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百妖の桜巫女 ~神宿し乙女は、愛を知る~  作者: 今際ゆき
春、初恋が舞い落ちる

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薄桜之天女

「身体が小さすぎる。諦めなさい」、「どうせすぐ死ぬでしょ」


周囲からは反対の声ばかり上がったが、美影は家族の分まで戦うと決めた。

木刀を来る日も来る日もふるい続け、三年で岩を砕き割るまでに成長した。基礎体力も鍛え、素手で二十枚の瓦を割れるようになった。


一日たりとも鍛錬を休まず、周囲からの嘲笑にも耳を傾けなかった。


しかし、悪夢は続いた。


十一歳の誕生日、突如肌の色が青白く変化し、赤黒い椿の模様が浮かび上がってきた。慌てて手鏡で顔を確認すると、撫子色の瞳が赤黒く染まり、額には般若と同じ角が二本生えていた。


あの惨劇から五年が経ち、漸く生きる希望を見出し始めていた中、再び忌まわしき記憶が甦ってきた。幸せを奪い去った、この世で最も憎き仇の顔が鮮明に浮かぶ。同時に、その憎き仇と同じ姿形をした自分自身が目に入った。


「何でよ…⋯何でこうなるの!!!」


美影は一人泣き叫んだ。自分の体を滅多刺しにしたい衝動に駆られた。


原因も解決方法も何一つ分からないまま、鍛錬を続けた。続ける中で、榊を一定以上消費すると鬼化が起こるという事実を突き止めた。耐えがたい程の苦痛と恐怖に襲われても尚、美影は匙を投げなかった。


そうして二年が経過し、十三歳の時に

「ワイ、夜叉いうんやけど、良かったら相棒にしてくれへん?」と彼女の力と人柄に惚れた夜叉から直々に頼まれ、彼を従える運びとなった。



中学に入って夢奈と出会い、大切な友人が沢山出来た。


何より、大切な幼馴染の零が、自分を好きだと言ってくれた。



確かに、不安と寂しさで胸が押しつぶされそうになることは数えきれない程あった。大好きな兄も両親も、もうこの世にいない。どれだけ強く願っても、二度と会うことは出来ない。それでも…


「こんな状況で零くんを思い出すなんて最低だな私…⋯」


意識を取り戻し、消えてしまいそうな声で微かに呟くと、美影は刀を勢い良く振った。

榊を一切使わず素の力だけで酒呑童子の両腕を切断し、窒息という恐怖から解き放たれた。勝利を確信していた酒呑童子は「何で動けんの…?」と、血が滴る両腕を眺め、呆然としていた。




「酒呑童子。あんな素敵な人達の家族で居られたことは私の誇りよ。恨むだなんて、天地がひっくり返っても有り得ない。…⋯それに」



一度息を整え、酒呑童子から一瞬たりとも目を離さずに言葉を紡いでいく。



「どれだけ苦しくても…⋯自分の弱さを嘆いても……私達は前を向いて進んでいくしかない。

本当は今すぐにでも、全て放り出して逃げたいよ…⋯」



神在になる道を選ばなければ、底知れぬ恐怖に抗うことも、全身を蝕むような激痛に耐えることも知らずに生きていられたのだろう。



「でもね、そんなことをしたら、私は家族に顔向け出来なくなる。だから過去の痛みも後悔も苦しみも全部……一生背負って生きていくと決めたの。それで零くんを…⋯夢奈を…⋯今一番大切な人達をこの手で守り抜いていきたい。その為に、ここで貴方を斬る」



白縹色の刃が黒い炎に逆らうように、鋭い光を放つ。細い血管が浮かび上がる程に強く握りしめ、酒呑童子へ斬りかかる。


「四色 泡沫」「二色 石楠花」


気配を完全に消し去って接近し、透き通る薄水色の刃を両手両足に向かって四度振り下ろす。四肢を失った酒呑童子に畳みかけるように毒を心臓へ連続して打ち込む。酒呑童子は血を吐いて地面にうずくまった。美影に手足を切断され、回復する間もなく猛毒を注入されたため、彼女から距離を取る事も出来ない。


「ガハッ…⋯み…⋯みかげ…⋯ちゃん…⋯ちょっと待ってよ…」


猛毒に耐えながら訴えかける酒呑童子を他所に、美影は吹き飛ばされた夜叉の元へ駆け寄った。美影の額からは角が見え隠れし始めているが、意識は保っている。


「夜叉。もう大丈夫?」

『おう!任せときー!』


やはり流石は神だ。かなり深刻なダメージを受けていたが、すっかり回復を遂げている。


「五秒だけで良い。力を貸して。その間に鬼化を直してケリをつける」

『もちろんや。美影はんの頼みやもん』

「ありがとう。行くよ」


夜叉は美影の肩に手を置く。



「神代 薄桜(はくおう)之天女」



その瞬間に、六千度を超える黒い炎が消え去って彼女の周囲がまばゆい光に包まれた。美影の洋服も神聖なる巫女の装いへと変わった。

「純真」の二文字を象徴する、艶やかな白衣。緋袴は戦場での動きやすさを考慮し、丈の短いスカートに変わっている。リボン型に結んだ紺青の帯は風に靡く度に新しい顔を見せ、菊と柊の花飾りが桜色の髪を美しく彩っている。


神代―自身が従える神の力の全てを掌握し、身体を所謂「半神」の状態へと変化させる奥儀。


神在が従える神達のもう一つの役割は、有する力の全てを主へ捧げる事だ。習得できれば最上位の鬼へ対抗し得る程に強大な力を生むが、それは極めて困難で、多くの者は道半ばで挫折してしまう。


美影にとっては、戦場で鬼化を治す最終手段として秘めている最高の技である。


ただし、使用できるのは十秒のみで、神代が解ければ再び鬼化は進行してしまう。ただし、鬼化という制約の中で生み出された美影の神代は未完成で、絶対的な効果は保証されていない。



「一色 八重・千枚(せんまい)(とうし)!!!」



般若の姿から一転、肌も目の色も元通りになった美影は、稲妻よりも速く、逃げ道を塞ぐように―その一刀に黒条美影という少女の十六年間の全てを託した。


美影の中に潜む全ての感情は消え去り、代わりにあるのは目の前の敵を討つという金剛石よりも固い意志のみだった。


千という文字通り本当に刀を千回振っているという訳ではない。

あくまで見せかけなのだが、その速度はマッハを超えている。


酒呑童子は「やめ…」と言いかけたが、その前に美影が胴体を切り離した。同時に首が宙を舞って地面へと落ちた。これ程の損傷を受ければ、並の妖怪どころか鬼であっても即死を迎えるだろう。


『美影はん、やったやん!ほんますごいわ…⋯よう頑張ったで~!』

「うん⋯⋯」


極度の緊張状態からようやく解放された美影は安堵のため息をつくと、その場に膝から崩れ落ちた。常人なら蒸発する漆黒の炎に中で一秒も休まずに刀を振り続けたのだ。力が抜けるのは当然のことだ。


『大丈夫か?!はよ百目鬼病院行った方がええなあ』

「一応致命傷には至ってないけど、今日中に手当てしないとダメだね。ゆっくり帰……」




「ちょっとお~何勝った感出して帰ろうとしてんの?残念ながらボク、超元気だよ~まだまだ一緒に遊ぼうよ、美影ちゃん」




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