あなたにあげる
わたしの実家は坂の上にある。
正確には、長いこと上らせたくせに、その後短くも急傾斜な坂を下らせた先にある。
だったらもっと緩やかに真っ直ぐ繋いでくれ、と思うが仕方がない。バイパス建設を機に実家の前と、この長い上り坂が繋がったのは数年前。それ以前はもっと迂回して帰らなければいけなかったから、まだマシになった方だ。それでも荷物の多い今日のような日には実家への道のりに立ちふさがる強敵となる。
思い立って大分へ二泊三日の弾丸旅行をした、その帰り。旅へ誘う友達がいなければ、旅の思い出話を渡す恋人もいないが、良い娘ぶって母親へのお土産を買っておいた。
人から頼られることを生きる原動力としている我が母は、もう若くないというのにほぼ毎日働いている。熱心なことに休みの日まで殆ど献上して、片道二時間の職場へと車を走らせる。
おかげでどこにも行けない彼女へ、こうして旅行の度に何かしらを買って帰るようにしている。
昼前に大分の中津を発ち、実家の最寄駅へ着いた頃には時刻は十四時を回っていた。勿論母は仕事で不在。お昼を食べ損ねてしまっていたので坂の下のコンビニに寄った。旅の疲れからか、こってりしたものにばかり目が奪われる。
結果として選んだ焼ラーメンが、レジの向こうで電子レンジの光に照らされるのを眺めながら、わたしは少しだけ後悔した。どうしてあんなに大きくて傾きやすい弁当を選んでしまったんだろう。これからこの大荷物で、あの坂を上るのに。
コンビニを出たわたしの両手には、小さな旅行カバン、土産物屋の紙袋、そして傾けられないビニール袋。手一杯で登る実家までの道のりは、冬だというのにじんわりと身体を火照らせる。コートの中の蒸れた身体と対照的に、荷物を持った指先が冷えてゆくのを感じながら黙々と歩いた。
住宅街を下から上へと縦断する坂の途中、一軒の家の前で車を見送るおばあさんがいた。
息子だろうか、男性が運転席に乗り込むまで、何やら声をかけ続けている。すぐに車は走り出し、おばあさんはそれに手を振る。年末の帰省にはまだ早いが、親の歳を気にして様子でも見に来たのだろうか。この辺りでも高齢者の一人暮らしは珍しくもないし、特に気に留めるでもなく通り過ぎようとした。
「頑張って登らんとねぇ」
見送られた車は坂の下で国道に合流しようとしている。そこまで見届けるつもりは無いのか、おばあさんはえっちらおっちら勾配と戦うわたしに笑いかけていた。
「はぁ、頑張りますぅ」
意外と疲れていたようで、深い息と共に情けなく語尾が伸びる。
「わたしもねぇ、時々向こうの畑へ行くときゃ苦労するんよ」
おばあさんは家の後ろに連なるいくつかの畑達のどこかを指さしてみせた。家庭で消費する程度の作物は育てられそうな畑が、坂の脇に二十枚ほど広がっている。確か実家のお隣さんも、あのうちのどこかで野菜をお世話していたはずだ。どこか忘れたけど。
「坂がキツいから大変ですね」
「道具やら荷物やら持っていくじゃろう。車押していくんじゃけどねぇ、はぁえらいんよ」
「せっかく育ててるから、放っとく訳にもいきませんもんね」
おばあさんは見た感じ七十代か八十代くらい。とはいえ皺が入り始めたら人間皆似たようなものだと思っているので、正直よく分からない。
しかし頭はすっかり白灰色に染まり、背中も曲がり気味の彼女がひとりで坂を登って菜園を管理しているのなら、それなりに苦労するだろう。
「あなた白菜食べる?」
「え」
唐突な質問に『はい』も『いいえ』も出てこなかった。
「今なら葱もあるわぁ。こっちよ」
訊いておきながら彼女はわたしの返事など大したことではないらしい。家より一段下の畑へと入っていく。畑は向こう、ではなかったのか。
えーっと。
左手に提げたビニール袋の中で、容器の蓋を白く曇らせているほかほかの焼ラーメンに思いを馳せる。コンビニでチンをお願いすると少し熱いくらいだから、実家に着く頃には丁度食べやすい温度になっているだろうと計算していたのだけど。人生は思い通りにいかないと、昔の偉い人はよく言ったものだ。
