復讐
お久しぶりです。
お出迎えとはいえキツ過ぎないか?
何だこの赤さは、何だこの死体達は、何だこの異常は?
こんな街中で、これだけの数の死体が平然と転がって。ここから見える建物全てに、血がべっとりと撒き散らかされて。彼方此方でも阿鼻叫喚と言うべき悲鳴が鳴り止まない。
…………狂ってやがる。
俺が闘ってる間に何があった。
「酷い……」
新人の呟くような言葉が、まさにその通りとしか思えない。
俺達はまだ平気だが、ギルドから出てきたガキ共は吐き気を堪えていた。
新人とマロウがガキ共を素早くギルドに戻した。なかなか良い判断だ。
しかし一体誰が…………。
『もうそろそろ、始まるだろうな』
脳裏によぎるアステリウスの言葉。
そうだな。そうだった。
もう……始まるんだよな。
「ぅぁ…………ぁ」
微かに聞こえた息をする声。
確かにこの死体達から聞こえた!
「おい、生きてるヤツいるのか!?」
俺は声を張り上げ、そしてすぐに死体達を凝視した。
少しでも反応があったなら、其奴は生きてる可能性がある。
…………いた!
「おい、だいじょぶか!? しっかりしろ!」
見つかったのは、死体の中に倒れる頭を怪我してるらしい中年の男。
「所長、その人」
「ああ、唯一の生き残りだ。マロウ、治療を」
「分かった」
コクリと頷き、マロウが中年の男に手を向ける。
「『越門辿人殺界』(カナンロード)」
肉体強化の特性を持つこの〈魔術〉で、中年の男の自然治癒力を高める。最低限、死なない程度にはなるはず。
「…………所長」
「ん?どした?」
もう治ったのか?
そう尋ねようと思い、するとマロウは静かに首を振った。
は?
「もう、この男は助からない」
「な訳ねぇだろ、嘘つくなよ。どー考えたって其処まで深い傷じゃねぇし、中年の生命力とはいえ死ぬわけないだろ」
もっともな疑問だとばかりに、マロウは中年の手を一瞬で引きちぎった。
「!? お、おい!!」
何してんだ!と言おうとしたが、其処で気付く。その手は引きちぎって数秒も経たないうちに、砂になって消えた。
コレが疑問に対する回答だと言わんばかりに。
「この男の治癒力を高めようとしたが、ないんだ。この男には、命と呼ばれるものが身体にないんだ」
命ーーー其れは俺達人間は肉袋だと言うのに生命を得られるエネルギー。現代医学でも、古代魔術でも解き明かせない奇跡。
生きとし生きるものは必ず持ってるはずのものが、なくなっていた。
「ぁ……明日………」
中年の男は話す。その一言一言に激痛が走るはずなのに、やらねばならないとばかりに言葉を紡ぐ。
「世界…を……変え、る……ぉ………お前、は……死ぬ」
そう言いながら、男は震える手を俺に向けて。
全身を砂に変え消滅した。
周りの死体も砂に変わったが、紅い世界だけは残っている。今までのことが現実だと物語るような光景だ。
「………………」
俺は死ぬ、か。どうやら主犯は俺を殺したいほど憎んでるらしい。全然構わねぁんんけどさ、全然問題ねぇんだけどさ。
「殺す」
わざとこんな演出しやがって、わざとアステリウスをけしかけやがって、そのくせ間違いを犯しやがって!
「行くぞお前ら。目標は暁信代と『偽典』、徹底的にブチのめすぞ」
「って所長、傷はいいんですか?」
「もう治った」
新人は驚き、しかし服にさえ傷も残ってないのを確認し、納得したように頷いた。
「まずは帰ってカンナと会うか」
また一人で修復作業させたから、怒ってるだろうなぁ。
当日某所廃ビルにて。
「クフッ、クハハハ。クハハハハハハハ」
其処には見るからに質のいいスーツに身を包む、三十代後半ほどに見える男がいた。たった一人で、それも廃ビルで高らかに笑うというのは、かなりの異常だろう。
だが笑う。いや、笑わなくてもいいのだが、笑いがこみ上げてくるのだ。
「何年かけたんだろうか。もう思い出せないな」
男ーーー暁信代はそう呟く。
いや、本当は思い出せる。だけどしない。したくない。あんなこと、出来たら忘れ去ってしまいたい。
「そんな訳ない」
彼は己が思考に文句をつけるように壁を殴った。ただの拳で鉄筋コンクリートの壁に亀裂が入り、そのまま砕けてしまう。
自重したつもりだったが、意外と力が入っていたようだ。
「私は忘れるわけにはいかない。だから、ここまで来たんだ」
「ーーーだから、僕を使うんだ」
唐突に響く少年の声。
先ほどまで、今の今まで暁一人だけだったのに、当然のように少年は其処にいた。背が低い、まだまだ子どもに見える少年は、ゆっくりと暁に近づく。
「僕を使って、夢を叶えるんでしょう?」
「ああ、そのための羊だ」
暁は少年にそう言い。刹那、全力で少年に拳を振るう。軽くでも鉄筋コンクリートの壁を砕くほどの暴力。しかし少年は防いだり、避けたりせずにーーーただ消えた。
「クハハハハ、やはり『偽典』の力は本物だ。本来の力の余剰魔力で、空間転移さえ可能にしてしまうなんて」
そう言いながら、後ろに振り返る。
「いきなり殴ってこないでよ」
少年は暁の背後に立っていた。先ほどと何ら変わらない態度で、姿勢で、表情で。少年は其処にいた。
「カインへのメッセージも届けられたようだし、そろそろ《天地創造》を始めるよ。邪魔が入らないように、ちゃんと足止めしてよ」
「問題ない。そのために用意した私兵達だ」
そしてまた、二人しかいなかったはずなのに。
当然の如く一人、また一人と増え。そのフロアに計6人ほどの男女が存在した。
「クフックフフッ、クハハハハハハ」
暁はまた、笑いがこみ上げてくるのを感じた。
あの男は、あの宿敵は、あの化物は、今ごろ私を殺そうと作戦を立てているんだろう。
たったそれだけでも、彼には大きな成果のように思えた。あの時はまるで相手にされなかったが、今は違う。
お前が考える作戦も、用意する戦力も、救おうとする世界も。その全てを破壊し、蹂躙し、再構築してやる。そして絶望に歪むお前の顔がみたい。ああ、とてもとても待ち遠しい。
「クフッ、クハハハ!クフハハハハハハハハハ!!!」
暁はその時が早く来るのを、愉しみで仕方がなかった。