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婚約破棄と人物評価

婚約破棄と人物評価

作者: 藤乃ごま

「本当に申し訳ない。婚約を解消して欲しい」


「は、……」


伯爵家の庭園。バラが咲き乱れる園内で私は悲しい言葉と謝罪を受けていた。






ここ、ドラグーン王国では、高位の貴族に限定して幼いときから婚約者が選定される。


男女であること。

結婚することによって王家を転覆させる程の力を持たないこと。

歳の開きが二十は越えないこと(初婚のみ適用)


等々。

事細かに設定されたその規則に則って、より良い相手が選定される。


恐らく、当初は高位の貴族が力を持ちすぎないよう、牽制の意味も含めた決まりだったのだろう。確かな身分と年恰好、性格などを考慮された規則は(いささ)か細かすぎるのだが、これが意外に正確だと好評で、本人達の意思は別として、国をあげての婚約者選定が貴族達に受け入れられるまでにそう時は掛からなかった。


私、ヘレン・リアス・エルランドも、エルランド男爵家として、一応貴族であるから、幼い頃から婚約者が選定されていた。


それが、目の前で頭を下げている、ぼんくら……いや、アラーク・ヤード・サミエルである。サミエル家は歴史ある伯爵家。本来ならば、釣り合いが取れないのだが、それも王国の規則に則っての決まりに伴い、問題にならなかった。恐らく、下手に上位の相手と結婚させてしまうと、王家転覆を図れるほどの権力を持ってしまうからだろう。


薄いグリーンの髪が丁寧に撫で付けされた頭。綺麗に九十度曲がった格好で、彼――アラークは頭を下げ続けている。


「婚約、解消……ですか」


私はアラークの頭を見つめながら、ポツリと呟いた。私の言葉を聞いたアラークは何を思ったのか、ガバリと顔をあげると、私に向かって詰め寄ってきた。


「す、すまない! 本当にすまないと思っている……!! だが、だが、俺は愛する、本当に愛する麗しい人を見つけてしまったのだっ……!!」


「は、はあ……」


一応ではあるが、婚約者に向かってそんなに熱意を籠めて、他の方への愛を語るなんて……。


(アラークって、こんなにうつけ者だったのかしら?)


そんな失望感で胸が一杯になった。それまでアラークには別段、好意も悪意も抱いていなかった。二歳年上のアラークは、家柄や性格を考慮し、例の規則に則って、厳密に選定された相手。


しかし、本人である私達――少なくとも私にとってはあまり興味のある対象ではなかった。幼き頃から、結婚とは感情以前の問題で、政略が当然であると聴かされていた為、それが当たり前だと思っていたのかもしれない。確かに、破棄に対する驚きはあるのだが、『あー、そっかぁ』と頷ける、その程度である。


「それで、そのお相手とは誰なのですか?」


アラークの目が苦悩に歪む。私が、すがりつくために言った言葉だとでも思っているのだろうか。しかし、言って良いものだろうか……。と思案するアラークの表情の中に、微かな優越感が見え隠れしている。本当にある意味、正直な人だ。


「じ、実は、隣国の王女様と……その……」


「その?」


「その……、お互いに言い交わす仲になっていて……」


「んまあ!」


隣国の王女。恐らく、絶世の美女と名高いアリス王女の事だろう。しかし、驚いたのはそこではない。既に『言い交わす仲』になっている。その事に驚きと呆れを覚えているのである。


「驚くだろう? だが、本当の事なんだ。麗しく美しい彼女……アリスは俺と共に居たいと言ってくれている。だから、お前との婚約は無かったことにしてもらいたいのだ」


「………………」


この時点で、私からアラークへの感情はひとつも無くなっていた。本来ならば、キッーとか、ワッーとか騒いだ方が良いのかもしれないが、その気もおきないほど、彼に対して呆れと失望が混ざっていたのだ。


「……ヘレン?」


「分かりました。では、婚約は無かったことに致しましょう。勿論、そちらから言い出した事ですので、エルランド家に非はございませんわよね?」


「あ、ああ……」


「でしたら、私の方には問題ございません。両親には、お相手の名は伏せ、アラーク様より婚約解消して欲しいと言われた事のみを伝えます」


「あ、ああ……」


「それでは、お元気で。ごきげんよう」


それだけ言うと、私はその場をさっさと後にした。アラークに対して、もはや何の感情も無かったので、実に機械的な動きだったろうと、我ながら思う。






ドラグーン王国には、もう一つの決まり事があった。国が選定した婚約を破棄された場合は、された側に非が無い場合に限り、婚姻の自由が認められるのである。


好きな相手と結婚するのも自由。

一生独身を通すのも自由。

他の貴族と婚約し直すのも――全てが本人の自由である。


両親に婚約破棄の申し出があった事を伝え、王家からは私に非が無かった事の了承も得た。つまり、私は完全に自由になったのである。


そこで、私はかねてから、願っていたことを正直に打ち明ける事にした。


「お父様」


「おお、おお、なんだい。ヘレン?」


老いてから授かった末っ子の私が、お父様はとても可愛いらしい。子供達の中で唯一の女の子であったことも増幅させる一因にはなっているのかもしれないが、とにかく目に入れても痛くないと、体現するような可愛がられかたをしている。

