第1章 台北奪還作戦 ~その1~
――台湾、台北市近郊。
台湾総統が各地を視察のため台北市を留守にした間隙を突き、副総統が一部の軍と結託しクーデターを起こした。
副総統は親中派で、以前から肥大化する中国の圧力に不安を感じ融和を求めていた。
対して台湾総統は頑として強硬路線を崩さない。
2人の意見は平行線をたどり、ついに副総統が実力行使に踏み切った。
台湾軍の中にも台湾総統の政策に疑問を抱く者も多く、副総統のクーデターに同調したのはそういった軍人達であった。
副総統率いるクーデター派は、手始めに台北を占拠。
次いで親中路線に政治の舵を切る旨を台湾全土に大々的に宣言した。
この報せを受けた台湾総統もすぐさま動いた。
クーデター派に与する部隊が出る前に各地の軍を糾合し、瞬く間に台北を包囲。
ここに台湾総統が率いる総統軍とクーデター派による台湾の内戦は、首都台北で最初で最後の砲火を交えることになった。
すでに戦端は開かれている。
そんな最中、2人の日本人が台湾総統軍の幕舎に招かれていた。
「精霊師の日南巧と申します。以後、お見知りおきを」
台湾総統軍の司令官に対して、日南は片頬を歪めた笑みを浮かべながら挨拶をした。
その態度はどこか人を食ったように見える。
本人には全く自覚はないのだが。
これでも日本における精霊使いの上級資格にあたる『精霊師』の保持者である。
精霊師は精霊学園、精霊大学を卒業し、かつ精霊使いとしての実務を数年積んでやっと受験資格が与えられる。
そのうえ精霊師の試験自体も難関中の難関だった。
様々な高いハードルをクリアした日南は、いわばエリートである。
だから人を食ったような態度に見えてしまうのかもしれない。
ちなみに精霊師という制度は日本独自の制度で他国では別の名称であったり、そのような区分け自体していない国も多い。
「それで現状は台湾総統軍が台北を包囲、攻略中という認識でよろしいですかな?」
あくまでも確認の意味で日南は誰ともなく訊ねた。
「おっしゃる通りです。ただクーデター派も同じ台湾軍の兵士ということで攻撃を躊躇う者も多く、攻略は遅々として進んでいません」
幕舎にいる参謀らしき男が的確に応えた。
「確かに、それはやりづらいですね。それにしても日本語が通じると非常に助かりますよ」
どこか論点がずれている日南の言葉に、今まで聞き役に徹していたもう1人の日本人が露骨に顔をしかめた。
この場に、戦場に相応しくない、まだあどけなさの残る少年だ。
「ところで先ほどから気になっていたのだが、そちらの少年は?」
「おっと。司令官殿、これは失礼しました。こちらは――」
「紅悠斗と申します、司令官殿」
日南の紹介を遮るように悠斗は一歩前に出て敬礼した。
今まで各地を転戦してきた悠斗はそれなりに軍の作法に詳しい。
その敬礼もなかなか胴に入ったものだった。
「若輩ではありますが、特一級精霊使いとして微力を尽くします」
「こんな子供が特一級精霊使い……?」
司令官がそのような疑問を口にしても、悠斗は別段腹も立てなかった。
特一級精霊使いのすぐ上が精霊師である。
自衛隊の階級に照らせば一尉だ。
付け加えると精霊師は三佐以上に相当した。
悠斗のような子供が一尉、通常の軍隊でいえば大尉と聞かされて危惧しない者がいたらよほど楽天的な人物だろう。
「精霊使いとしての腕前は、僕なんかよりもはるかに上ですよ。悠斗は若すぎるから、まだ特一級精霊使いなんです」
日南は実力だけなら悠斗はすでに精霊師の域に達していると言ったのだ。 それは悠斗の実力を認めていることを示していた。
しかし悠斗本人は下の名前を馴れ馴れしく呼ばれて面白くなかった。
決して表には出さないが。
いつも人を食ったような態度の日南だが、実際に頭が切れるし油断のならない男だった。
そんな相手にこちらの感情を読まれてはロクな事にならない。
上司に対して隙を作れないというのも、どうかと思うが……。
「彼の契約精霊は、何なのだね?」
「我が国の最重要機密なのですが、いいでしょう。特別に司令官殿にはお教えしましょう!」
わざともったいぶった調子で、日南は大仰に振舞う。
「その代わり、他言は無用ですぞ」
「無論だ」
「では……」
日南が耳打ちすると、司令官は驚愕のあまり目を剥いた。
「……それは本当なのかね?」
「もちろんです、司令官殿。だからこそ、特一級精霊使いなのです」
「信じられん……」
「まあ、無理もないですよ。理解を示してくれるだけ、まだ司令官殿は器量が大きい」
鼻白む司令官を見遣りながら、日南は続けた。
「2年前のソウル防衛戦にも参加しています。もっとも、そのときは契約精霊については黙っていましたが」
日南が例の片頬を歪めた笑みを浮かべた。
韓国人の反日感情を考えると、とてもではないが報せることなど出来ない。
親日派である台湾の人間だからこそ打ち明けたのだ。
信頼の証、でもある。
「だから、我々のことを信用して欲しいものですね」
「うむ。せっかく援軍に来てくれたのだ。疑うのはよすとしよう」
すっと司令官は右手を伸ばした。
「いえ、自分はまだ子供です。司令官のご懸念はもっともです」
悠斗はしっかりとその手を握りしめた。
「そう言ってもらえると助かる。わしにも君と同じ年頃の息子がいる。決して死んではならんぞ、いいな?」
「死んで花実が咲くものか、と日本では言います。死ぬ気はありません」
「その意気だ」
司令官は満足気に微笑んだ。
「では作戦会議といきましょうか」
日南の提案に誰もが、
――何故お前が仕切る?
という同じ疑問を抱いたが特に反対する声もなく、幕舎にいた全員がテーブル上に置かれた地図に目を落とした。
「兵力、火器共に我々の方がクーデター派を上回っております。しかし……」
先ほどの参謀らしき男が言葉を濁す。
台湾人同士なので戦いづらい、というのは先ほど聞いた。
クーデター派はあくまで軍の一部であり戦力に差があるのは当然だ。
順当にいけば総統軍が勝つだろう。ただ、そこに不確定要素が混ざっているから参謀らしき男は明言を避けた。
「台湾人同士の争いだから攻撃の手を思わず緩めてしまう。しかし台北を攻略出来ないのは、何もそれだけが理由ではないでしょう?」
日南の意味深な言葉に、幕舎にいた総統軍の軍人達に緊張が走った。