こっちよ、と誘導したわりにわたしが着いて来ているかどうかも大した問題ではないらしいおばあさんは、もう畑の畝を覗いて野菜の選別を始めている。
既に両手は塞がっているがお断りするのも気が引けて、わたしも畑へとお邪魔することにした。
「白菜と、長葱と。ほうれん草も小さいけど食べられるねぇ。葱はお鍋にしたら美味しいけぇ」
そう言いながら力任せに長葱を引き抜くおばあさん。手伝おうにも荷物を置ける場所がなく、ハラハラと見守っているうちに一本、二本、と葱を収穫していく。三本、四本、五本。五本? ちょっと多いけれど、ついでに自宅用にも採っていくつもりなのかしら。
「見て、こんな所にもほうれん草が生えとるわ。種が飛んだんじゃねぇ」
きゃららと笑いながらおばあさんが指す先、畑と畑を区切る畦道の裾にもほうれん草がへばりつくように生えている。
「本当だ。いっぱい飛んでますねぇ」
「向こうの畑ではほうれん草はやっとらんのんよ。あっちまで行くのは坂がキツくてねぇ」
どうやら坂の上と家の隣と、二か所で畑を借りているらしい。趣味の菜園にしては面積が広そうで、随分働き者のおばあさんだ。
「毎日お世話に行かれるんですか?」
「白菜は一株でええかね」
「あ、はい。ありがとうございます」
そもそも白菜一株を抱えられるかも謎ですけど。
おばあさんは葱を傍らに下ろし、まるで体当たりをするかのように白菜を抱きかかえてへし折ろうとする。白菜より先に、腰が砕けてしまわないかしら。
わたしの心配を他所に見事、白菜相手に白星を上げたおばあさんはよっこいしょと立ち上がった。
「泥は後で洗おうねぇ。周りの葉もちょっと落としてあげるけぇ」
続きましてはほうれん草。見て、種が飛んでこんな所にも、と畦道のほうれん草を笑いながら、畝を漁る。
結果。白菜一株、長葱五本、ほうれん草八株。なかなかの収穫量である。
なんてことのない顔でそのすべてを抱きかかえて、おばあさんは家のガレージへと戻ると、新聞紙を広げた上にそれらを並べた。畑では突っ立って見守るしかなかったわたしも、ガレージの端に荷物を置いて手伝いをする。
が、慣れた手つきで進んでゆく作業に、手を出す隙はほとんどなかった。
まずは勝手口の横の水道からホースを引っ張ってきて、おばあさんは収穫した野菜たちの泥をざばざばと洗って落としてくれた。
いつもここで作業をしているのか、水道の近くにはプラスチックの薄いまな板と錆びかけた包丁、それから小さな桶が用意してある。おばあさんは桶をひっくり返してそこに座り、ずばん! と包丁で白菜の根元へ一太刀を入れる。切った、というより圧で押した、という感じ。それから外の葉を何枚かを剥ぎ取り、中に付いていた土をまた洗う。
なんと本日の収穫のうち、彼女自身の取り分はほうれん草二株のみだったらしく、あとは全て新聞紙で巻いてビニール袋にまとめてくれた。受け取った手から腕へ、ずっしりと重さが伝わる。これを提げて残り半分はある坂道を帰るのかと思うと途方に暮れそうになった。しかし見ず知らずの通行人に、よくここまで親切にしてくれることだと感心もする。少し申し訳ないくらいだ。
ちらり、とお土産袋を見やる。あの中には中津の居酒屋で大将がおすすめしてくれた老舗和菓子屋の栗どら焼きと外郎が入っている。母に事前にメールした時、栗どら焼きを大層楽しみにしていた。栗どら焼きは個包装でひとつ。外郎は笹の葉で包まれた六個入り。ふぅむ。
少々悩んでお礼に栗どら焼きを差し出すと、彼女は遠慮しながらも喜んで受け取ってくれた。お茶でも入れておやつにします、と笑う。
「是非また遊びに来てねぇ。ひでちゃーんって」
「ひでさん、って仰るんですね」
「そうそう、ひでちゃん来ーたよーって言ってくれたら大体おるけんねぇ」
でも時々あっちの畑に行ってて、坂登るのがえらくてねぇ。最早セットの持ちネタである。それからひでちゃんは、わたしの頬を両手でもにっと挟んで「次遊びに来てくれた時に分かるように、よく顔を覚えとかんと」と、3Dプリントでもできそうなくらいまじまじとわたしの顔を眺める。
「また遊びに来ますね」