そんな父に対して、非常に言い出しにくいことを、私は努めてサラリと告げた。


「私、神殿にご奉公に向かいます」


「「「………………はぁっっ?」」」


なぜか、お父様だけでなく、同席していたお兄様達からも同様の反応が返ってきた。みんな同じような表情と言葉だったので、確かな血の繋がりを感じさせる。なかなか面白い。


「しししし、神殿に、ほほほほ奉公って……」


「そそそそ、そんなぁ……」


「まままま、まさか……」


お父様と二人の兄。本当にそっくりなのですね。おかしくって笑えてしまう。しかし、精一杯顔を引き締めると、私は続きの言葉を告げる事にした。


「正直なところ、私は美醜に優れてはおりません。――髪もチリチリで真っ黒だし、背だってちんちくりんです。アラーク様と婚約を解消して気付いたのです。私は、婚約など望んではいけない容姿だと。ですから、神のお側に仕える神殿に向かい、そこで一生ご奉公しようと決めました」


そう、アラークに婚約破棄をされて気付いた事がある。私は、美醜が非常に優れないのだ。つまり、不細工なのである。


お父様や二人のお兄様は、固めで艶やかな黒髪にキリッとした瞳。スラッとした身長の持ち主。


なのに、私の代になると、チリッチリの黒髪に、ちんちくりんの身長になってしまう。


恐らく、お父様とお兄様が騒ぐなかで、一人優雅に茶を飲んでいるお母様の遺伝が複雑化して出てしまったのだと思う。お母様は、背こそ低いけれど、バランスのとれた。そう――ボンキュッポン体系をしている。髪はユルユルと波立つ黒髪。


それが、私には劣化して伝わってしまった。――それだけの事。


美形の一家には申し訳ないが、生まれてしまったものは仕方ない。これから男爵家――愛しい家族のお荷物になるくらいなら、私は神殿にて神に仕える事を選ぶ。


「――可愛い、可愛い私のヘレン? それはもう、決めてしまった事なの?」


静かに佇んでいたお母様がポツリと私に訊ねてきた。きっと、私の冷静さはお母様に似たのだ。――良かったわ、そこはお父様に似なくて。


「はい、お母様。私、神殿に行きます」


「そう。分かったわ。……あなたが決めたのなら、私は止めません。……でも、辛くなったらいつでもすぐに帰ってくるのですよ?」


「はい。……ありがとう、お母様」


「「「そそそそ、そんなぁぁぁ!!」」」


こうして、私は郊外にある神殿へと居を移した。






「おーい、ヘレン!」


「…………」


「ヘーレーンー!!」


「…………」


「おい、って!!」


ここは、神を奉るスランギーナ神殿。

神殿には、男女問わず神官と神官見習いがおり、日夜神に祈りを捧げている。神官といえども、貴族でもない限り、婚姻は自由とされているので、実は神官同士の密かな出会いの場所にもなっていたりする――らしい。まぁ、基本的には皆様真面目なので、婚姻するまでは、大っぴらに逢瀬を重ねたりはしない。――はずなの、だが。


「なー、ヘレン! こっち向けってば!」


スランギーナ神殿に来てから、三月経った。午前と午後の祈りの儀の合間に私は、神殿内にある庭園で本を読んでいる。そこに、何故だか変わった虫――いや、男性が現れるのである。


「……また、あなたですか、リューイさん」


「うん、また、俺だねー」


「よく、ここに来ますね」


「うん、ヘレンが居るからねー」


「…………」


彼の名はリューイ。事情があるらしく、名前しか知らされてはいない。年のころはアラークと同じくらいに見えるから、十八歳位だろうか。恐らく、貴族の後継者争いにでも巻き込まれた為、期間限定で神殿に奉公に来ているのだろう。よくある話だ。そのリューイは、二月ほど前からこの神殿に来ているのだが。なぜか、私をみた瞬間から、こうして日中は引っ付いて離れないのだった。


「リューイさん、私は本を読んでいます」


「んー? 知ってるけど?」


「……であれば、膝に乗せている頭を退かしては頂けませんでしょうか?」


「んー? それは無理! ヘレンから離れたくないし」


「…………」


開いた口が塞がらない。リューイは始終この調子で、私から離れない。当初は大っぴらな男女の触れあいに眉をしかめていた神官達も、今ではすっかり慣れてしまったらしく、何故だか微笑ましそうに笑いながら、側を通りすぎていく始末だった。


