その絶望、俺に賭けさせて?
「相手は調子に乗った大人、勝率はほぼゼロ。……いいね、ゾクゾクする」
この人は何を言っているのだろうか。状況は分かっているの? それでもこの人なら…そう思わせられる迫力が不思議とその人からは感じ取れていた。だからだろうか、彼に……神楽蓮に頼ってしまったのは……。
「千歳さん。その絶望、俺に賭けさせてくれない?」
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ある日の放課後。
退屈な授業も終わり、今日が金曜日のため、明日明後日が休みなことも相まって、クラスメイト達は普段よりも楽しげに教室内で賑わっていた。
「明日の映画楽しみだね!!」
「おい、今からカラオケ行こうぜ!」
「わりぃ、今日バイトあんだわ」
そんな話が聞こえてくるが生憎と俺こと神楽蓮に話しかけてくれるような友人はこのクラスにはいない。いつも通り教科書を鞄に詰め込み教室を後にする。
俺は現在、アパートで一人暮らしをしている。父と母は俺が物心着いた頃には離婚していたため母の顔を俺は知らない。親父は去年、俺が高校に上がってすぐに北海道への転勤が決まり今は単身赴任中だ。
高校生になってすぐだったこともあり、親父にはついて行かず、高校一年生にして一人暮らしをしていた。仕送りは毎月あるし、スーパーやコンビニなども家から近く、親父も定期的に連絡をしてくれるし、二、三ヶ月に一度は帰ってきてくれるので今のところ不自由はない。
「さて、今日もやりますか」
そう言って俺はいつも通りテーブルの上に置いてあったPCを立ち上げる。そこにはいくつかのチャートが表示されており、表示される金額は常に動き続けている。
俺は父からの仕送りの余剰分を全て株式投資に当てていた。市場の微細な変化を見抜き、生活資金を淡々と動かしている。初めてからまだ数ヶ月ではあるが既に数十万円程度稼げており高校生にしてはそれなりに持っている方であろう。
いつも通り相場の分析や今後の値動きの予想。それに加えて直近の経済の動きを調べていると気付けば外は暗くなっており、思い出したかのように空腹感が襲ってくる。
「腹減ったなぁ…なにか家に…ないんだったな」
家の冷蔵庫を見ても調味料と水くらいしかなく、卵一つすら残ってはいなかった。仕方が無いので、帰ってきてからそのままだった制服から私服に着替え家を出る。
スーパーやコンビニで弁当か惣菜でも買って帰ろうと思ったが、今日は久しぶりに外食することに決めた。というより、ここ最近はコンビニ弁当やスーパーの惣菜ばかり食べ待ていたこともあり少し飽きてきてしまったのだ。
アパートから15分ほど歩きながら辺りを散策しているとレトロな雰囲気の喫茶店が目に入った。何となくではあるが、こういうレトロな店にハズレは少ない気がするので入ってみることにする。
「いっらっしゃいませ!って、神楽くん?」
「……どうも」
店に入るなり出迎えてくれたのは同じクラスの千歳栞であった。話したことは当然のようにないわけなのだが、一応はクラスメイトとして把握していた。
店内を見ると客はどうやら自分だけのようで店員さんも千歳さんだけのようだ。
……気まずい。
ものすごく店を出たい衝動に駆られるが、さすがにここで帰ってしまうのは如何なとのだろうか? いや、でも話したことの無いクラスメイトが客として来ており店内は二人きりならば彼女の方も気まずいのでは? それなら、俺が退店するのも優しさなような。
そんなことを考えていると千歳さんが水を持ってきてくれる。
「なんか、気まずい感じだね」
「……帰ろうか?」
「違う違う!そういう意味で言ったんじゃなくて!」
「……何か注文してもいいかな?」
「もちろん! おすすめはハヤシライスだよ!!」
「それならハヤシライスを頼む」
「かしこまりました!」
そう言って千歳さんは厨房の方へと向かっていく。厨房の方から話し声なども全く聞こえてこないあたり、もしかしなくても千歳さん一人で店を回してるのだろうか? 周りを見ても客が自分一人のこともあり、とてもではないが繁盛しているようには見えないしそういうことなのだろうと結論づける。
「はい、お待たせしました! ハヤシライスです!」
「ありがとう」
目の前に置かれたハヤシライスはオススメと言うだけあって、かなり美味しそうだ。早速食べようと思った時、俺はある重大なことに気づいてしまった。
……同じクラスメイトの女子の手料理じゃないのかこれ?
年齢=彼女いない歴の俺にとってこれはあまりに大きな出来事である。まさか、クラスメイトの女子の手料理を食べる日が来るとは……そんなことを考えていると千歳さんからは食べないの?と言いたげな視線を感じるので、スプーに掬って早速食べてみる。
「……めっちゃうまいな」
「でしょ!!」
「まじでうまい。既にまた食べに来たいと思ってるくらいだ」
「また……か。うん、ありがとね」
どうしたのだろうか? そんなに変なことを言ったつもりは無いのだが千歳さんの表情は明らかに曇っていた。……え? 俺がまた来るのそんなに嫌だったの?
