第1章 台北奪還作戦 ~その4~
「江東の虎の精霊魔法は封じてみせます。だから宋大尉は……」
「わかっている。悠斗殿に負けていられないからな」
精霊使いとしては悠斗が、兵士としては宋大尉がそれぞれ担当する。
実にシンプル極まりない作戦だった。
役割を分担しているだけなのだ。
これを自信満々で説明する日南に対しては、いかがわしさが拭えないが。
2つの部隊が衝突し、たちまちのうちに乱戦となる。
強力な精霊使いを抱えている部隊同士では火器が通用しないことが多く、往々にして敵味方入り乱れての接近戦となってしまう。
その意味では江東の虎の戦闘スタイルは理にかなっていた。
「江東の虎こと、孫虎江か」
まずは宋大尉が近接戦闘を挑む。
孫を向こうに回して全く引けを取らない。
悠斗も精霊力を高め、最初の一手を放つ。
「これは通じないか」
精霊力その物を叩きつけ、精霊との契約を一時的に無効にしてしまう芸当は不発に終わった。
精霊使いとしての技量が拮抗している場合は難しい。
ならば、と悠斗は二の矢を放つべく集中した。
宋大尉と孫の戦いは膠着状態となっていた。
「…………っ!」
均衡状態を打破するために精霊魔法を行使するのは、孫にとって常套手段だ。
しかし、その精霊魔法が発動しない。
正確には発動した次の瞬間に雲散霧消してしまうのだ。
もちろん、これは悠斗の仕業だった。
孫の使うであろう精霊魔法のタイミングと威力を予測し、同程度の威力の精霊魔法をぶつけて相殺する。
言うのは簡単だが、実践するのは極めて難しい。
威力が小さければ相殺できず、大きければ宋大尉を巻き込んでしまう。
途轍もなく繊細な精霊魔法のコントロール。
途方もない集中力。
どちらが欠けても不可能な離れ業だった。
ところが悠斗はやってのけている。
強力無比な精霊と契約しているという自負と、今までの経験がものを言っていた。
宋大尉が1人で孫の相手が務まるのも大きかった。
2人以上だと精霊魔法を放つタイミングを予測するのが、途端に困難になる。
自分目がけて精霊魔法が放たれていることを、孫は気付いていないようだ。
宋大尉がそれほど手強く、周りに目を向ける余裕がないのだろう。
その証拠に孫の表情に狼狽の色が窺えた。
「大したものだ」
宋大尉は舌を巻く。
どういうカラクリかは知らない。
だが公言した通り孫の精霊魔法を封じ込めている。
その事実だけで十分だった。
悠斗は自分の役割を全うした。
次は自分の番だ。
宋大尉は心の中で自分に言い聞かせた。
持てる全てを出し切り、敢然と江東の虎と称される男に立ち向かう。
白兵戦の達人が2人、激しい戦いを繰り広げた。
目にもとまらぬ速さでファイティングナイフを振るい、躱し、捌き、反撃する。
見ているだけで、精神がヤスリをかけられたように擦り減っていく。
そんな攻防が、決して短くない時間続いた。
ただし時間が経てば経つほど都合が悪くなるのは、孫である。
クーデター派の不利な戦況を覆してきたのは、ほぼ江東の虎の独力によるものだった。
精霊魔法と白兵戦技術を駆使して、孫はもぐら叩きよろしく突出してきた総統軍の部隊を各個撃破してきた。
今回もさっさとこの部隊を壊滅せしめるはずだった。
それがどうだ?
この場に釘付けにされてしまっていた。
このままでは兵力で上回る総統軍の他の部隊が台北に雪崩れ込み、この戦いに敗北する。
いや、それが狙いなのだろうと孫は看破したが何の自慢にもならない。
クーデター派が敗北した場合の時間稼ぎの手段と逃走経路は確保してある。
だから敗北しても構わなかった。
確かに中央は台湾の内乱が長引けば、クーデター派に手引きをさせて江南軍を出動させるだろう。
但し、それは沖縄に駐留する米軍を刺激することになる。
2年前に中国が痛手を負ったソウル防衛戦の再現だ。
あのときの傷が癒えなていないのに、アメリカと事を構えることは決してない。
クーデター派が勝利すれば、台湾における影響力が高まる。
今回はその程度の作戦だ。
撤退しようと思えば、いつ撤退しても構わないのである。
そして、そろそろ潮時に思えた。
「フン……」
孫はファイティングナイフを宋大尉に投擲し、戦場から離脱して台北へと後退した。
咄嗟にファイティングナイフを避けて崩れた態勢を立て直し、宋大尉は孫の後を追いかけようとした。
悠斗も後に続く。
だが部隊同士で乱戦となっている。
クーデター派の兵士が邪魔で追跡は出来なかった。
そんな折、無線から通信が入った。
「やあ、悠斗君。よくやってくれた。おかげで台北を奪還することが出来たよ」
呑気な日南の声が聞こえた。
クーデター派にも同様の通信が届いたのか、この場での戦闘が終息した。
「日南さん、つい先ほど江東の虎が台北に逃げこんだ。姿を見てないですか?」
悠斗は無線のやりとりをしながら、台北を目指していた。
今度は邪魔されることはない。
「大丈夫ですよ。いくら江東の虎でも、たった1人ではどうすることも出来ないでしょう」
「しかし、これ以上の死人を出すこともない。警戒は十分にしてください」
「わかりました。悠斗君は心配性ですね」
あんたが楽観的すぎるだけだ。
思わず口走りそうになったが悠斗は自制した。
台北市に入り、宋大尉と共に散策する。
参謀らしき男も一緒だ。
「……感じる」
孫の精霊力の気配を悠斗は確かに感じ取っていた。
ただ不思議な事に、前にもどこかで会ったことのある精霊力なのではないか?
そんな疑問が悠斗の頭をもたげた。しかし思い出すことができない。
「悠斗殿、街外れに江東の虎がいるそうです。今、連絡が入りました」
無線は宋大尉に預けていた。
「急ぎましょう。宋大尉、案内をお願いします」
「こちらです」
後を追うような形で悠斗は宋大尉に続いた。
しばらく走ると悲鳴が、断末魔の叫びが聞こえてくる。
その現場に到着して悠斗は眉をひそめた。
こちらの世界と精霊界を繋ぐ門であるゲートが開放され、次々と現れる精霊に総統軍、クーデター派を問わず兵士達が襲われていたのだ。
ある者は黒焦げになり、ある者は大地で溺れ、ある者は切り刻まれて、ある者は生き埋めになり絶命した。
「炎熱の投げ槍!」
周囲が騒然とする中、悠斗だけが冷静に事態に対処した。
3本の炎に包まれた投げ槍を精霊魔法で顕現させ、放った。
狙いは違わず近くにいた3体の精霊を貫く。
無論、この程度では焼け石に水状態であった。