洞窟での決断
まるで神を崇めるかのようにコボルト達はカロルを迎えてくれた。自分達弱い魔物達に手を差し伸べてくれる魔族など今まで存在すらしなかったのだからある意味当然かもしれない。
裸足だったカロルの足に気付くと直ぐに狩った動物の毛皮を使った靴を用意してくれたのでありがたく使わせてもらう。
コボルト達に案内してもらい他の仲間達の所まで向かっていく。思っていた以上に森の中は暗く月の光も遮られてしまっているが目が慣れてくると大分歩きやすくはなっていた。
松明の一つ持ってくるべきじゃないかと言ったが他の魔物達に見つかる可能性もあるのでそれは危険のようだった。コボルト達は耳と鼻が鋭く夜でも動ける視界を持っているらしいのでそれを頼りに危険な場所を避けながら仲間が待っている所まで向かうと聞かされる。
大人しく従いながら歩いて数時間、やがて小さな洞窟の前に辿り着く。
「おーい皆、帰ってきたゾー」
「お帰リ! 大丈夫だったカ?」
「ゴブリンとかに見つからなかっタ?」
コボルトの声に反応して洞窟の中から次々と出てくる。今まで見てきたコボルトよりも少し小さい体格をしているのや明らかに子供っぽい体つきのコボルトなど。どうやら此処に居たのは女子供等が多いみたいで皆再会を喜んでいた。
出迎えてくれたコボルト達にカロル達の事を教えて事情を説明してくれれば彼女達も快く受け入れてくれて中に入るように勧められた。さすがにこうも沢山のコボルト達が洞窟で集まっているとどうにも獣臭くて少し息がしにくい。
『マスター、コボルトは雄が四十一、雌が二十三、子供十四となります』
「おお、ありがとなぁー……にしてもさすがに結構いるもんだな」
他の魔物達から逃げてきたコボルトの数は村に住んでいた事を考えると妥当な数字ではあるがどうにも違和感がある気がした。それが何かまでは分からないが引っ掛かる部分がある。そんなカロルに周りのコボルト達は先程から何度もこちらの様子を窺うように見る視線が多かった。
頼りにしてくれているのは嬉しいがカロルはこのコボルト達の中で最も弱い者だ、だが目の前にいる彼等はそんなカロルに期待してこんなにも喜んでいる。それでも頼られる、というのは男として素直に嬉しいものだ。異世界でやっていく以上、自分がやれる精一杯の事はやっていくしかない。
「なぁなぁ、お前がカロル様に仕えてるコボルトカ!?」
「カロル様はどういう人なんダ?」
「ご主人、優しい、お前等、迷惑掛けるな」
「見てみロ! あのスライムが言葉を発しているゾ!」
「うわー! ふさふさー!」
コボルト達は配下であるクーウル達を囲むようにしていきながら話していた。特にムニニについては喋るスライムというだけで盛り上がっている。やはり喋るスライムはこの世界では珍しいのか、と思いながらボーッと眺めていると恐らくこのコボルト達の村長かリーダーらしきあのコボルトがカロルの前に歩いてきた。
大して気にしてはいなかったが他のコボルト達とは違って身なりが少しだけ異なり小汚ない布ではなく魔物の毛皮で作られた長めのコートに古ぼけたペンダントを首にぶら下げている。
「カロル様、我々のような弱小種族の為に本当にありがとうございまス!」
「気にするなって、弱いのは俺だって同じ……だったら力を合わせるのもいいと思ってさ
ところでなんて呼べばいいんだ? お前多分このコボルト達のリーダーみたいなものだろうし」
「ははっ! オーガルと申しますル!」
「オーガルね、ちょっと失礼するぜ? おい杖、こいつのステータス見れるか?