わたしもお返しに、ひでちゃんの顔をスキャンした。
***
左手に旅行カバンとコンビニ弁当、右手に大分土産と畑土産を提げ、背中にひでちゃんのお見送りを背負いつつわたしは再び帰路に着いた。野菜はもちろん実家に半分お裾分け。父は単身赴任をしており、わたしも家を出たため、母は実家で一人暮らしをしている。二人で食べるには過多な量な気もするが、最近は野菜も高いので家計は助かるしありがたい。
栗どら焼きが冬野菜に変わった事を話すと、母は不貞腐れながらもひでちゃんの話を面白がった。
ひと月半後、ひでちゃんちへ再訪した。玄関で出迎えてくれたひでちゃんと少しばかりの世間話をしたのち隣の畑へと連れて行かれ、例によって冬野菜たちを持たされて帰った。
もしかしたら、前回のあの女の子だと認識されていなかったのかもしれない。その次はもう少しスパンを短くして訪ねてみた。ひでちゃんはきゃらきゃらと笑ってわたしを家へと招き入れてくれた。
それからは月に一度、ひでちゃんの家へ顔を出すようになった。
実家を出た、といえど住んでいるのは二駅先なので大した距離ではない。ついでに母の生活の様子も見て帰れるし。
ひでちゃんの家は老後生活のために建てた平屋で、カウンターキッチンと合わせて三十畳ほどのリビングと、六畳の和室がふたつあるのみ。すでに伴侶を亡くし、一人暮らしになって六年は経つようだ。
同じ町に住む息子さんが、時折顔を出してくれるという。
「孫がおらんけぇね。嫁の一人でも貰ってくれりゃ良かったが、もう駄目じゃろうねぇ。あの子は内気じゃけぇ」
そう言うひでちゃんはいつも少し寂しそうだ。一人息子は内気なため婚期を逃し孫はおらず、畑仕事の最中に隣の畑の持ち主に会えば世間話をするのが楽しみなことを、わたしはこれでもかとひでちゃんに話して聞かされた。
一人で暮らすには広い家だ。いくら野菜が立派に育っても、その成果を褒め合い、美味しさを共有する相手はもういない。ひでちゃんが出してくれるお茶、その湯呑みはいつも決まって紺と白の縞模様だ。向かいに座るひでちゃんの手には、いつも桃と白の色違いの湯呑み。夫婦で揃えたのだろうか。
その湯呑みが、いつしかグラスへと変わった。
あられ入りの緑茶は冷たい麦茶に。溶けかけの氷が居住まいを正して茶の水面を揺らす。
相変わらずひでちゃんは内気な息子のせいで孫ができないことを嘆きながら、酒最中の包みで鶴を折る。
酒最中はお向かいさんからもらった、お中元のお裾分けらしい。
「死んだお父さんが好きだったんよ。お酒は弱かったんじゃがどうも飲みたがるけぇ、わたしがこれでも食べときって言うたら自分でも買うて食べよったねぇ」
目を細めて笑うひでちゃんの目線の先、簡易仏壇の遺影の前には酒最中がみっつ、供えられていた。
遺影のご主人は、にかっと笑ったその口から見える銀歯が印象的な、焼けた肌に白髪の映えるご老人だった。生前はよく一緒に温泉旅行へ行ったのだとか。
「わたしも旅行好きなんですよ。前に大分の栗どら焼きあげたの覚えてる?」
「大分はねぇ、日田がよかったね。湯布院もええが、人が多いじゃろ。豆田町のがゆっくりできるわ。あそこで食べたおはぎが美味しかってねぇ」
ひでちゃんはよく、いや殆どのやり取りで、わたしと話しながらもわたしという存在を素通りしていく。わたしを媒介に、在りし日へと帰っているような、今ここにはいない誰かと向かい合っているような。それはそれで、わたしがひでちゃんに会いに来ることに意味がある気がした。ひでちゃんが頭の中に仕舞っている思い出を言葉にして目の前に広げることで、少しでも懐かしさに安らぎを得るなら。それに人と会話をすることで何かを考えたり思い出したりすることは、呆け防止にも繋がると聞く。
汗ばんだグラスの中で、再び氷がからん、と鳴る。
「しかし今日も暑いねぇ。梅雨が明けてからずっと、暑うてしんどうてやれんわ」
クーラーが苦手というひでちゃんは、扇風機二台をフル稼働させてこの季節を乗り切るつもりだ。しかし例年の平均を上回る最高気温を打ち出し続けている今夏、もちろんそれで追いつくはずもなく、彼女は折り畳んだ地図をうちわ代わりに首元を仰いでいる。