なんとも言えない空気が漂っている中、店のドアか開きスーツにメガネといった如何にも感じのサラリーマン風の男と恐らく部下であろう二人が店へと入ってくる。
「これはこれは千歳ちゃん。こんばんは」
「……こんばんは」
「早速なんだけど、僕の要件は分かっているよね?」
「あの……すみません。お客様の前ですので……」
「ん? おやおや、これは失礼。まさかこのお店にまだお客様が来られるなんて」
「……ですので」
そう言って対応している千歳さんは悔しそうに下唇を噛み締めながら、何かを必死に堪える様は見ていて気持ちのいいものではなかった。
というか、この人なんなんだ?人が飯食ってる横で。しかも、ニヤニヤと嫌味な感じで無性に腹が立つな。まぁ、部外者なので口は出さないけどせめて離れてやって欲しいものだ。
「千歳ちゃん、ね? これ以上粘っても、おばあさんが残したこの店の維持費、払えないでしょ? 借金の利息だって膨らむ一方だよ?」
そう言って書類を千歳さんに向けてチラつかせている。何となく状況は理解した。この店は千歳さんのお婆さんの形見のようなものなのだろう。それを手放したくなくて何とか千歳さん一人で店を回そうとしているのだろうが、平日は学校もあるので現実的な話ではない。お店をするのももちろんタダではない。その結果がまぁ、こういうことなんだろう。
「でも……ここは祖母が遺してくれた大切な場所で……! 契約書だって、こんな高圧的な金利、聞いていません……!」
「聞いてないって言われてもねぇ。判子を押したのは千歳ちゃんのお婆さんだ。ウチもボランティアじゃないんだよ。学校にも連絡しようか? 『生徒の実家が破産寸前で〜』ってさ。千歳ちゃんも、これ以上惨めな思いしたくないでしょ?」
そう言ってニヤニヤと言ってるあたり、本当にムカつくなこいつ。それに、千歳さんの言っていた高圧的な金利ってのがどうにも気になる。というか、俺飯食ってんだから別のところでやれよマジで。
「っ……学校は……やめてください……っ」
「じゃあ、この立ち退き同意書にサイン。来週末までに手放せば、借金はチャラにしてあげる。ね? 君のためを思って言ってるんだよ?」
そう言って書類を近くのテーブルに置いて、連れてきていた部下二人を連れて店を出ていく。
あのムカつくメガネが店を出たと同時に千歳さんが隣で膝から崩れ落ちる。瞳から零れる涙を何度も両手で拭うも止まることはなく、彼女のすすり泣く声だけが店内に響いていた。
ハヤシライスを食べ終えていた俺はスっと席を立ち、テーブルに残された書類をサッと拾い上げる。
「神楽……くん? 見ないで……お願い……私、もう終わりなの……」
俺は書類をパラパラとめくりながら、読み進める。
「せっかく……美味しいって……言ってくれたのに……本当に……ごめんね……」
涙を流しながら謝罪をする彼女の傍らで資料を読み終えた俺は静かに……冷ややかな声で呟く。
「……なるほどね。よくある手口だ」
「……えっ?」
「これ、ただの脅しだよ。『来週末までにサインすれば借金をチャラにする』なんて甘い言葉で焦らせて、この土地の権利をタダ同然で奪うのが目的だ。法律の抜け穴を突いた典型的な詐欺まがいの契約書」
見るからに怪しいヤツだったし、そんなことだろうとは思ったよ。ほんとムカつくメガネだなマジで。千歳さんの高圧的な金利といった発言にも納得だ。違法な年利、意図的に見づらくされた特約条項、そしてこの土地の評価額。……フッ、露骨すぎて笑えてくる。素人が見てもバカ丸出しにしか思えない金利だなこれは。
「詐欺……? でも、弁護士さんにお願いするお金なんてないし、私じゃ……どうしようもないよ……」
「お金なんて要らないよ。……あいつら、千歳さんが高校生で、誰も味方がいないと思って完全に舐めてる。そういう『勝った気でいる奴ら』をハメ倒すのが、一番オッズが美味しいんだよね」
ポーカーフェイスを決めているつもりだが、いかんな。どうしても口角が上がってきてしまう。あいつら、俺の前で舐めたことしやがって。これから俺に何をされても自業自得だぞ?
「神楽……くん……?」
俺は未だ座り込んでいる千歳さんに目を合わせるために膝をつき、真っ直ぐに目を見る。
「千歳さん。その絶望、俺に全額で賭けさせてくれない?」
「……賭け?」
「俺がその店と問題、全部解決してあげる。……その代わり、また君の作ったハヤシライスを食べさせてほしい」
彼は何を言っているのだろうか?突飛な提案だが、蓮の「絶対にブレない瞳」と優しさ。それに彼なら私を助けてくれる。そんな予感を感じずにいられなかった。たからだろうか、彼の提案に涙を拭ってうなずいてしまう。
「よし、交渉成立! あ、色々あったし、今日は連絡先だけ交換して、お互いもう家に帰ろう」
さっきまでの雰囲気とは一変して明るく振る舞う蓮にどことなく安心感を覚え、こんな時にも関わらず思わず笑ってしまう。
「ふふ……うん。ありがとう、神楽くん」
連絡先を交換した蓮は店を後にして家に帰ることにする。気まぐれの外食ではあったがまさかこんなことになるとはな……。
「……燃えてきた」
そう呟く蓮の口角は上がっており、彼の中の賭博狂としての血が熱く疼いているのであった。




