呪い屋敷
ある日曜日。美香と康夫は、巷で評判の遊園地でデートを楽しんでいた。
「さっきのジェットコースター、スリルがあってよかったね」
「ああ、そうだな。次はどこに行こうか」
パンフレットを眺めているうちに、二人はあるアトラクションに目を留めた。それは『呪い屋敷』という名の、当遊園地が一押ししているお化け屋敷だった。
「何これ。呪い屋敷だって。ありがちな名前ね」
「どこに行っても、お化け屋敷なんてこんなものだって」
「でもこれ、ここで一番って言われてるアトラクションだよ。もっとこう、力が入ってるのかなって思ってたんだけど」
「まあまあ。ほとんどの乗り物に乗っちゃったしさ、せっかくだから行ってみようぜ」
「うーん。期待できないけど」
会話を終えて呪い屋敷に向かうと、思いのほか人が多く並んでいた。美香は少々渋ったが、二人は列の最後尾につき順番を待つ。
その間、パンフレットに書かれた説明文を読んで時間を潰すことにした。
「ねえ、康夫。ここって、どういう設定になってるの?」
「ええっと、『ここは悲劇的な死を遂げた少女の呪いがかけられた、恐ろしいお屋敷です。彼女の怒りに触れたら最後、脱出することはできないと言われています。彼女に出会っても、決して目を合わせてはいけません。彼女は悲劇で傷ついた顔をじっと見られることを、何よりも嫌っておりますから。あなたの無事を、心よりお祈り致します……』」
「何よそれ。B級ホラーじゃあるまいし。ここ、レベル低いんじゃない?」
途中まで読んだところで、美香がムスッとしながら不平を漏らす。
「まあまあ。見た目はかなり作り込んでるし、絶対恐いって」
康夫の言う通り、外観はすっかり朽ち果てた洋風の屋敷そのもので、実に不気味である。
「ほら、もうすぐ順番だよ。きっと楽しいって」
「本当?」
「本当だよ、多分。あ、ほら。出てきた人の顔を見てみろよ。あんなに青ざめちゃって」
「そうかなあ……」
そうこうしているうちに時間は過ぎていき、とうとう二人の順番となる。
美香は相変わらず気乗りしない様子だったが、おどろおどろしい門をくぐり中へと入っていった。
数十分後。屋敷の出口付近で、二人は眉根を寄せながら文句を言っていた。
「ほら、やっぱり私が言った通り、全然楽しくなかったじゃない」
「ううん、確かにいまいちだったな。雰囲気は出てたけど、薄暗いだけでほとんど何も起こらなかったし」
「床がギシギシ鳴ったり、家具が揺れたり、窓が赤く光るくらいじゃねえ。お化け役の子も、全然迫力がなかったしね。特殊メイクはそこそこだったけど、何なの? あのやる気のなさ。目が合うなりこっちに飛んできたけど、ちっとも追いついてこなくてさあ。これなら、もう一回ジェットコースターに乗った方が楽しかったに違いないわ」
「作り物なら作り物で、もっとしっかりやらないとさあ。気合が足りないよ、気合が」
「もういいわよ。帰りましょう」
美香と康夫は、期待外れのアトラクションの方を一度も振り向くことなくその場を去っていく。自分達の背に、周囲の客から恐怖と戦慄の眼差しが注がれているなど露ほども思わず。
屋敷の前に並ぶ人々は、口々に語る。
「あの人達、知らなかったのかな。この屋敷が、本物だってこと」
「幽霊が出るっていう化け物屋敷を買い取って、そのままアトラクションとして使ってるから、すごく恐いって話なのに」
「まあ、あれでよかったんじゃないか。作り物だって思い込んでいるからこそ、生きて出られたのかもしれないぞ。大体、現実なんてこんなものさ。大袈裟に作られた、映画やドラマじゃあるまいし……」