそう簡単に戦えるわけがないかもしれないが元々コボルト達は弓の才能があるのか最初の訓練では慣れていくに連れて的にしっかり矢が当たるようになっていたのだ。
それでも動く敵を攻撃する、というのは容易な物ではないのは理解している。だからこそクーウルが彼等を引っ張るつもりでこうしてゴブリン達と戦おうとしているのだ。
襲い掛かってくるゴブリン達に矢を三つ構えるようにしていくとそれぞれ放つと同時にゴブリン三体が目、腹、肩に当たって地面に倒れる。その攻撃にゴブリンだけではなくコボルトも驚いていた。
「お前等、冷静に放て、目で惑わされるな
自信がないの、脚を狙うだけでもいい」
「ナ、ナンダ! 今ノ攻撃ハ!?」
「コボルトノ癖ニスキルヲ持ッテルノカ!?」
「す、凄イ……! あれがクーウル様の力なのカ……!」
「も、もしかしたら俺達も勝てるかもしれなイ……!」
クーウルの弓の攻撃によってゴブリンは動揺し、それは士気の影響に繋がってコボルト達の戦意を奮い立たせていく。三体のゴブリンを同時に攻撃しさらに上手くその攻撃を当てているのだから当然と言えるかもしれない。今の彼等にとってクーウルの存在はとても強い励ましになっていたのだ。
ゴブリン達が動揺しているその隙を付いて他のコボルト達も弓矢で狙って奴等に攻撃をしていく。
「オ前等木ノ幹ヲ利用シロ! 奴等ハ遠距離カラ攻撃シテクル!
幹ヲ盾ニシテ距離ヲ詰メテイケ!」
「皆、近付かれるな、後方に下がれ
一定の距離、保つ」
それぞれの指揮官が命令をしながら攻防を繰り広げていく。
猪突猛進のようなゴブリン達はル・ブオからの命令によって幹を利用して近付くようにすれば後方に上手く下がれなかったコボルト達を次々その剣で切り裂いていく。
それにクーウルは眉間に皺を寄せながら悔しげに見るも感情で暴走したりせずにその声は冷静で動けるコボルト達を後ろに下がらせ、自分はゴブリンを矢で殺していく。魔の加護によって自分の力が他のコボルトよりも強いのもあって例え肩や腕でもそれなりのダメージにはなっている手応えはあった。
クーウルの命令で後方に下がっていたコボルト達も彼に援護していくように弓矢を使ってゴブリン達と戦っており、その手を震わせながらも勝とうと必死になっていた。
「よし、もういい、お前等、一度言われた所、逃げる」
「は、はイ!」
「何ダァ? 折角盛リ上ガッテキタッテノニ逃ゲルツモリカ?
オイ! 奴等ヲ逃ガスナ! 追エ!」
「ギヒヒッ! 待テ待テ!」
その場から一端離脱しようとしているコボルト達に気付くとル・ブオは追い掛けようとゴブリン達に命令して追い掛けさせる。ゴブリン達も予想以上にやられてしまっているのでこのまま逃げられるなんて事にはなりたくないようだ。
飢えた獣のように逃げていくコボルト達を追い掛けていくと、ゴブリン達の体に異変が起きた。追い掛けていたその体に何かが食い込んでいるような感覚がしていてそれは体の至るところに感じた。後ろから来ていたゴブリンもぶつかってくれば余計にそれが食い込み身動きの取れない状態になってしまう。
「ナ、ナンダァ!?ウ、動ケナイ……!」
「カ、体ニ何カ食イ込ンデテ……! ッオイ! 離レロッ!」
「ウワッ! 何カ絡ンデキテ、ウオワァッ!?」
何事かとル・ブオも見てみればゴブリン達が五体くらい纏まって何かに絡み付いていたのだ。それが何か見てみれば細い蔓のような物でゴブリン達が暴れた事で彼等の体に絡み付き一つに拘束されたような状態になってしまった。冷静ではなかったとは言えこんな分かりやすい罠に引っ掛かった事にゴブリン達の怒りは益々増えていく。
コボルトにも逃げられてしまい上手い事逃げる時間を稼がれてしまったのだ、あのコボルト達に一体何処からそんな知恵が出たと言うのか。絡み付いている蔓を罠に掛かっていないゴブリン達に切ってもらいル・ブオは静かに笑っていた。
今まで彼はコボルトをただ狩られる魔物程度としか思っていなかった、というのもコボルト達には魔物としての強さも力も感じられなかったからだ。まともな抵抗も出来ず呆気なくやられていく彼等をル・ブオは魔物と認めなかった。あれが自分達と同じ魔王によって作られた魔物だなんて侮辱でしかなかったのだから。
「親分、ソンナニ笑ッテドウシタンダ?
