プロローグ
2030年に世界中でダンジョンが出現してから、人類は驚くべき速さでダンジョン、内部にいる敵対存在、モンスターに適応した。
最初、人類は銃火器によってモンスターを倒していたが、ある程度の強さから効き目が弱くなると、ダンジョン産の武器を用いて、討伐を行うようになる。
政府、民間企業、金融機関やファンドはこぞって、ダンジョンの攻略に人的資源と資金を投入した。
それは、ダンジョンに生息するモンスターから、新エネルギーを採取できるからだ。
当初こそ、慎重な探索が進められていたが、あらゆる発電の代替になりかねないほどのエネルギーだと分かれば、話は別である。
各国は軍を投入、民間企業もそれに関連した技術の開発に邁進、金融機関やファンドもこぞって投資した。
そして、ものの十年でダンジョンは人の営みになくてはならない存在となり、現在はダンジョンに関連していない企業は存在しないほどであった。
では、現在、そのモンスターの討伐は誰がやっているのか、それが探索者である。
♦♦♦
(今日も探索か)
俺、田中功輝は中堅私立大学で、ダンジョン学部・探索学科(主にダンジョン探索を専門に行う学科)に所属し、晴れて、民間企業所属の探索者になった。
これが一般的な就職のルートなのだが、就職後の生活は正直、地獄でしかなかった。
連日、モンスターの相手をしなければならず、討伐成績を気にする日々。
チームのメンバーとは探索だけの関係で、友情や恋愛などは当然進展しない。
というより、誰もかれも自身のことで手いっぱいであり、それどころではなかった。
(それで、とうとう辞めてしまったわけであるが)
就職から二十年、我ながら転職もせずによく持った方だと思う。
ダンジョン探索、体力を回復させるために一日中寝て、次の日はダンジョン探索。
趣味なんてする暇はなく、金はそこそこ貯められたが、それでも人として生きている感覚はなかった。
(何度も死にかけたから、生は実感できていたけどな)
ダンジョン探索につきものなのが、モンスターとの戦闘である。
本当に何度死にかけたかは、覚えていない。
両手両足の指の数では到底数えられないし、三桁はいっているだろう。
骨折なんて日常茶飯事だったし(無理やりポーションと回復魔法で治されたが)、手足を両断されこともある。
幸い、福利厚生はしっかりしていて、ダンジョン科学技術(既存科学とダンジョン関連技術の融合)によって、後遺症なく回復することができたが、怪我した際に痛みがないわけではない。
探索時には痛覚鈍化薬とよばれ、これまたダンジョン科学技術によって生まれた最高の代物のおかげで、俺は探索者を続けられた。
能力という面では、企業に勤めて、大きく伸びたし、そこで得た縁といったものもある。
だけど、四十を過ぎて、ふと自分の人生を振り返った。
いや、振り返ってしまった。
(俺って死んでるも同然じゃないか)
昔であれば、死んでもおかしくないような怪我をして、それを無理やり治して、再び探索に赴く。
まるで、ダンジョンにいる高位のアンデッドの真似事をしているようにしか思えない。
そこからは、転がり落ちるようにして、討伐成績が悪くなっていった。
チームの貢献度も数値化されているのだが、それが如実に下がったのである。
流石に企業も長年勤めていた俺をいきなり冷遇することはなく、チームを変えたりして調整をしたのだが、それでも改善することはなかった。
気持ちが沈んでいるうえで、結果も全然であれば、正直、メンタルが持たない。
(それで自主退職したってわけだ)
それからは、ひたすらに家で寝た。
兎に角寝て、最低限の食事と身だしなみを整えて、回復を待った。
すると、心は落ち着きを取り戻し、身体の状態も不思議と改善したように思えた。
そして、現在、俺はフリーの探索者として、過疎気味のダンジョンで軽い探索をして、日銭を稼いでいるってわけだ。
(探索しないと落ち着かないんだよな)
心が快復すると、元の習慣に戻りたくなる。
当然、元居た企業に戻るわけにもいかないので、フリーの探索者としてダンジョンに潜るしかないのだが、これが存外、稼げた。
勤め人時代は治療などは会社もちであったが、今は自腹である。
以前のような高度な治療は受けることはできないが、過疎気味のダンジョン、つまりは旨味のないダンジョンで安全に探索を行えば、そうそう怪我をすることもなかった。
(いや、まさか、こんな生活ができるとは)
死に怯える必要もなく、激痛に苛まれることもない。
それでも、生活できるだけの稼ぎはあるので、俺にとっては天国のようなものであった。
(それに今は、趣味もあるしな)
俺が探索しているダンジョンは巨大な湖があり、その周辺に低級のモンスターが徘徊している。
湖の中にもモンスターはいるのだが、これが旨味のないモンスターばかりであり、低級モンスターを狩っても企業としては利益にならないので、過疎気味になっているのである。
そのため、本当に人がおらず、探索後はここで、座って釣りをするのが日課になっていた。
(餌を付けてっと)
餌は周辺を徘徊するモンスターの肉であり、餌代は実質タダである。
俺は小さく切り取ったモンスター肉を釣り針に付けると、勢いよく竿を振って、湖に投げ入れた。
(落ち着くなぁ)
俺は時折竿を揺らしながら、湖を眺める。
釣りをしながら、のんびり時間を過ごしていると、荒んでいた心が洗われていく感じがした。
(今日もボウズかな)
そんな風にして三時間ほど過ごしていたが、一向にアタリはない。
(三日に一度程度、アタリが来るぐらいだから、当然か)
俺としては、釣果よりも、こうした時間を過ごすことに価値を見出していた。
正直、大物が釣れようが、別に喜びなんてしないだろう。
(ん?動いた)
そんなことを思っていると、竿の先が揺れ、一気に竿がしなる。
(嘘だろ)
竿が折れんばかりの凄まじい引きであり、俺は必至にリールを回して、応戦する。
(楽しい)
先程思った、大物が連れても喜ばないことは撤回する。
今までないアタリに心が自然と躍っていた。
(影が見えるぞ)
一時間ほど格闘していると、徐々に湖面に影が見えてきた。
(は?)
姿が見えた瞬間、震動が湖、いや、ダンジョンを揺らした。
湖から空中に姿を現したのは、全長二十メートルを優に超えた、巨大な龍であった。
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