第1章 台北奪還作戦 ~その5~
「すぐに援軍が来ます」
宋大尉が応援を要請したようだ。
ゲートを閉じるのは援軍が来てからになりそうだった。
精霊の数が多くて、悠斗はそこまで手が回らない。参謀らしき男も精霊を迎撃していた。
悠斗も意識を集中させ、精霊力を高める。
「――っ! なんだ?」
全身に悪寒が走った。
鋭利な刃物のような殺気が悠斗を襲う。
きょろきょろと周囲に見回し、どこから殺気が発せられているのか確かめようとするが、見つかるはずがない。
「悠斗殿、どうかしましたか?」
「江東の虎がこちらを見ています。場所はわかりませんが……」
「すぐに探させます」
宋大尉は無線で指示を出しながら、悠斗を庇うように辺りの様子を窺う。
いざとなれば、盾になる覚悟だった。
悠斗と参謀らしき男の働きにより、精霊達の足止めに成功した。
その間に恐慌をきたしていた兵士達も落ち着きを取り戻す。
精霊魔法を使える兵士は態勢を立て直し、反撃に移る。
それ以外の兵士は宋大尉の支持により付近の捜索にあたった。
ただし江東の虎を見つけても位置を報告し、決して手出ししてはいけないと厳命する。
応援の部隊も到着し、あとはゲートを閉じて消滅させるだけだ。
その作業自体はさほど難しくはない。
悠斗はゲートに相対し、一連の作業に専心した。
複雑な印を結び、あとわずかとなった精霊力をかき集め、現在の限界値まで精霊力を高めたところで右手を突き出した。
「閉じよ!」
締めの言葉は極めて簡潔なものだった。
あくまで推測だが意味が同じなら、外国語でも問題無いのだろう。
ゆっくりと、しかし確実にゲートは閉じていく。そして、その姿が完全に消滅するまで悠斗は気を緩めない。
「ふうっ」
ゲートの消滅を確認すると、悠斗は大の字になってばたりと倒れた。
「悠斗殿!」
宋大尉が血相を変えて悠斗のもとへ駆け寄る。
「さすがに疲れたよ」
「至急、担架を回します。あとのことは我々に任せてください」
「……お願いします」
薄れゆく意識の中で、悠斗は思い出していた。
何故か覚えのある江東の虎の精霊力の気配。
それを、いつ、どこで感じたのかを……。
孫は悠斗がゲートを消滅させるのを見届けてから、総統軍の車両を奪い台北を脱出した。
台北を総統軍に奪還されたとはいえ、市内では散発的にクーデター派の抵抗は続いていたし、ゲートから現れた精霊が総統軍の注意を引きつけてくれたため、台北から逃げ出すのは容易だった。
あとは付近を流れる河川で待機している、中国江南軍の手配した偽装船まで辿り着くだけだ。
その途上で孫は名前の知らない少年がゲートを消滅させる場面を回想していた。
嫌な気配を発していたのは、あの少年だ。
それは間違いない。
さらに、あの精霊力の高まり方を孫は知っていた。
以前も似た様な場面に遭遇した記憶がある。
「そんな、馬鹿な」
それがわかったとき、孫は胸を突かれた。
しかし、自分が惨めに敗走させられたのも納得がいった。
さらにいえば精霊魔法が一時的に使えなくなったのも、あの少年の仕業なのだろうと今ならわかる。
この戦い以降、『江東の虎』こと孫虎江はあの少年、つまり紅悠斗の打倒を自分の行動理念の中心に据えることになる。
「いやあ、お見事でしたよ」
パチパチと、日南はわざとらしい乾いた拍手を送った。
気を失った悠斗が目覚めたのは、ここ総統軍の軍病棟だった。
「あんな危険なやり方、僕なら選びませんがねえ」
「じゃあ日南さんなら、どうするんです?」
「宋大尉ごと、まとめて精霊魔法で片付けてしまうでしょう」
これをしれっと日南は片頬を歪めて笑いながら言うのだ。
悠斗は一気に胸糞が悪くなった。
「たった1人、兵隊を犠牲にするだけで江東の虎を倒せるのです。安いものですよ? そして必要とあれば……」
「俺も殺す、と?」
「その通りです」
日南は特に悪びれる様子はない。
「じゃあ、俺があんたを……、いや、やめておく」
戦場では、どうしても少数の兵を切り捨てなくてはいけない局面が訪れる。
少数の兵を助けるために多数の兵を損ねていては勝てない。
日南の言っていることは、そういうことだ。
実際に悠斗もそういう場面に出くわしたことがある。
自分にはそんな決断を下せそうになかったので、悠斗は口をつぐんだ。
あの人の良さそうな台湾総統軍の司令官も、これまでに幾度も苦渋の決断を迫られたことがあるに違いない。
悠斗には想像も尽かなかった。
「まだまだ若いですねえ」
「俺はまだ高校入学の手前だぞ……」
精霊使いとしての素質を備えた子弟が集う『精霊学園』に、いよいよ入学するという段階だ。
精霊使い専門の教育課程は高校からである。
中学までは精霊使いとしての素質が優れていても普通の学校に通う。
例え悠斗のように特一級精霊使いの資格を持ち、実戦を経験していたとしても。
「そういえば、そうでしたね。戦場で一緒になることが多いので、つい」
日南の言う通り、悠斗は日南と共に戦場に在ることが多かった。
それだけ戦場に駆り出されているということだ。
今回のような大規模な戦いから、東南アジアの小競り合いまで含めれば枚挙に暇がない。
「悠斗君の体調が回復したら、すぐに日本に帰国します。ろくに観光するヒマも与えてくれませんよ、我々のスポンサーは」
「それは悪かったな」
「いえいえ、別い悠斗君を責めているわけではありませんよ?」
「一応俺も『虹七家』の一員だからな」
「悠斗君は自ら戦場に赴いているではありませんか」
他の虹七家の精霊使いは、なかなか戦場に出てこない。
「余所者ばかりを戦わせる卑怯者の集まり、か……」
悠斗は日南から目を逸らした。虹七家に属していない精霊使いは対馬、佐渡島、そして北海道など日本各地に合法、非合法を問わず潜入してくる他国の精霊使いと戦っている。
そうした日本の精霊使い達からの虹七家に対する評判はすこぶる悪かった。
まさに悠斗の言葉通りとなっているのだ。
「紅家の長男が、辛辣ですねえ」
紅の後ろに家が付くと、『くれない』が『こう』と読み方が変わる。
単に言いやすさを優先しているだけで意味はない。
「養子だから他人だよ。紅家は妹の織姫が継ぐ」
妹といっても義理の、だが。しょせん悠斗は余所者にすぎない。