マンション
いつだったか、自分たちが所有してたマンションの一室で餓死した姉妹の方がいらっしゃいました。
今でもときどきそのニュースを思い出して、お金っていったいなんなんだろうと思います。
ご冥福をお祈りします。
14階建てマンションの最上階。
何も音の無い部屋の中で姉妹の声がときどき行き交う。
「ねえ、ミカさん、起きてる?」
姉のサキが声をかけた。細くて消え入りそうな声だ。
「いやだ、寝てたわ私、姉さん」
「そう、じゃあ、寝てていいのよ…」
そしてまた音が無くなる。
忘れたころにまた会話が始まる。
「ねえ、ミカさん、覚えてる? 父さんが連れて来てくださった、チーちゃんのこと」
「覚えてるわよ。かわいかったわね」
「チーちゃんは、黒い缶のはきらいだったわね」
「そうそう。赤い缶じゃないとね。食べなかったね」
「あれ、食べたことあって?」
「あら、いやだ。食べたことないわ。猫じゃあないんですから」
「ふふふ。わたしはね、食べたことあるのよ」
「ほんと?」
「ほんとよ。チーちゃんは家族だったのですもの。いつもおいしそうに食べるでしょ。どんなもの食べているのかしらって、気になったの」
「それで、どうだったの?」
「あまり味がないの。だけどいいお肉だったわ」
「お腹が空いたわね」
「私はもう感じなくなったよ」
「姉さん。モヘアのふわふわのセーター好きだったわね」
「そうね。生成りのね。あれはよく着ていたわね」
「パリで買ったわね。木にね電気が点いていて、とてもきれいだったわね」
「今はね、12月になるとね、どこでも電気で飾っているわね。わたしたち、飾ればいいのにってずうっと言っていたでしょ。今はあたりまえになったわね」
「そうね。なんでもあたりまえになったわね」
「どうしてなのかしらね。わたしたちのビルなのに、お家賃をもらえないというのは」
「いろいろな人が言っていることは難しすぎて意味がわからないのですもの。ちゃんとした考えを持っている方のね、言って下さることには従ってやってきたけれどね。うまくいかなかったわね」
「不思議ね。あんなにいろいろな人が声をかけてくださったのにね」
「しょうがないわ。わたしたちだって、お家賃のある所になんか住めなかったでしょうね。お家賃を払うのを忘れることはなかったと思うけれど、お家賃を払ってくれる人がなかったら、お金はないんですものね」
「もう、訪ねて下さる方もいなくなってしまったわね」
「でも、よかったわ。ここがあって」
「そうね」
「眠れるだけ幸せね」
「そうね。ほんとうね。世界にはお家の無い人がたくさんいるんですものね」
「ミカさん。寒くない?」
「寒くないわ。もう」
「おこたつに入っていると暖かかったね」
「あら、今だって入っているのに。ふふふ」
「昔のお家にあった掘りごたつは楽しかったわね」
「そうそう。よく中に隠れたわ」
「ミカさんたら、中で眠ってしまって、いないいないって皆で大騒ぎになったわね」
「ふふふふ。面白かったわ。母さんは泣いていたわね」
「心配で心配でしかたがなかったのよ。わたしもよ。私も泣いてしまったわよ」
「そんなに思って下さるなんて幸せね」
「チーちゃんもおこたつが好きだったねえ」
「ここにもたたみの部屋を作っていただいてよかったわね」
「おかしいわね。このおこたつ、もう暖かくないね。ふふふふ」
「電気が止まってしまったのかしらね?」
「そうよ。ずっとよ。ふふふ」
「静かね」
「静かね」
「良かった、姉さんがいてくれて」
「わたしもそう思っていたところ。よかったミカさんがいてくれて」
「心強いわね」
「ほんと、心強いね」
「もう、おしゃべりやめましょうか」
「姉さんの足、わかるわ。これね」
「わたしも、ミカさの足、わかるわ。ふふふ」
そして音が無くなった。