俺達コボルトニ嘗メラレテイルンダゼ!?」
「ナァニ、アイツ等モ俺達ノヨウニ魔物ダッタンダナッテ思ッテナ
ソレヨリ動ケル奴等ハドレクライイル?」
「サッキノ戦いイデ大体六十クライカト……」
矢による攻撃と果実によって動けなくなっているゴブリンを合わせてみると約四十のゴブリンがやられた事になる。遠距離武器を持っていないゴブリンはコボルトからすれば動く的当然だ、距離を保つ事でコボルトの被害も抑えられている。せめて向こうも接近戦だったらまだこちらも勝てる自信があった。
コボルトの良いようにやられているからかゴブリン達も苛立っていて纏まりがなくなっている。
当然その気持ちはル・ブオだって同じだ。笑っていたとは言え内心は腸が煮え繰り返るような思いをさせていてコボルト達を八つ裂きにしたいと思っている。だがゴブリンとは言え仮にも彼等を束ねるリーダー、ここでゴブリン達と同じように怒り狂っていては向こうの思う壺になってしまう。
「オ前等慌テルンジャネェ、向コウガ俺様達ヲ倒スツモリナンダ
コッチモタダノ狩リジャナクテ本気デ相手シテヤルノガ礼儀ッテモンダロ」
「コボルト相手ニトイウノガアレダケド……」
「親分ガ言ウナラ俺達ハ従うゼ!」
奴等と対峙するならば狩りをするつもりでいるこの認識を改めておく必要がある。ゴブリン達もコボルト相手に本気でいくというのは複雑なようだが油断するとこっちが負ける、少なくとも長年リーダーとしてやってきた彼だからこそ考えられる事だ。
恐らく他のリーダーだったらそんな考えに至る事はなく突っ走っていたかもしれないが。この先、さらなる罠がある事を警戒してゴブリン達にどう攻めていくかを話し合う事にした。
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「カロル様、第一部隊が後方に下がって次の罠の所まで待機してまス!」
「被害な少ないですがゴブリン達に数で押し寄せられたらどうにもならないでス!」
「よし、クーウル達には木に登って待機してもらおう
それとムニニ、分離体は次の罠の所で待機しているのか?」
「はーい! いまクーウルのちかくまでいるよー!
それとクーウルがいうにはゴブリンリーダーがつよそうだってー」
「奴等の長って所か? クーウルが言うくらいだしもしもの備えは必要そうだ
あ、それとムニニ? クーウル達の体から落ちないように気を付けろよ?
