前編
小説『フランケンシュタイン』のオマージュ作品です
title:「TRAP TRASH」様
誰にだって、ハッピーエンドを用意してもいいでしょう?
深い森の中を怪物は一人歩いていた。
どこへ行くのかも分からない。
目的がある訳でもない。
ただひたすら、どこかへ行きたかった。
人間のエゴで造られ、
人間のエゴで殺されかけて、
人間のエゴで傷つけられた怪物は、
たった一つの愛を求め。
今日も闇の中を彷徨っていた。
■ ■ ■
…眠っていたらしい。
こんな体でも睡眠を必要とするのかと、少しだけ驚く。
けれど、それだけだ。
それ以上の意味はない。
見出せない。
こんなツギハギの身体。
思えば、こんな怪物を、誰も愛してくれる筈なんて無いと。
分かり切っていたことだったのに…
どうして、博士は僕を造った?
どうせ殺すのなら、どうせいらないって言うんだったら、
生まれない方がよかったのに…
「きゃあ!」
斜面から、女の子が転げ落ちてきた。
ど、どうしよう…怪我してるし、手当てしないといけないけど…
また、怖がられたら……
「あぅぅ…痛ぃよう…」
「だ、大丈夫?」
「うぃ?」
こっちを見た女の子の目は閉じられていて、傍には杖が転がっていた。
…ということは、この子、目が見えてない?
ペタペタと、僕の肌を触ってる。
「…おにーさん?体冷たいね、寒いの?」
「いいや、そういう体質?だからしかたないんだ。
ねえ、君は大丈夫?」
「Ja、大丈夫だよ。
私ね、旅してるの。そしたら森に迷い込んじゃったの。
おにーさんは、森の中で何してたの?」
屈託なく、笑いかけてくれる女の子。
初めて…人間とちゃんと話せた。
嬉しい嬉しい。
「おにーさん?…泣いてるの?大丈夫?聞いちゃいけなかった?」
「ううん。違うんだ。僕、嬉しくて…それで」
こて…っと、女の子は首を傾げた。
そんな仕草さえ可愛らしい。
羨ましい…妬ましいくらいにかわいい、きっと、愛されて育ったんだろう女の子。
「……私には、
私にはよく分からないけど。
でもね、それでも分かることあるよ。
おにーさん、寂しかったんだ。
寂しくて悲しくてどうしようもなかったんだね。
私、行く所もないし。別に家に帰らなくても大丈夫だから。
おにーさんと、一緒に居てもいい?」
馬鹿みたいにひた向きな。
目が見えてないはずなのに、しっかりと僕の方を見て。
もしかしたら…。なんて、希望が生まれる。
もしかしたら、この子なら、僕を愛してくれるんじゃないか……
なんて、馬鹿みたいな望み。
でも僕にとっては切実な願い。
願って縋って思って敗れて、それでも捨てられない、僕の願い。
この子なら、叶えて…くれるかな……?
気が付いたら、僕は泣いていた。
泣くのなんて…それこそ博士に裏切られて以来だった。
目元が熱くて、喉が詰まって、胸が苦しくて…
「僕…ずっとずっと、独りぼっちで…!
辛くて、苦しくて…!悲しくて…!嫌だったけど、どうにもならなくて…!
それでっ、色んなことから逃げて…、でも、誰かに一緒に居てほしくて…っ!
だけ、っど、僕には…むり、で……!!」
「無理じゃないよ。私が居るよ」
生まれて初めての優しさに包まれて、
僕は赤ちゃんみたいに泣き続けた。
■ ■ ■
「アストおにーちゃん、あっち、あっち!」
「プリム…!危ないからっ、走らないで!」
もう一ヶ月近く一緒に暮らしている。
その中で分かったこと。
まずはあの子の名前。
プリムローズ…ピンク色の小ぶりの小さくて可愛らしい花の名前を持ってる。
あと年齢。10歳だって。少しびっくりした。15歳くらいに見えたから。
それと、意外にお転婆だった。
目が見えてないのに、よく走るから僕はずっとひやひやしてる。
それから、やっぱり、プリムは優しい女の子だった。
何度も何度も、僕の名前を呼んでくれる。
プリムがつけてくれた、僕の名前。
《アストラガラス》だって。これも花の名前らしい。
何でそうしたの?って聞いたら。
「おにーちゃんからその花の匂いがしたから」
だって。
どうにも僕が仮に住処にしてた洞窟の近くに、その花がたくさん生えてたみたい。
……何か、赤黒くて小さいちょっと不気味な感じの花だった。
…嬉しくない。
でも、プリムがつけてくれた名前だから大切にするよ。
優しいプリム。
大好きな、プリム。
この気持ちは、何だろう?
「おにーちゃん?」
「あ、うん。どうしたの?」
「おにーちゃん、元気なさそう。大丈夫?」
「…うん!大丈夫だよ。さあ、今日の晩御飯探しに行こう。今日は何がいい?」
「お魚!」
「じゃあ、湖に行こうか」
僕達は手をつないで森を歩く。
離したくない。
この、小さくて暖かくて優しい体温を。
■ ■ ■
一緒に暮らして一年が経った。
それは長く、雨が続いた後のことだった。
いつも通りの、“いつも”だったのに。
「いい?おにーちゃんは動いちゃダメだよ!」
「うん。分かってるよ。でも大丈夫?一人は危なくない?」
「だいじょーぶだよ!この森も随分慣れたもん」
長雨の所為で、足が少し腐って(じっとしてたら直るけど)来てて、僕は動けなくなってた。
それで、プリムが食べ物を調達して来るって事になったんだけど。
…心配だなぁ、大丈夫かなぁ。
確かに目が見えてないのに木にぶつかったり、川に落ちることは最近無くなってたけど。
雨の後だからなぁ…心配だなぁ…
「じゃあ、行ってくるからね」
「うん。なるべく早く帰ってきてね」
手を振って、送り出した。
あの時引き止めていれば…何か変わったのかな?
プリムは、二度と戻ってこなかった。