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第59話

遅くなってすいません

「あれ、みんなどうかしたの?」


 現状を理解できておらずあっけらかんとした表情のエミリーが影の中から出てくる。


「え、あ、うん、とりあえずエミリーさっき合格発表見てきたけどエミリーは合格だったよ」


「ありがとう、でもテストも簡単だったし受かって当然だよね」


 もうやめて!将吾のライフはゼロよ!

 エミリーの発言でより一層この場の空気は重たくなる。

 て言うか流石に可哀想過ぎだろ、命懸けで助けた女の子達に『魔王』じゃないからって金目の物全部持って逃げられるって、


「あれ?あなたって確か昨日ケイトに負けた人ですよね?どうかしたんですか?」


「ああ、昨日ケイトに負けて何もかもを失って試験にすら落ちた松原将吾だよ」


「ふーんそうですか、大変ですね」


 エミリーからしてみればケイト以外のことは等しくどうでもいい、ただ今の状況を作り出しているのは将吾である確率が高いから聞いただけの事だ。


「はは、むしろ落ちてラッキーだったかもな、たぶんあいつらは試験に受かっただろうから仮に受かってたら気まずくて寮に引きこもってたかもしれないからな」


 明らかに無理をしながら明るく振る舞う将吾、もはや無理矢理ポジティブシンキングしないと精神的にヤバイのかもしれない。


「のうショーゴとやら、そのマツバラと言うのはファミリーネームのことかの?」


「ええ、そうですよ『大賢者』さん」


「ふむ、確かアキトのファミリーネームもマツバラじゃったな、それにしてもよく見るとなかなかアキトに似ておるのぉ」


 外人から見ると東洋人の顔は見分けがつきにくいらしい、恐らくおばあちゃんもそれに該当するのだろう。


「アキト?確か俺が生まれるより前に行方不明になったじいちゃんの名前も秋斗だったような」


 え?


「それにお主アキトと同じで右の耳たぶに黒子がついているの」


「将吾、お前その秋斗さんの写真とか見たことないか?」


「一度だけ見たことがあるがもう覚えてないぞ」


「十分だ、俺は相手の記憶を見ることの出来るスキルを持っている、お前の記憶を覗いてもいいか?」


 人間の脳は一度見たものは忘れないただ思い出せないだけ、と言うのは前世で聞いたことがあるがこれは本当で俺の『記憶操作』ならその本人も思い出せない記憶を見ることが出来る。

 承諾を得た俺は将吾の頭に手をかざし、


「『記憶操作』『閲覧』キーワード『秋斗』『写真』」


 俺は将吾の記憶の中から秋斗の写真を探しだした。

 その写真には二十歳くらいの青年が写っていて、瓜二つとまではいかないが将吾に似ていなくもない。

 そして今度はおばあちゃんの頭に手をかざし、


「『記憶操作』『共有』」


 秋斗の写真を見たおばあちゃんはカッと目を見開く、


「アキトじゃ……」


 そう呟いたおばあちゃんは将吾の方へ行き将吾の肩を掴み前後にブンブン振り回した。


「アキトじゃアキトじゃよ!この面持ちは歴代最強と名高い三代目魔王デモール・フォン・ベルフォームをわしやゼロ坊それにクリちゃんと共に討ち取った勇者アキトに間違いない!」


 クリちゃんがとても卑猥に聞こえるのは気のせいかな?


「ちょ、ちょっと大賢者さん!?」


「そんな大賢者なんて呼ばずにおばあちゃんと呼んどくれ、アキトの孫ならわしの孫も同然じゃ」


「すいません、それは嫌です」


 おばあちゃんからの提案をすっぱり断る将吾、少々冷たすぎるような気もするが誰にでも触れてはいけない領域がある。


「うむ、そうかの?じゃあせめてその『大賢者』と呼ぶのはやめてくれんか、その二つ名は好きじゃない」


 亀の甲より年の功、おばあちゃんはその事に敏感に反応しすぐに自分の提案を引っ込めた。


「お主はこれからどうするのじゃ?行く宛がないのなら家で面倒を見てもよいぞ?」


「いいえ、当分の間は武者修行でもしようと思います、6歳も年下の子供に失禁させられているようじゃ格好がつきませんから」


「それなら獣王の元に行ってはどうじゃ?」


 獣王、東西南北に分かれる4つの大陸の内東に位置する大陸、ビルト大陸では主に獣人が住んでいる。その大陸の頂点に位置するのが『獣王』だ、獣王がどんな人?なのかは知らないがおばあちゃんとは古い仲らしい。


