第55話
轟音が会場内に鳴り響く。
エミリーの剣を受け流し致命傷を防いでいたユリエもついにまともに受けてしまい会場の壁に叩きつけられた。
その生き物と壁がぶつかったとは思えない音に会場にいる全ての人が試合の終わりを確信した。しかし
「えへ、えへへ」
ユリエは不気味に笑いながら立ち上がると頬を伝う血をペロリと舐めとる。
「血!ち!チ!血がノミタイノォォォォオ!」
そしてユリエは今までとは比べ物にならないほどの速さでエミリーに突っ込んだ。
流石のエミリーもこれには動揺し避けるのが遅れてユリエの一撃をまともにくらってしまった。
本来なら今の一撃で試合終了となってもおかしくはないが今エミリーの着ているドレスはアダマンタイト製、そう易々と貫かれる物ではない。
「まずい、あれは『血乱』だ!」
血乱
残り体力が一割を切ると発動される。周囲の誰彼構わず血を求め乱れ狂う。
他の吸血鬼のステータスを視たことがないから確実にとは言えないが恐らく『吸血鬼王』によるものだろう。
「確かにあれは危険だな」
「早く試合を止めるべきだ、じゃないとエミリーって子が死ぬぞ!」
「馬鹿か、危険なのはエミリーではなくユリエさんの方」
「なに?」
確かに力が上がったユリエにエミリーが押されている、しかしこのユリエの力の上がり方に問題がある。
「彼女のステータスは変化していない、それなのにさっきに比べて力が上がっているのは脳のリミッターが外している、いやこの場合は外れていると言った方が正しいか」
「『一刀修○』みたいなものか?」
ここで火事場の馬鹿力ではなく落第騎○を例えに使う辺り確実にオタクだな。
「ああ、ただ彼女はハイヴァンパイアだからな、全力で力を使っても傷ついた筋肉繊維はすぐに回復して筋肉痛すら残らないと思うぞ」
「さっきのが通じるってことはお前も日本人なのか?」
「はぁ、そうだ俺は転生者だ、だがそんな話をするんじゃなくて今は試合を見ろ、お前が軽々しく口にしていた『魔王』がどれ程の物なのかよく見るんだ」
試合は逆転しユリエの技術の欠片も感じられないただ力任せに槍を振り回す戦い方にエミリーは防戦一方になってしまった。
普通なら受け流すなりいなすなりして攻撃に移ることができるはずだがユリエの圧倒的なパワーの前にはそれすら叶わない。
◇◇◇
どうしよう。
さっきまでに比べて彼女の動きが格段に速くそして重くなっている。
今の状態が続けば私が負けるのは明白だ。
負けたら私はどうなるのだろう?
周りからの評価なんてものはどうでもいい、しかしケイトは私が負けたらどういう反応を示すのだろうか。
きっと優しいケイトなら慰めてくれる、『次は頑張ろう』って言ってくれる。
本当に?
私が負けたら私のことを捨てて目の前の彼女と一緒に行ってしまうかもしれない。
そんな事はない、ケイトが私を捨てるはずがない。五年前に約束をした『ずっと守り続ける』って。
現に一度死んでなお私を助けるために蘇ってくれた。
けど目の前にいる彼女はすごくかわいい。
私が見たこの会場にいるどの女の子よりもかわいかった。
私が負けたら彼女がケイトを持っていってしまうかもしれない。
地面に伏した私の前で彼女がケイトを連れていってしまう。
嫌だ、そんなの絶対に嫌だ!
ケイトは私の物、誰にも渡さない、奪おうとする者は何人たりとも切り刻む……!
「ケイトは私の物だぁぁぁああ!」
◇◇◇
防戦一方だったエミリーは強い決意のこもった叫びをあげ現状を打破した。だたエミリーよ、そんな突然私の物宣言されも俺まいっちゃうよ、まいっちんぐだよ。
さぁて、そろそろ収拾がつかなくなってきたぞ。片方は「ちょうだい!チョウダイ!チヲチョウダァァァイ」そしてもう片方は「嫌だ、誰にもあげない、誰にも見せない、鎖で繋いで私だけの物にする」と。
さっきまでは二人の激しい戦いに歓声を送っていた観客も完全にドン引きしている。
ああ、もうどうしよう、ショーゴには二人のレベルの高い戦いを見せて『魔王』がどれ程の物なのか教えようと思ったのに、それに言うことも決めてたのに、ええい、どうにでもなれ!
「ショーゴ、お前あの中に入って止めることが出来るか?」
「無理に決まってるだろ、なんだよあれ人間やめてるだろ」
「ああそうだ、あれが人間を越えた王と王の戦いだ。お前は確かに強い、だがそれはあくまで人の範疇で見た強さだ、『魔王』とは人を、全生物をぶっちぎりで超越した存在でなくてはならない」
「あ、ああ」
「お前は世界を知らな過ぎた、もし今度『魔王』になると言うのであればあの中に入っていって止められるだけの力をつけてから言え」
俺は「ちょうだい」と「あげない」を繰り返す二人を見ながらそう言った。
『残り試合時間は10秒、9、8、7、6、5、4、3、2、1、終了!二人とも武器を下ろしてください!』
だが二人にその声は届くことはなく未だに剣と槍のぶつかり合う音が会場内に鳴り響く。
「おい、止めないとまずいんじゃないか?」
「ショーゴ、お前があの中に入っていって止めろよ」
「だからさっきも無理だって言ったろ!」
「大丈夫だ、お前『金剛化』あるし『物理攻撃耐性』に至ってはレベルMAXだろ?」
「あんな攻撃ダイヤモンドもかち割るわ!お前もさっきやった『覇王』でどうにかできないのか?」
「今の二人が恐怖を感じると本気で思ってるのか?」
「うんごめん、言ってすぐ無理だと思った」
ぶっちゃけどちらか片方だけなら止めることも出来るけど、両方同時にとなるとぶつ切りにされる覚悟と挽き肉になる勇気を持たないと厳しいな。
「じゃあどうすんだよ」
「まあ焦るな、この場にはその人対この会場にいるそれ以外の人で戦っても圧勝できる人がいるから」
俺が言うと戦っている二人の間に一人の幼女が舞い降りた。
「あなたの血をちょうだい!」
「どいてそいつが切れない」
そしてユリエの槍を、エミリーの剣をそれぞれ右手も左手一本ずつで受け止めた。
「クックックッ、重たいのぉ、年寄りには優しくするもんじゃぞ」
そう、魔王殺しの偉業を成し遂げた一人、『大賢者』リンがここにはいる。
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