ご主人との温泉旅行の名残か、たくさんの印がついたその地図は、うちわという想定外の役目を負わされ過ぎたせいでくたくたになってしまっていた。
一応クーラーはリビングと寝室にあるので使うように、と息子さんからもお達しがあったようだが、長年扇風機で夏に打ち勝ってきた実績がひでちゃんを強気にさせている。
その日の帰り際、ひでちゃんは坂の上の畑へ行くと言って一緒に家を出た。そして当然のようにわたしを畑へ案内する。十本ほど植えられたトマトの株に赤い実がいくつか生り始めていた。
「ちょっと持って帰りんちゃい。桃太郎トマトじゃけぇ美味しいんよ」
言いながら水を撒くひでちゃんのホース捌きはなかなか大胆で、根元を越えてトマトにも水が飛び散っている。なるほど尻腐れした実が多いわけだ。納得しつつ、お言葉に甘えて四つ頂戴した。
***
八月、わたしは意図せぬ夏休みを得ることとなった。
友人の結婚式へ参加するため、上司にシフトの融通を効かせてもらえるよう頼んだところ「面倒臭いから有休使って」と一蹴されたのだ。
駅前のホテルでフロント業務に携わるわたしの勤務形態は、一回の出勤で二十五時間拘束される代わりに、その後二連休が与えられる一勤二休制となる。一日で三日分働いてその後はゆっくり休める上に、月の出勤も七回程度と少ないのも魅力的で入社した。その数少ない出勤が結婚式と被らないように都合をお願いをしたのだが、ならばルーティーンを崩さぬよう有給休暇を取ってくれとの事だった。
前の出勤後の二連休と、有給休暇で飛ばした一泊二日の勤務日、そしてその後の二連休。つまりは一日の結婚式のために六連休を手にした事になる。
せっかくなので遊ばせて頂いた。初日からさっそく、鈍行に揺られて倉敷へ。一泊二日で帰ってきて、翌日は結婚式へ。旅費と御祝儀で元よりひ弱だった財布はすぐに心許なくなり、残りの三日間は大人しく過ごすことにした。
いつも通り母へのお土産を岡山で買ってある。今回のお土産はつるの玉子だ。岡山といえばきび団子の方が有名だけれど、個人的にはこちらが推し。ひでちゃんにも同じものを買い、腰の重い二人へ渡すべく、連休五日目のおやつ時を目指して電車に乗った。
十五時の実家に、当然まだ母はいない。基本、先にひでちゃんちにお茶に寄るので、坂の途中の休憩所のようになっている。今日もまずひでちゃんの家の玄関に立ち、こめかみに滲む汗を拭いながら呼び鈴を鳴らした。しかし、ひでちゃんは出てこない。
隣の畑と坂の上の畑を確認したが、姿はなかった。どこか買い物にでも出ているのだろうか。
待ってみようかと考えたが、この暑さの中だ。ひでちゃんが戻る頃には『わたしだった何か』しか残らないかもしれないと危惧し、この日はすぐ実家へと向かった。
毎朝車で二時間かけて出勤する母の仕事はどんなご立派なものかと言うと、スーパーでお惣菜を作って売る食卓の味方である。よってお盆は寿司とオードブルの注文用紙に背中を押されながら働き詰めることとなる。
来週末から盆明けまで休みがないのよ、と母は嘆くが、わたしから見れば彼女の休みはそもそも年間に両手の指で数えるほどしかない。少し早いお盆の帰省ということにして、わたしは久しぶりに実家に一泊した。
今日も朝から晩まで働いた母だが、娘が珍しく泊まって帰るのが嬉しいようで、ご飯にお風呂にと全て支度してくれた。自分でやるよ、と言いつつも、こういう時は母が甘やかしてくれることを一人娘のわたしはよく知っている。
翌日の帰りすがら、ひでちゃんの家に赴いたが、またしてもひでちゃんは留守だった。
畑にもおらず、カーテンは閉めたまま。連日訪れたことが今までないので分からなかったが、こんなに出掛ける用事のある人だったのかしら。少し違和感を覚えたが特に気にせず、お土産の賞味期限はまだ余裕があるし来週にでもまた来よう、とその場を後にした。違和感が疑問へと肥大化してのしかかってきたのはその日の夜だ。
ひでちゃんは本当に出掛けていたのだろうか?
