邪魔
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼︎‼︎」
響く死へ誘う咆哮。 目前に現れた巨躯。 振り上げられた右腕。
避ければ新人に当たり、守れば俺の腕がぐしゃぐしゃ。
絶対絶命かもしれない。
死を予感させるせいか、一段と冷静でいられる。
『世界で一番愚かな罪人』を使えばと思ったが、早すぎて発動出来ない。
こうやって考えてる間にも、死の腕は俺へと向かってくる。
「ココは一発、賭けてみるか」
落ちてくる腕に手を当て、流すように角度を変える。
避けるのでも、受けるのでもない。
ーーー受け流すんだ。
見事に腕は曲がり、俺や新人に当たらなかった。
しかし床を砕き、その時発生した衝撃が俺を襲った。
吹き飛ぶ感覚。身体が回ってる感じがする。 生きていたついでで新人を見る。どうやら新人は助かったようだが、腰を抜かしてる。
仕方ねぇなぁ、助けるか。
「起きろ、『世界で一番愚かな罪人』(カイン)」
カインで新人を部屋の外に出す。
ふぅ、一仕事終えたぜ。と思っていたら、もうすぐ後ろにいるじゃねぇか!
まだ俺吹き飛んでるんだぜ?
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼︎‼︎」
ま、泣き言言ってられないか。
「『世界で一番愚かな罪人』」
すぐさま俺を、アステリウスから離れた位置に移動させる。
放たれた拳で床に亀裂が走る、 先程よりも大きくなって。
心なしか、アステリウスの巨躯がさらに巨大化してる。あいつの《魔術》だ。
「牛と人間の間に出来た子ども、そいつはミノタウロスと呼ばれていた。乱暴な性格、巨大な体躯、牛の顔をしていたという。 お前の《魔術》は其れの体現。牛頭に近い、化物に姿を変えるものだ」
故に奴の身体は巨大化し、だから力も強くなり、その上硬くもなってる。
生身の人間がどうこう出来る相手ではない。
「其れだけでも厄介なのに、人喰いなんていう変なステータスまで付与される。死んだら身体が残らず喰われるわな」
殺されるだけならまだマシだ。 しかし捕まれば身体が喰われる。 想像するだけで気が滅入るわ。
「お前に執行権は認められない。だから『世界で一番愚かな罪人』は直接使えない。なら、どうするか?」
アステリウスが咆哮とともにこちらへ突っ込んでくる。
突進して、俺を圧迫死させる気だろうな。だが、そんな真っ正面から来るのはバカだろ。 狙い撃ちだ。
「『世界で一番愚かな罪人』」
ガチャリ………。
金属独特の音。 真っ黒なシルエット。 子ども位ある銃身。
この銃の名はゲパード。 アンチマテリアルライフルだ。ヘリコプターやら戦車やらを狙撃する為のものらしい。
だから奴を止めるために、M3を用意してやったよ。
「身体粉々にしてやるよ、クズ野郎」
脇腹を狙い、引き金を引く。
轟音、光、肩にかかる重い反動。一番でかい弾込めれるヤツ使ったからか、身体にきた反動が半端じゃない。
ガチ痛えぇ……。寝て撃ってコレかよ。痛過ぎるだろ!
だが、其れに見合うダメージは与えられた。
「ーーーーーーーーーーーー‼︎⁉︎」
脇腹が削り取られ、その場に倒れるアステリウス。
獣の本能で瞬時に避けたようだが、かすっていたみたいだ。かすってコレなら当たったらどーなったろうな。
薬莢が排出され、次弾が込められる。けどもう要らないだろ、仕止めたからな。
ゲパードを担ぎ、アステリウスに近づく。
「おーい、アステリウス。まだ戦るか?」
戦れるわけないからこう聞いた。俺とてこんな酷い聞き方はしたくない。けど仕方ないんだ。こいつの怒り顔を踏みつけないと、俺の気がすまないからな!
この時点で俺は、勝ったと、コイツはもう動けないと思っていた。油断していたと言っていい。
まさかもう治っているとは、思いもしなかった。
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼︎‼︎」
「動け………ん、の……⁉︎」
すぐさま避けようと身体を捻ったが、やはり気が抜けていたせいで、腕が捕まった。
ギュッと握られただけで、俺の腕からミシミシと嫌な音がなった。
「ギャアアアア! 痛って痛って、うおーマジ痛え!」
悲鳴をあげてみたが、アステリウスの力が緩まることはない。逆に力が込められ、失神しそうになる。
「ぐっ………ぅう………‼︎」
『世界で一番愚かな罪人』を使おうにも、痛みで上手く位置がまとめれない。これじゃあ移動出来ねぇ……!
怒鳴り散らそうとアステリウスを見て、目を見張った。オレは少し悠長に考え過ぎていたようだ。
アイツの《魔術》は所詮、擬似的な成りきりだと思っていた。
だが違う。あの眼は、血に飢えた獣の眼だ。俺を喰らおうとする、化け物の眼だ。
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼︎‼︎」
仮面の口の部分に亀裂が入る。
其処から見える口は、牙のような鋭い歯が並んでいた。
喰われる。直感ではなく、当然だと思えるほど理解していた。
精神が狂いそうになる。
この、生きたまま喰われるとゆうシチュエーションに。
だからこそ、考えることを止めた。
俺は抵抗を忘れたように放棄し、捕まっていた自分の右腕が喰われる瞬間を、まるでテレビの向こうの出来事のように見ていた。
生温かい吐息を感じながら、ゆっくり、ゆっくりと近づけられる口に、何の感慨を浮かばなかった。
ついに口は俺の腕を頬張り、がぶりという音が聞こえそうなほど、見事に俺の腕を喰べた。