出来れば他のコボルトのステータスも見たいんだけど」
『了解しましたマスター』
オーガルの強さを確認してみると他のコボルトよりは強いし技も二つ程あるようだった。しかし、どちらも積極的に攻撃すると言うよりは援護するようなのだったりそもそも戦わない物だったりするので役立つかどうかまでは微妙な所ではあるだろう。他のコボルト達も見てみたがレベルの違いがあるくらいで技は特にないようだった。
これはコボルト達にあまり戦闘経験がないからかもしれない。オーガルに聞いてみると魔物の中では穏和な種族だったのもあり他の魔物からは狙われやすいと聞く。
オーガル自身は前村長から戦い方を少しだけ教えられていたのでこのようにスキルを持っているようだ。
それを聞いた事で違和感の正体にカロルは気付く。このコボルトの集団には老人のコボルトが一人も見掛けない事に。
「なぁ、コボルトって老人のコボルトとかはいないのか?」
「…………」
それを聞くとコボルト達の様子が変化した。さっきまで明るかったその表情がまるで偽りだったかのように暗くなっている。その様子に戸惑っていたが少なからず何かがあった、というのはカロルも直ぐに理解した。
恐らく彼等にとっては触れたくはない話題だったのかもしれない。しかしオーガルはカロルに話してくれるようでその口をゆっくり開くと顔を俯かせていきながら話し始める。
「……老人のコボルト達ハ、オーガル達を逃がす為に責めてきた魔物の足止めをしてくれましタ
前村長のオーガルのお父、自分達が逃げるよりも若いコボルト達を逃がすのが一番だと考えたんでス
お父はとても勇敢なコボルトだっタ、戦いを好まないコボルト達にこのままでいいのカ……
自分達には誇りがないのカって毎日のように言ってテ
オーガルも皆もそんなの全く聞かないでただ平和に暮らせたらそれでいいって無視していましタ」
目を瞑って握り拳を作っているオーガルの拳は爪が食い込んで血を流しているのが分かる。それだけオーガルは前村長である父親の事を大事に思っていたと見ていても伝わってきた。
彼の父親は他のコボルト達と比べたら変わり者だったのかもしれないがその言葉の端々から感じる種族への想いは誰よりも強かったのだろう。老人であるコボルト達が逃げずに立ち向かったというのが彼の言葉に影響された証拠とも言える。
カロルがもう少し若い年齢だったらきっとその前村長が死ぬ事を納得する事は出来なかっただろうが、大人になったからこそそのオーガルの父親の気持ちも理解出来る。どうしようもない状況で皆を助けるなんて事は不可能なのだ。例え力があっても一瞬の慢心が大きな落とし穴に繋がってしまう。彼は彼なりの最善な選択を選びオーガル達に託したのだろう。
「お父は俺達を守って誇りのある死を遂げましタ
オーガル達はお父の為にも生きなければなりませン」
「親父さん達はお前等を大事に思っていたんだなぁ……」
「お前の父、凄い、クーウル、お前の父のように、強くなりたい」
話半分に聞いていたクーウルも彼の父親の最期はとても惹かれるものがあったのだろう。その大きな目には確かな闘志が浮かび上がっていた。
兎に角協力すると言ってしまった以上こちらも出来る限りの事をやってみるつもりだ。
「それじゃ、今から他の魔物とどう戦っていくか作戦会議をしないとな」
「え……? あ、あのカロル様……恐れながら何故我々が戦うのでしょうカ?」
「…………はい?」
まさかのオーガルからの問いかけに思わず耳を疑った。今の話の流れからしてどう見ても自分達も戦ってコボルトの誇りを取り戻す、みたいな感じだった筈なのにそれを否定するような事を言い出したからだ。
カロルはその為に自分に助けを求めていたのではと思っていたのだが彼等はそんなつもりは全くなかった。つまり、このコボルト達は自分達が逃げる為の力を貸して欲しいと頼んだのだあれは。
「いや、だってお前等……村長はお前等にコボルトの誇りを取り戻して欲しかったんだよな?」
「はい! お父はオーガル達の為にその身でコボルトの誇りを保ちましタ!
我々に、争いがどれだけ無意味かというのをその身を持って教えてくれたのでス!
我々コボルトはこれからも逃げて生き延びて、争いを好まないという平和の誇りを守り続けるのでス!」
「…………」
「ご主人、こいつらの言葉、クーウル理解出来ない」
「にげるにげるー! こぼるとにげるー!」
えええぇぇ……! こいつら戦う前から逃亡する気満々じゃねぇかというか親父さんの言う誇りがないのかという答えが争いをしないのが誇りという答えになって一丸になってるし!うちの戦闘する気満々のコボルトと偉い違いなんだけど……
逃げる気満々、戦闘放棄当たり前みたいな態度丸出しにさせているオーガル達に唖然としてしまっているカロル。こっちは既に戦うつもりでいたと言うのに出鼻を思い切り挫かれてしまった気分である。
とは言え、彼等の言うように逃げているだけではいずれ追い詰められてやられてしまうのは目に見えているわけで、そんな中逃げるのに協力しては本当に前村長が浮かばれないだろう。
その勇敢な父親が村長という事は目の前にいるオーガルは村長の役割を引き継いだこのコボルト達の長。その長である彼が声を上げて逃げる協力を求めていては他のコボルト達も従うのも無理はない。
「おいオーガル、確かに逃げればどうにかなるかもしれないが
それじゃあいつまで経っても火種が消えないだろ?
お前等が安心して暮らすなら立ち向かう必要がある」
「し、しかしカロル様……我々コボルトは争いを好まない種族でしテ……!
誇りをなくしてまで他の種族と戦うのは理に反しているト……」
「今はこのコボルト達全員が生きる為に必要な事なんだぞ?