本当は起きられていないのではないだろうか?
あのカーテンは夜閉めたまま、実は寝室で倒れているのでは?
お盆を迎えようとする日本列島は夏真っ盛り。天気予報士は口を揃えて異常な暑さだと宣言している。陽が落ちても二十五度を下回らなければ『熱帯夜』と呼べることを覚えてしまうくらいに、太陽の出入りなど構わず暑い。そんな中をひでちゃんは、クーラーもつけずに生活していたのだ。
若い世代でさえ熱気にやられて救急搬送されるようなこの時期に、ご老体のひでちゃんの体調にどうしてすぐ思い至らなかったのかと悔いた。
そんな可能性に気づいた時にはもう、終電は過ぎている。電話番号は、知らない。ではタクシーで、とスマホを手に取ったが、これで早とちりなら? 日付を越えた夜中に他所のおばあさんを叩き起すなど、かなりいい迷惑だ。
(大丈夫、何日も畑にも出ていないようなら菜園仲間が気づくはず)
(お向かいさんも交流があるみたいだし。この時期なら盆祭りの回覧板とかあるんじゃないかな)
(お盆には息子さんが帰省するだろうから、その前にひでちゃんに電話とかしてるかも)
(大丈夫、何かあったらとっくに誰かが気づいてる)
そう自分に言い聞かせながらも、むしろ言い聞かせるほど不安は胸に降り積もる。
あの広いリビングで、もう居ない夫の動かぬ笑顔を眺めて暮らすひでちゃん。たまに来る息子と、稀に会う近所の同世代たちとの会話だけが楽しみだと言うひでちゃん。同じ事を何度も繰り返し話す、結局わたしの名前すら覚えているのか怪しいひでちゃん。通り縋っただけの見ず知らずの人間になんの疑いもなく近寄り、自分のテリトリーを開く無防備なひでちゃん。
あのね、ひでちゃん。
最近の夏はすごく暑いんだよ。昔みたいに窓と襖を開けておくだけじゃ、もう駄目なんだ。
一人暮しの高齢者を狙った犯罪も多いんだよ。ニュースでよくやってるでしょ。簡単に家に他人を上げちゃ駄目。一見普通の若者でも、今どきどんな人が影でどんな事をやっているかなんて分からないんだよ。
内気な息子さん、会話は弾まなくても、孫を作ってくれなくても、詐欺対策の合言葉は考えてくれたのかな。一人で暮らすひでちゃんのために、見守りサービスを活用してくれているのかな。
あれこれ膨らむ想像を抱えきれなくて、あまりの不甲斐なさで泣けそうだった。初めてひでちゃんに会ったのは、白菜が食べ頃の、まだ寒い冬の日。それから夏になるまでお茶友達として定期的に会っていながら、わたしは『高齢者の相手をする』という事だけで満足してしまっていたのではないか。もっと気にしてあげられること、気をつけるように教えてあげられることはたくさんあったのではないだろうか。
六連休が明けて、リフレッシュして職場復帰する予定だったわたしの心はむしろ連休前より曇っていた。出勤すれば次の日の昼前まで職場のホテルから出られない。一応母にも事情を簡単に説明し、仕事の行き帰りにひでちゃんの家の前を通ってもらうよう頼んだが、人がいる気配は見られなかったと報告があった。これほどまでに二十五時間勤務が憎らしく歯がゆかったことは無い。
深夜の仮眠休憩は二時間のみで、仕事終わりはいつも睡魔に引きずられて家路についている。だけど、この日ばかりは職場から実家の最寄駅へと直行した。
寝不足な上にうだるような暑さで化粧が浮き顔はボロボロ。普段なら絶対に人様に見られたくないような姿だが、全く気にならなかった。勤務明けには特にきついはずの苦痛な坂も、まったく意識しなかった。
