桜色の戦乙女、舞う
「ここは……どこ……なの?」
何分時間が経過したか分からない。
夢奈は非常に狭い、赤黒く、生温かい見知らぬ空間の中でゆっくりと瞼を開いた。
少し湿っていて柔らかく、天井(なのか判断しがたい)も嫌なぬめり気がある。
『それでは……いただこう』
ほんの数分前に助けた女性が、突如声色と姿を一変させた。
身体が明らかに人ではない毒々しい紫色に変化し、おまけに人ではなく巨大な蜘蛛となって夢奈に襲い掛かってきた。
そのまま、恐怖で立つことすら出来なくなった夢奈を丸呑みし、腹の中に押し込んだ。
意識を取り戻した直後に全て思い出した夢奈は、一心不乱に叫んだ。
「誰か助けて―――!!!誰でも良いから、早く警察を呼んで!!!」
得体の知れぬ化け物の、腹の中に一人幽閉された夢奈は、これまでに感じたことのない恐怖で過呼吸を起こしていたが、それでも懸命に声を上げた。
『おーほっほっほ~!!人間どもの逃げ惑う姿はやはり愉快……!』
中で怯え、必死に助けを呼ぶ夢奈を嘲笑いつつ、絡新婦は宵月市駅付近のカフェや、幼い子供も多いゲームセンターを続々と破壊していく。
鋭い八本の足を器用に動かして窓ガラスやドアを簡単に割り、必死に走る人々を蹴り飛ばした。
飛び散ったガラス片が突き刺さり、蹴り飛ばされた人々は頭部を激しくアスファルトにぶつけてしまった。
「痛い……いたいよお!!」
「一体何が起こってるのよ!?」
「もうやだ⋯⋯何でこんなことに⋯⋯」
僅か数秒の間に大損害を被った駅周辺に偶然居た人々の泣き叫ぶ声が、絶え間なく響き渡る。
家族、友人、恋人と過ごす夏休みの何気ない時間が一瞬にして破壊され、ほぼ全員が完全にパニック状態に陥ってしまった。
『そろそろ……腹の中の金髪の娘を喰っても良い頃合いかもしれん』
絡新婦は、腹の中で暴れる夢奈をうっとうしく思い、そろそろ本当に喰ってしまおうと考えたその時だった。
「一色 八重・閃」
白い閃光が瞬きする間に八回、美しい弧を描き、絡新婦の八本の足を斬り落としたのは。
『流石だな。黒条美影。私の襲撃をすぐに察知して一番に駆け付けるとは、見直したぞ』
大勢の人々に傷を負わせ、大損害を出しておきながら満足げに頷く絡新婦を、美影は撫子色の瞳を狩人の如く光らせて睨め上げる。
「四色 泡沫」
八本の足を失った絡新婦に一切の情を見せず、頸を正確に狙って透き通る薄水色の刃を突き刺し、そのまま強く引いて頸を切断した。
「すごい……化け物をあんな華奢な女の子が……」
「おねえちゃん、かっこいい!」
僅かに角が伸びてきた額と、大部分を般若に支配された右腕を隠しつつ、大勢の怪我人の元へ美影は向かった。
「怖い思いをさせてしまい、本当に申し訳ありません。私がいる限りもう大丈夫です」
白露を鞘に収めた美影は、出血量の多いものを優先し、治療に取り掛かった。
「七色 蓬莱」
棚引く金運に飾られた蓬莱山と、流麗に泳ぐ三匹の龍が出現した。
今回はガラスの破片に傷を負わされた人々も大勢いたが、美影の「蓬莱」はその傷にも容易に対応して見せた。
ゆっくりと出血を止め、二匹の龍によって痛みを緩和する黄金の光が現れる。
光が効果を発揮し始めた所で、傷口が開かないようガラス片を取り除いていった。
ほぼ全員の治療が終わり、皆が美影に「ありがとう!」と礼を言った。
何十人もの人々の傷を治した代償として、左手が全て般若そのものと化した。
が、人の命には代えられない。
「胡蝶之夢」
珠雪を鳴らして人々に催眠をかけ、鬼化に伴う痛みを堪えつつ事後処理にかかろうとした。
『……城崎夢奈。彼女を知っているか?』
頸を切り落とした絡新婦が少しずつ再生を始め、まだ頸のない状態で美影に語りかけた。
美影はすぐさま白露を抜き取り、態勢を整える。
「どういう意味だ?お前と夢奈に何の関係がある?」
可愛らしさを消し去った低い声で尋ねる美影に、絡新婦は声高らかに告げた。
『私の……腹の中だよ』




