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プロローグ

 その一言を聞き逃したせいで幾つのものを失ったのか、彼は考えた。

 否、『幾つ』ではない。それには数える範囲がなかった。

 ――わからない。

 それが彼の答えだった。

 視界に映るのは闇ばかり。時折窓から差し込む光で瞼の裏が赤く染まる。

 優しい言葉を無下に否定し、踏みにじってきた。

 心はとうの昔に柔軟性を失い、何年も風雨にさらされたゴムのよう。

 悪いのは自分だと後悔し、けれど再び相見えれば口は毒の滲んだ言葉を滑らかに刻むだろう。

 もう、全ては遅いのだ。

 喉の渇きを覚えて、彼は強張った体を壊さないようにしながら起き上がった。床にある窓枠の影が、白く濁った瞳に映る。彼はベッドに半身を起こしたままその先を目で追った。

 色あせた夕暮れだった。赤く染まった雲が地平の方へ吸い込まれてゆく。夕と夜の境目に小さな星が光っている。あと数分も経てば小さいながらも輝きを増す星だ。今はまだ太陽の光に邪魔され、うっすらとしか見えないが。

 彼はあることを思って首を振った。

 自分はその数分が待てなかったのだと。

 もう、全ては遅いのだ。

 呪文のように心の中で唱え、彼はベッドから足を降ろした。そして、夕日に暖まった床の感触を確かめるように、ゆっくりとその部屋を出て行った。

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