目的の家が見えてくると、自然と鼓動が早る。どく、どく、と緊張のせいか息切れのせいか分からない心臓の暴走を左胸に感じつつ、ひでちゃんの家の敷居を跨ぐ。やはりカーテンは閉められたまま。
どく、どく。
首筋を汗が伝う。
どく、どく。
右の人差し指が、呼び鈴のボタンを押す。
どく、どく。
どく、どく。
ひでちゃんは、出ない。
カーテンは、閉まったまま。
「ひでちゃん!」
右の人差し指が、呼び鈴のボタンを押す。
「ねぇ、ひでちゃん! いないの?!」
どく、どく。呼び鈴のボタンを押す。
嫌な予感が、ぐるぐると考えていた望まない結末が、頭の中で近づいては遠ざかる。
扇風機。死んだ夫。畦道のほうれん草。
銀歯。くたくたになった地図のうちわ。
内気な息子。登り坂。割れたトマト。
「ひでちゃんってば!」
ボタンを押す。押す。押す。
きゃらきゃらと笑う陽気な声。
最早聞き慣れたひでちゃんの声。
「はぁい、ひでちゃんです!」
が、背後から聞こえた。
「……」
呼吸を忘れて、ゆっくりと振り返る。
そこには、キャリーケースと大きな紙袋をひとつ提げたひでちゃんの姿があった。
「待たせたかね? 今帰ったんよぉ。ごめんねぇ」
ひでちゃんはしっかりした足取りで隣に立ち「暑かったじゃろ」と笑いながら玄関の鍵を開ける。額の汗が目に入って視界が滲んだ。
***
かんぽの宿を巡る旅、なるものをしていたらしい。
ひでちゃん曰く、
「竹原のかんぽの宿が休業しとってね、今は近くにないんよ。じゃけど日帰りで庄原はたいぎいしねぇ。だったらちょっとかんぽの宿へ泊まって回ろうかと思って」
思って、ルートを模索した結果、海を越え四国三宿を巡り温泉とご当地グルメを堪能して帰ってきたところなのだそうだ。ひでちゃんの旅の思い出話を聞いていると、さっきまで描いていた最悪のシナリオというやつが、とてつもなく馬鹿らしく思えた。
そして、そのシナリオの中に出てきたどのひでちゃんとも似つかないほど、本物のひでちゃんの逞しく元気なこと。ひでちゃんが切り分けてくれたお土産の一六タルトと冷たい麦茶で気持ちを落ち着かせながら、わたしはひっそりとため息をついた。
テーブルにはあのくたくたの地図。ただのうちわに成り下がったように見えて、その実まだ現役でひでちゃんにお仕えしていたあの地図は、今回のかんぽの宿巡りのルート選定に大いに役立ったらしい。
勿論亡き夫との思い出の地も書き残されている年季の入った全国地図だが、ひでちゃんの思い出は今もここに更新され続けている。
確かにひでちゃんは、一人暮しが寂しいかもしれない。
この現代社会においてちょっと無防備な、社会的弱者と呼ばれるひとりなのかもしれない。
だけどひでちゃんは、ただのひでちゃんだ。
上手く言えないけど、ひでちゃんなのだ。
そう思うと、複雑に蠢いていた彼女に対する不安や警戒が、すとん、と収まるところに収まった気がした。
「畑の水やりは息子に頼んどいたんじゃが大丈夫かねぇ。後で見に行かんとねぇ」
それならご心配にしか及ばない。わたしはこの数日で畑で誰かが水をやった形跡を見ていないから。
だけど彼女の事が気になって仕方ない小娘が、ついでにこそこそと水を撒いておいたから結果オーライ、ひでちゃんは安心するだろう。
「ねぇ、ひでちゃん」
わたしは、旅好き仲間の、ちょっと年老いた友人に言った。
「クーラー使ってね。夏用の上着探してあげる」
ひでちゃんはきゃららと笑った。
「ほいじゃぁ、考えとくわ」
- fin.




