第32話
エミリーの使う剣は『ビルムンク』というなかなかの業物でマッスルボアやハロモンキーを両断するほどの切れ味を持ち、さらに魔法の効果なのかほとんど手入れをしていないのに切れ味が未だに落ちている様子はない。
つまり何が言いたいかと言うと、そんな剣を剣術のLVがMAXのエミリーが使っていたのだ、だから今まで苦戦はしたものの負けている状況には森に飛ばされてから一度もなったことがなかったのだ。だから今の状況には少なからず動揺しているだろう。
今までに喜ばしいことだとばかり思っていたそのスペックの高さが今となっては恨めしくすら思えてくる。
レナドに向かって何度も剣を振るが最初の一撃以外はまったく当たる様子はなく、まるで剣の来る場所がわかっているかのようにするするとエミリーの剣は避けられてしまう。
俺も見てばかりではいられない。
「『グラプス』『ホーミングバレット』」
『ホーミングバレット』は無属性魔法で名前の通り追尾する『シールド』の形を変えた魔弾だ、もちろん回転を加えている、ちなみに無属性魔法には『ショット』と言う魔力の弾を飛ばす魔法もあるが、もともと魔力には質量がないのでこれは当たっても対して痛くはない。
『ホーミングバレット』は『グラプス』と同時に使うことによって避けることが不可能な攻撃となる。
「ほぅ…」
レナドは目を細めながら呟くとエミリーを弾き飛ばし、向かってくる魔弾に、
「はっ!」
レナドが短く叫ぶと魔弾が、そしてその先にいた俺までもを吹き飛ばした。
「そんな魔弾を思いつくとは素晴らしい発想力だな、やはり子供だと頭が柔らかいのかな。」
「い、今のは?」
「『ブレス』だよ。『ブレス』は攻撃に使われることが多いけど、私はどちらかと言うと魔法なんかを掻き消すときに使用するね。」
レナドはにたりと笑い律儀に説明をしてくれた。
くそっ、今のが防がれるとほとんどの無属性魔法が使えない、次に得意なのは水属性の氷魔法なんだがやはりダメだろう。
「ケイトをいじめるな!」
吹き飛ばされていたエミリーは激昂しながらレナドに突っ込んだ。こんな時に「お父さんをいじめるな!」的なことを言わないでくれ。
たださっきからエミリーの剣術がいつもと違う気がする。こう何と言うか、いつもみたいに綺麗じゃないんだ。
やはり全然剣が当たらないことに焦っているのだろう。
「はぁ、まさか『魔王』がここまで弱いとはな、もうきみには飽きたからもういいよ。」
そう言うとレナドは剣を避けるのではなく、剣を持つエミリーの手を叩いた。
カランカラン
俺は剣士ではないから本当かはわからないが、恐らく剣士が最もやってはいけないのは戦いの途中で剣を手放すことだろう。背中の傷もダメだろうけどね。
「『手槍』」
剣を落としたエミリーの腹に槍のような形に変形したレナドの手が突き刺さろうとする。
時間が止まった気がする。
いや、視界に入る景色が止まっている。
あれか、脳が超高速で回転しているから時間が止まって感じるのかな、えーと確か一般相対性理論だったけか?まあ、別にしててもしてなくてもすることは一緒なのだからこんな大層なこと起こらなくても良いのに。
瞬間、僕の目の前にレナドが現れ視界の端に目を見開いたエミリーの姿が映った。
ああ、無詠唱って魔法の名前を唱えなくても発動ができたのか。
今発動したのは空間属性の魔法で『エクスチェンジ』、物と物とを交換する魔法だ。
あれ?確か『エクスチェンジ』で交換できるのは非生物だけだったはずだ。愛の力でその辺もどうにかできたのかな。ファンタジー過ぎるだろ。あ、ファンタジーか。
さて、今なおゆっくりと進む世界の中、最後くらい一矢報いてやろうと思い右手を前に出した。使う魔法はそうだな、異世界転生らしく水素爆発なんかをしてみたいけど今までにしたことがないから不安だな。
考えたあげく俺は、やっぱりエミリーに一言伝えることにした。
俺は首だけを動かし眼に涙を浮かべているエミリーに最後の言葉をかけた。
『ごめんね』
すると時間の流れは元に戻りレナドの腕が俺の腹を貫いた、腹が熱くなるのを感じ首を戻すと今度は右腕にも熱が走った。
見ると右腕の肘から先が地面に滑り落ちていた。だめ押しとばかりにレナドは俺を蹴飛ばした、運のいいことに飛ばされた先はエミリーの元だった。情けでもかけてくれたのかな?
エミリーの足下に転がり着いた俺にエミリーは泣きながら抱きついてきた。
エミリーの体は暖かく涙は熱かった。
さっきは『ごめんね』と言ったから今度は『愛してる』とキザに言ってみたかったがどうやら時間がないようだ。
薄れ行く意識の中で俺はまだある左手でエミリーの頬を撫でた。白く綺麗なエミリーの肌に紅い俺の血がついた、そして最後の力を振りしぼりエミリーの首に手をまわしぐっと顔を近づけて
最後にキスをした。
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