「……リューイさん」


私はのらりくらりとかわしたままでは、埒があかないと思い、正直な気持ちを口にする事にした。


「私は、神殿の神官見習いです」


「……知ってるけど?」


何言ってんの? とばかりに不思議そうに私を見上げるリューイ。私は読みかけの本を側に置き、目線を合わせないよう、反らしながら話を続けた。


「……噂などでご存じかも知れませんが、私は婚約を破棄された者です。そして、これからも結婚などをするつもりは全くございません。――かといって、不埒な男女の戯れに付き合う気持ちも無いのです。リューイさん――いえ、リューイ様は貴族のお方でしょう? 戯れならば、私は適当ではございません。他をおあたり下さい」


「……戯れ?」


「だって、貴族ならば、ご婚約者が居るはずです。一時の戯れに付き合うつもりは、私にはございま……」「だったら、一時じゃなければ良いのかな?」


「……え?」


不意に、真剣な声がして、どきりとさせられてしまい、思わず下のリューイと視線を合わせてしまった。


「一時じゃなければ良いんだな?」


「あ、あのっ……」


リューイは静かに膝から頭をあげた。言葉遣いも、その表情もキリリとしていて、私が知っている――いつも見ている表情とは大違いだった。そのリューイが私を正面からひたと見つめると何を思ったのか、ゆっくりと腰を折り、膝を地につけた。


「――私は、リューイ・アルグランド・パシアス。パシアス公爵家の嫡男である。ヘレン・リアス・エルランド嬢。どうか、私と婚約しては頂けないだろうか?」


「え、あ、あの」


「……幸い、私には婚約者が居ないのでな。一目であなたを見て、気に入ったのだ。どうか、どうか私と共に生涯を歩んではくれまいか」


「あ、その……」


リューイの美しい瞳を見つめていると、うっかり吸い込まれそうな衝動を受けてしまった。私などを欲しいとおっしゃるその言葉につい頷きそうになってしまうのだが……。


「い、いけません。リューイ様」


「なぜだ?」


リューイの美しい顔が曇る。そんな表情をさせるのは心苦しいが、致し方ない。


「私は、私は、このように見目に優れません。ですから、リューイ様に恥をかかせてしまうのです」


「……何を言うかと思ったら……」


フッと鼻で笑うと、リューイがさらに近付いてきた。後ろに下がろうとした腰をハシっと強く掴まれてしまった。


「……この波打つ黒髪も、大きく潤んだ瞳も、妖精のように小さき背も、全てが尊く、美しく愛しい。決して逃がすつもりは無い。そなたは私のものだ」


「…………そんな」


熱い瞳と潤んだ表情に見つめられていると、私は何も言い返せなくなってしまった。


本当に、本当に私で良いのだろうか――?


そう、訊ねた時のリューイの表情は、とても輝かしく、私もこの人と一緒にいたいと、不覚にも胸を高鳴らせてしまったのだった。






その後、婚約者となったリューイから、驚くべき情報を告げられた。

なんと、婚約者の選定と言うのは、本人達(厳密には主人となる男性)の能力、適性を調べる選定でもあったらしい。


リューイ曰く、

決められた婚約者と結婚するのは、ごく常識内として、一般の職務、領地への派遣。


独身を貫き、浮き名を流すものは地方都市へと派遣し、中央にはバレない程度に自由を謳歌させる。


己の欲求のみで婚約を破棄し、尚且つ求婚者に去られた者は愚か者であり、過信の恐れありとして、中枢から外れた末端の職務へと派遣。


――といった具合なのだそうだ。これらは、一概には一括りに出来ないものだし、あくまで基準(・・)であり、指針であるらしい。


そこで、一つの疑問に思い当たる。

婚約を破棄された私と、新たに婚約したリューイはどういった存在なのだろう?


そう、疑問を告げると、リューイはニッコリと輝くばかりの笑みを浮かべながら、私の頬に口づけを贈ってきた。


良くは解らないが、とりあえず幸せなので良しとしよう。

補則説明


リューイは、初めての晩餐会でヘレンを見初めていたため、幼き頃よりヘレンとの婚約を熱望していました。しかし、ヘレンは既にアラークと婚約をしていました。


実はドラグーン王国には、もうひとつ、婚約に関しての秘された規約があります。


それは婚約者のいる人に横恋慕してしまった場合の対処法についてです。


横恋慕した相手を諦める。

ひそかに、相手と密会する。


通常はこの二点に絞られ、暗黙の了解となっています。しかし、ヤンデレリューイはその上をいきます。


裏から手を回し、婚約を破棄させて、そ知らぬ顔して、婚約し直す。


――というものです。

隣の国の王女との出会いも何もかも、リューイによって、仕組まれました。よって、リューイは頭が切れる強者という評価がされ、宰相への道が開いていきます。


あ、ちなみに、アラークは王女に婚約を申し込みましたが、気の多い王女により、一蹴されてしまいました。よって、評価は限りなく低く、王国末端の領地で細々と暮らすはめになりましたとさ。


ここまで、お読み頂きありがとうございました!

続編も投稿しました!『婚約破棄と人物評価~アラークの場合~』をご覧ください。

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