「アキトの孫ならお主も『柔道』をやっておるのじゃろ?アキトが昔自分の実家が『道場』なるものだと言っておった、そして獣王は代々アキトの伝えた『枩原式柔術』を対人だけでなく対魔物用を改良ほど精通しておる、行って損はないと思うぞ?」


「獣人って人族を迫害してなかったっけ?」


「アキトの孫なら問題ない、それにわしが紹介状をしたためてやろう、どうじゃ?ショーゴ行かぬか?」


 人族だから迫害されることはなくとも将吾の黒髪黒目は『魔王』と同じ、忌み嫌われる対象になるのかは将吾自信が確かめればいいだろう。


「どうせ行く宛もないしな、ユリエの親父さんに不合格発表してきたら行ってみようと思う、紹介状をお願いします」


 将吾の頼みを聞いたおばあちゃんは『アイテムボックス』の中から一枚のカードを取り出す、


「ほらこれじゃ」


「なんでそんな準備周到なんすか!?」


 うん、おばあちゃんって変態ロリババアだけど優秀な人なんだよな。

 ただそのカードには文字が書いてなく紋章のようなものが描かれてあるだけだ。


「これはわしの家の紋章での、これを見せればどこの大陸の国でも大抵のことは融通してくれるはずじゃ」


 紹介状をしたためるよりこっちの方が楽だからの、とおばあちゃん笑いながら言う、てかすげぇな全大陸の国に影響力を持ってるって。


「それからこれも」


 次に取り出したのはパンパンになった皮袋、渡された将吾が口を開けるも中から金色の輝きが見える。


「お主今一文無しなんじゃろ?それを資金にするとよい」


「いや、流石にこんなには受け取れませんよ!」


 まあだいたい金貨100枚くらいは入ってるかな?ちなみにこの世界には紙幣はなく全てが硬貨で価値の低いものから鉄貨、銀貨、金貨で、鉄貨100枚で銀貨1枚分、銀貨10枚で金貨1枚分。

 鉄貨一枚10円相当だからあの皮袋一つでだいたい100万円だ、確かに些か渡しすぎのような気もしなくもない。


「金は多くて困ることもないじゃろ、それに孫に小遣いをあげる喜びを味わわせてくれ、ケイトもエミリーも相当持っとるから小遣いを受け取ってくれぬのじゃ」


 まあ『未知の洞穴』を攻略したからね、ぶっちゃけ金貨だけでも日本の国家予算くらい持ってるし。

 将吾はこの大金を受け取るかどうか悩んだ末、


「じゃあこの金はありがたくいただきます、でもそのうち必ず返しに来ます」


 おばあちゃんは返さなくていいと言うが将吾は返すの一点張り、黙って受け取って黙って返せばいいのに。

 それから将吾は借りたお金で馬のような魔獣(躾けられた魔物)を買った。すぐにでもベクトリア家に行きたいらしい。


「リンさん、お金とカード大事に使いますね」


「うむ、でもそんなに急ぐこともなかろうに」


「ゆっくりしてるとユリエたちと鉢合わせしてしまうかもしれませんからね」


 将吾は俺の方を向く、


「ケイトすまなかったな、お前にとって『魔王』は大きな存在だったのに軽々しくなるとか言って」


「ああ、けどそれはエミリーのことを知らなかったからだ、今後気を付けてくれればいい」


「そうか、お前とはもう少し話したいんだがさっき言った通り急ぎたいからな、お前にびびらない程度強くなったら戻ってくるよ、そしたらまた戦ってくれ」


 将吾の差し出した右手を握り再会と再戦の約束を交わした。



読んでいただきありがとうございました。

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