お前が通信機の代わりになるんだからさ」
「わかってるよー!」
洞窟の外でムニニと何体かのコボルトと待機しながら次々と報告される情報に対処していくカロル。
我ながら何処の参謀だよ、と思わずにはいられない。別にそこまで頭がいいというわけではないがこの中で作戦を練れるのがカロルしかいなかったのもあって彼がこの作戦の指揮を取っていた。
それとムニニの分離体、これは彼と意識が繋がっているわけだがある意味通信機の役割になっているのだ。これによってゴブリン達の動きを正確に把握する事が出来るようになる。それを知ってからクーウルや指揮を取れるコボルト達に分離体を分けてお互いの事をムニニに伝えてもらう、という仕事をさせていた。
本当はもっと分離体を作ってこの辺りの見張りをさせるのもありなのだが、それではムニニの負担が大きい上に彼が混乱する可能性もあるので数体にしておいた。
ムニニからの言伝てになるがクーウルが言うには罠にはゴブリン達が結構引っ掛かってくれたようで、それなら上手く誘導していけばこっちは何とかなると考えた。
緊張しているがそれを悟られてしまうとコボルト達を不安にさせてしまうので冷静なように振る舞う。正直かなり自分には似合わない役割だと苦笑してしまった。
「クーウル達はゴブリン達が来たら袋のあれを使うようにと伝えてくれ
ムニニはもしも危険の場合魔法を使って援護しろ」
「はーい、オーガル達はどうするのー?」
「第二部隊にはゴブリン達が怯んだ所を背後から奇襲だな
くれぐれも気付かれないように」
これからやってもらう事を指示し終われば一息着いて肩の力を抜いていく。少し洞窟に戻っていると伝えておき、杖を持ったまま周りに誰もいないのを確認すると大きく溜め息をした。
成り行きとは言えこんな大役を受けて彼等の命を背負う事になったのだ、地球での責任なんて比べ物になるわけがなく自分の心臓が破裂しそうなくらい鼓動を立てているだなんて一人になる事でやっと理解した。
『マスター、精神的に余裕がありませんね』
「そりゃあるわけないだろ……
だってこれが失敗したら俺もあいつらも死ぬんだしな」
『マスターはもう少し魔族として冷酷になるのが宜しいかと思いますが』
「そんな簡単になれるのなら教えて欲しいくらいだよ
こういう人外になると人間をどうも思わなくなるって話があったりするけど
俺の場合は事情が違うようだしなぁ……」
冷酷になれたら利用するだけ利用して捨てる、なんて選択もあったのだろう。それを放っておけないのはやはりクーウルの存在がある。彼の同胞を見捨てるというのはある意味彼への裏切りのようにも感じてしまうから、当然自分は偽善者のつもりはない。
敵すらも助けたいなんて心からのお人好しだったらコボルト達に戦わせたりしないし、死ぬのなら仕方ないの割り切っている部分もある。結果的に自分にとっていい方向にいければそれでいいのだ。
そこに信念も使命もない、あるのはこの異世界では逃げずに生きていきたいという意思だけ。
『マスター、先ずはこの戦いを乗り切る事を推奨します
脆い貴方に必要なのは貴方を護る配下を増やす事なのですから』
「……分かってるって、俺もメリットなしにコボルトに協力しているわけじゃないしな
魔力も今はクーウル達を回復する為に使うのが精一杯だし」
無機質な杖の声に頷きながらカロルはそう答える。
少しばかり緊張していた体も話す事で落ち着いてきたのでそろそろ外で待機しているコボルト達の所に戻る事にした。戻ってきたのに気付いたムニニはその大きな体を跳ねさせながら無邪気に彼の所までやってきて犬のようにじゃれてくる。
何をしていたか聞かれたが大した事じゃないのを伝えてから席を外している間に動きがあったかを確認した。
「んーと、とくにないってさー!
でもムニニもこうやってボーッとしているだけじゃつまらないよー
ムニニもカロルさまのちからになれるとこみせたい!」
「あー、大丈夫大丈夫……お前の活躍する場所はちゃんとあるぜ?
それが今じゃねぇってだけだからもう少し我慢してくれ」
「ぶーっ、じゃあがまんするー!」
子供っぽくコロコロ表情を変えているムニニを宥めるのは簡単だ、彼が必要だと口にしておく事で勝手な行動をしないように制限させておけばいい。
実際今回の戦いにムニニの存在は必要不可欠、今も十分活躍しているのに不満を溜めているのは自分が目立ちたいからだ。派手な活躍をしてカロルの目を自分に向けさせたい、それは子供が親を取られたくないという独占欲からきていると思う。
魔物にもそんな感情があるのかと思うとつい微笑ましく感じてしまうのはそれだけ自分が魔族として適応してきているからだろうか。
ムニニの存在は少なからずカロルの不安を取り除いてくれた、命のやり取りが当たり前であるこの世界で彼のその恐れ知らずな言動は今のカロルにとっては大切な物なのだ。こんなにも不安定なのは彼が地球にいた頃の仕事が関係していたのもある。それを口にするのは、まだまだ先の話ではあるが。
「あっ、ゴブリンたちがむかってきてるってー!」
「よし、分離体も用意しておくように!」
ゴブリンの動きに気を引き締めていけば深呼吸をしてから命令をする。時には卑怯な戦い方をすると言われているゴブリン達。その動きがどんな物か彼は考える、天才ではないが自分が出来る最善な行動をしようとして。