お前等はこのままその誇りの為に自分達が全滅するのを待ち続けるわけか?」
「そ、れハ……」
言い淀んでいる様子のオーガルをじっとその赤い瞳で居抜くように見つめていく。別に逃げる事を否定しているわけではない。カロル自身様々な決断の時に逃げ出し、自分の夢も諦めて逃げ続けた結果何も残らない自分の世界に辿り着いたのだ。
その経験を知っているからこそ今逃げてしまうのは絶対に後悔を残す結果となる。逃げたからこそ彼等の行き着く先を想像出来てしまう。生きるには逃げるだけでは解決しない、その事を知ってもらわなければいけないのだ。
「俺は他の魔族よりもずっと弱いがそれでも戦う意思はちゃんとある
お前等も、逃げずに立ち向かう必要があるんじゃないか?」
「そうかもしれないですガ、でも痛いのは嫌でス……」
「逃げてモ、何とかなル、そう思ウ!」
「コボルト、逃げるの得意!」
「死んだラ、元も子もなイ……」
「なんとかなるー? なるなるー?」
何だか働きたくない人間達が働かない為の言い訳をしているかのように聞こえるのは気のせいか?
次々と出てくる戦わない逃げ道みたいな物を提示してくるオーガル達にさすがのカロルも呆れてしまう。
ムニニに至っては何が面白いのか転げながらコボルト達の話に参加している始末だ。自分達の命のピンチだと言うのにそれをしっかり理解出来ていないと言うべきか、逃げればどうにかなるという安直な考えがコボルト達の戦う意思をなくしている。加えてコボルト達の代表みたいなオーガルがこの調子では怒る気にもなれない。
だが、そのだらしない様子についに怒り出した者がいた。
「お前等、コボルトとして情けない! コボルトの誇り、そんなのじゃない!」
「ク、クーウル……様?」
「コボルトは弱い、でも逃げるのはもっと弱い、オーガルの父、とても強い!
お前達の誰よりも強い! 誇りある!」
「そ、それはそうでしょウ……だから父は誇りのある死ヲ……」
オーガルの言おうとした事に首を左右に力一杯振りながら否定していくクーウル。何を言いたいのか分からないのかオーガルはクーウルを見ながら眉を垂らして首を傾げている。彼の言う誇りとクーウルの言う誇りは全く違う物でだからその間違いを正すように彼ははっきりとその口で、その言葉で言おうとしていた。
「違う、オーガルの父の誇り、コボルトなのが誇り!
だから魔族、魔物、縛られたコボルト、嫌だ
お前に戦い教えた、お前に強いコボルトになって欲しい
だから、お前の父、託した! 誇り、託した!」
「な、なんでそんな事分かるんですカ……!」
「クーウルも、ご主人の為、強くなりたい……
弱くても、強くなりたい、だから分かる、お前の父の気持ち、分かる」
じっと見つめながら言う彼の姿は他のコボルト達と何も変わらない弱い魔物の一体だと言うのに、とても力強い大きな存在感を感じさせた。彼のその強い気持ち、それは同じコボルトだからこそ惹かれる所もあるのかもしれない。
逃げる事ばかりを口にしていた彼等は先程までの弱腰だった雰囲気がなくなりつつあった。
「コボルト、強くなりたイ……!」
「強くなっテ、見返したイ!」
「誰にも邪魔されズ、暮らしたイ!」
「なら、戦う、争いの為じゃない、コボルトの誇りを掛けた、戦い」
「かつぞー! かつぞー!」
クーウルの鼓舞によってコボルト達の気持ちは完全に塗り替えられていた。
今まで存在意義が弱い魔物でしかなかった彼等がここまで戦う意思を持ったのは紛れもなくクーウルのお陰だろう。オーガルも彼を見て、彼の言葉を聞いてその目には静かに闘志を抱くようになっていた。ムニニも彼等に乗せられるようにその体を跳ねさせて場の雰囲気を盛り上げていく。
「はーっ、さすがクーウル……同じコボルトが言うと説得力が違うってもんだ」
『マスター、このコボルト達の戦いは真正面からいけば全滅もあり得ると推測
如何にして戦うか、既に策はありますか?』
「一応考えてはいるけど、それが上手くいくかは分からない
取り敢えず、ナビゲーターにはこれからどんどん働いてもらうぜ?」
盛り上がっているコボルト達の様子を見ながらカロルは今まで黙っていた杖とそんな話をしていた。これは何もコボルト達のみの戦いではない、カロル達が生き残る為の戦いでもあるのだから。
【ステータス】
オーガル(コボルト)
レベル5
体力 47
力 34
防 25
魔力 13
魔防 14
速さ 61
運 34
スキル 『戦いの遠吠え』『逃げ足』
・戦いの遠吠え
自分を含めた仲間達に力を沸き上がらせるスキル。
獣系の魔物が習得出来る最初のスキル。
・逃げ足
敵から逃亡出来る確率が上がるスキル。
逃げ続ける事で習得可能。
ーーーーーーーーーー
【ステータス】
コボルト(名前なし)
レベル3
体力 32
力 21
防 17
魔力 8
魔防 10
速さ 51
運 22
スキル なし