第60話
将吾がベクトリア家に向かった翌日、日本出身の俺からすると些か早すぎる入学式が行われる。
ただ早すぎると言うのは入試から入学式までのことで今の季節は夏、春の入学式が一般的な日本と比較するとむしろ遅すぎるとも思える、まあ地球でも夏に入学式が行われる国もあったはずだからそれほどおかしいと言うわけでもないか。
入学式には保護者や従魔は参加できないから今日はエミリーと二人真新しい制服に身を包み向かった。
「入学式って何をするの?」
「確か、新入生の名前を一人ずつ呼んで、校長いや学園長の挨拶、担任紹介、新入生主席の挨拶、これくらいかな?」
「その新入生主席の挨拶はケイトがするんでしょ、緊張とかしてない?」
前世では人の前に立つことは割りと少なくなったからそれほど緊張している訳じゃない。
と言うのも前世でぼっちだった俺は所属していた委員会で無駄話をする相手もおらず仕方なく仕事を黙々とやっていた、すると先生や周りから真面目だと認識され委員長に半ば無理矢理ならされた、それと同じことが部活でも起こり委員長兼部長として全校生徒の前で話す機会がなかなか多かったのだ、そのせいでか相手と一対一で話すより一対多で話す方が得意だったりする。
「大丈夫だよ、話す言葉も『記憶操作』で記憶に固定してるから思い出せなくなることもないだろうしね、それより入学式はどこでやるんだ?」
俺たちは受付まで行き会場がどこか聞くと、学園内の見取り図が渡され第3訓練場だと教えてもらった。
第3訓練場は体育館のような形をしているがその大きさは俺の通っていた学校の体育館の2倍くらいある。
中に入るとまだ開始20分前だが前の方にある新入生の席はほとんど埋まっており、それどころか在校生、と言うのかまあ先輩たちの席に至ってはもうすでに全て埋まっていた。
都合のいいことに最前列の中央に2席並んで空いているからそこに座ろう。だがそこに行くまでが大変だった。
「おい見ろよ、あの髪と瞳本物の『魔王』じゃねぇか?」
誰が言ったのかわからないがその声は大して大きくもなかったのに何故か会場の中に響いた。
その声につられてこちらに振り向く先輩たち、この学園は6年制で一学年200人だとすると全部で1200人、新入生はまだ全員集まってないとは言え1000人以上ある目線が俺たちに集中する。
筆記試験の時の30人でも恥ずかしがっていたエミリーだ、目線の数が一気に1000人に増えればそれはもう羞恥を通り越して恐怖だ。
エミリーは繋いでいた手を離し半歩後ろに下がり今度は俺の腰に抱きつく、と見栄えがよかったのだが今はエミリーの方が少し背が高いから腰ではなく肩に手を置き俺を壁のように使って身を隠す。
こんな状態じゃ歩けないと判断した俺は最前列の席まで『テレポート』した。
「おい今の見たか、あいつ無詠唱どころか魔法名すら言わずに発動したぞ」
「もしかしてあいつが今年の新入生主席か?威圧で会場内にいる受験生を一人残らず気絶させたって言う」
「あそれ知ってる、あの生徒会長ですら震えさせたって」
「つうかあいつって滅びたはずのオリジンヴァンパイアなんだろ、魔王にオリジンヴァンパイアって今年の新入生すげぇな」
会場内のあちらこちらで俺たちの話がされる、そのほとんどがプラスな感情だったが一人だけは違った。
「校内で勝手に魔法を使用するとは何事か!」
後ろから怒鳴り声が聞こえ振り向くと一人の男子生徒がこちらに歩いてくる。
「私は生徒会執行部5年のメイズ・フロンドだ」
色白で縁のないの眼鏡をかけた見るからにお堅そうな男が俺たちの前まで来て自身の名前を告げる、面倒な先輩に目をつけられたな。
「新入生のケイト・パルティナです。魔法を不正に使用したことには謝ります、しかし私はその校則を知りませんでした」
「だからなんだ、知らなければやってもいいと言うのか?」
「情状酌量の余地はあると思いますが」
「そんなこと言い訳にもならない!君にはちゃんと罰を受けてもらう」
あ~ちょーめんどくせぇ、もう『時空魔術師』で創った亜空間の中に放り込んでやろうかと思うくらいめんどくさい。
「ディア学園学則第3章第7条『学園内での無許可による魔法の使用を禁止とする、しかしそれがやむを得ない場合は例外とす』」
今度は大して大きくないがよく通る女性の声が後ろからした。
その女性もまた俺たちの前まで来る。
「私はリーリス・クライシス、彼と同じ生徒会執行部の6年生ですわ」
青い瞳に金髪の縦巻きロール顔には聖母のような微笑みを浮かべ、視線を落とすとはち切れんばかりに制服を押し上げた大きな胸、極めつけは一人称がわたくしに語尾は『ですわ』、どこに出しても恥ずかしくないTHE・お嬢様な美女だ(少女ではない)。
「クライシス先輩は先程の魔法使用は『やむを得ない場合』だったと言いたいのですか?」
「ええ、多くの目線のせいで歩けなくなったフィアンセのために行ったとても紳士的な行為だったと思いましたよ」
「それは『やむを得ない場合』ではないでしょう、『罪には罰を』クライシス先輩になんと言われようとも彼には罰を受けてもらいます」
本当に頑固でめんどくさい先輩だぁ、せっかくお嬢様が許すって言ってるんだからそれでいいじゃん。
お嬢様はその返答を聞くと聖母のような微笑みにわずかに深みが増した。
「あらあら、私の意見に反論するとはいつの間にそれほど強くなったのですか?」
「……っ、申し訳ありませんでした。パルティナ君今回のことは不問にしておこう、しかし次からは気を付けてくれたまえ」
フロンド先輩はそう言い残すと後ろの上級生の席に戻って行った。
それにしても『偉くなった』ではなく『強くなった』なんだな。
「ありがとうございますクライシス先輩」
「いいのですよ、先程申し上げた通り『やむを得ない場合』を解決するための紳士的な行為だったのですから。私も結婚するならパルティナ君のような人がいいですね」
「ケイトはあげないよ」
そう言ってエミリーが俺の腕に抱きつく、まだ敵意は出ていないが警戒心は丸出しだ。
「ふふっそんなに警戒なさらなくていいですわ、泥棒猫なんて品のない真似はいたしませんもの、ああいった存在は物語の中だけで十分ですわ」
それでは後程、と言い残しクライシス先輩も後ろの席に戻って行った。
後程ってどう言うことだろう?
読んでいただきありがとうございました。




