第1章 台北奪還作戦 ~その3~
「お二方は、なぜ我々を助けて下さるのです? 日本にとっては他国の、言わば他人事だと思いますが?」
悠斗と二人一組を命じられた宋岳飛大尉が、素朴な疑問を口にした。
宋大尉は幕舎にいなかったのだから、疑問に思うのも当然だ。
「僕は他人事だと思っていないから、ですかね」
その割には、日南は片頬を歪めて笑っている。
「台湾が落ちたら、次は沖縄が狙われます。同様に韓国が落ちたら、対馬から北九州にかけて。これを他人事だと思っているのなら、その日本人は頭のネジが数本抜けているんでしょうね」
ところが日本国内では、宋大尉のような意見が大勢を占めているから不思議だ。
日本人は実際に軍靴の音を聞かないと、どれだけ危機的状況にあるのか理解出来ないらしい。
だから日南や悠斗のように自衛隊に属していない人材を派遣するのが、関の山なのである。
それも渋々、本人が行きたがっているという体裁で。
軍靴の音が聞こえたら、もう手遅れだというのに……。
「もしかして、2年前のソウル防衛戦も?」
「ええ、もちろん参戦しましたよ」
「なるほど。納得しました!」
「それはよかった。宋大尉と組むこのガキ……、いえ紅悠斗は特一級精霊使いで腕は確かです。仲良くしてやってください」
棘のある紹介の仕方をする日南を悠斗はジロリと睨んだ。
しかし日南は悠然と受け流す。
「それはもう。司令官から耳にタコが出来るほど言われました」
対して、宋大尉は笑顔で悠斗に握手を求めてきた。
「あてにしてますよ、悠斗殿」
特一級精霊使いは通常の軍隊でいえば大尉に相当する。司令官が気を効かせて同じ階級の兵を寄越したのだろう。
「期待に沿えるよう、微力を尽くします」
悠斗は握手に応じ、無難な返事を選択した。だが、それは嘘偽りない気持ちでもある。
それともう1人、悠斗には支援役が付けられた。
幕舎にいた参謀らしき男だ。
総統軍の精霊使いの中では1,2を争う技量の持ち主と聞かされた。
もっともこちらは悠斗の監視が目的と思われる。
悠斗の契約精霊は強大な力を持っている故に、もしものことに備えてのことだ。
当然の措置と言えた。
「では、江東の虎は任せましたよ」
出撃命令が下ると、しれっと日南は早々に退散してしまう。
「あのおっさん……」
日南には日南の仕事がある。
そのことを悠斗はもちろん理解していたが、心の中にモヤモヤが残ってしまう。
「まあまあ。我々も行きますよ」
宋大尉に促され、悠斗も部隊の一員として台北目指して駆け出した。
この部隊は徒歩での行軍である。
敵であるクーデター派から見れば格好の標的だった。
何もない平野を歩いて進んでいるのだ。
早速、容赦ない銃弾の雨が降りそそぐ。
悠斗は素早く印を結び火の精霊魔法で防御壁を展開し、飛来する銃弾を蒸発させた。
第一波の攻撃での脱落者は無し。
「おお……」
味方から感嘆の声が漏れる。
攻撃を無効化するとわかれば、徒歩とはいえ行軍スピードも速くなる。
さらに悠斗は台北市の入り口を塞いでいる戦車を爆炎で吹き飛ばした。
「……これほどの使い手を、自分は見たことがありません」
悠斗の力を目の当たりにして驚愕しているのか、宋大尉の声が心なしか震えている。
「それでも、恐らく1人では江東に虎に勝てません」
戦車を吹き飛ばした際、水の精霊力が高まるのを悠斗は感じた。
不意を突かれたため江東の虎は戦車は諦め、周囲の兵を守るために水の精霊魔法を行使したのだろう。
その精霊力の大きさは、悠斗と比較しても遜色なかった。
それで近接戦闘も優れているのでは、悠斗1人では到底勝ち目は無い。
「そう簡単にはいかないよな」
つい弱音を吐いてしまうが、悠斗は部隊と共に進む。
関わってしまった以上、今さら逃げ出すわけにはいかない。
それに逃げ出す余裕も無さそうだった。
先ほど感じた精霊力の持ち主、つまり江東の虎を擁する部隊がこちらへ向かって前進を開始したのだ。
とにかく足止めをすればいい。それだけが救いといえば救いだ。
倒す必要はないのである。
それが容易でないことも、悠斗は十分承知していたが。
嫌な気配がした。
孫がその気配がする方へ目を向けると、総統軍のある部隊がこれ見よがしに突出していた。
その中に嫌な気配を発する人物がいる。
突出した部隊は当然、集中砲火を浴びた。
「ん!?」
しかし1発も銃弾や砲弾が届かない、いや火炎の防壁で全て防がれてしまった。
そこへもってきて、クーデター派の戦車を精霊魔法で破壊しようとしている。
急遽、孫は印を結んで水の精霊魔法で守りに入った。
――爆発!!
轟音が響くとともに戦車が吹き飛ぶ。
水の精霊魔法で防御していなければ自分も含めた周囲の兵士数人が即死だった。
契約精霊が水の精霊ウンディーネだったことも、孫の命を救った。
これが風や土だったら……。
孫は戦慄した。
部隊を守りながら戦車を鉄クズに変えてしまえるほどの、精霊使いの存在に。
まさか、と思う。
10年前の苦い記憶が鮮明に蘇る。
無様に逃げ出したあのときと同じく、孫の戦士としての直感が危機を告げていた。
だが、今はあのときと違う。
自分は精霊使いとして、いや1人の戦士として成長を遂げた。
江東の虎と恐れられるほどになった。
「何を躊躇うことがある!」
孫は迷いを振り払い、嫌な気配を発している部隊へ真っ直ぐ突き進んだ。
慌ててクーデター派の孫が所属する部隊もそれを追う。
みるみるうちに2つの部隊の距離が縮まる。
まず先頭をいく孫が敵と接触した。
ファイティングナイフと精霊魔法のコンボで数人をまとめて血祭りにあげた。
次々と総統軍の兵士を屠っていく孫の行く手に立ち塞がったのは宋岳飛と、そして紅悠斗である。