大妖怪・絡新婦
「こんにちは~!りりあだよ~!今日も『りりあの隠れ家』に遊びに来てくれて嬉しい!
今日はね、みんなが自分を大好きになれるメイクを教えるから、最後までみてね!」
城崎夢奈はファミレスで、勉強の息抜きとしてインフルエンサー・椿院凛梨愛の生配信を見ていた。
薄水色のリボンで飾られた濃桃色のツインテールに、金糸雀色の瞳が良く映える。
華やかさと美影のような儚さを併せ持ち、そこらのアイドルなど目でない程整った顔立ちをしている。
彼女の公式ユ○チューブチャンネル・「りりあの隠れ家」はチャンネル登録者数一千万人、SNSの総フォロワー数は一千五百万人を超えるトップインフルエンサーだ。
「すごいなあ……凛梨愛さんは」
凛梨愛はアイシャドウを取り出し、何色も重ねて華やかなピンク色を作り、目元を彩っていく。
決して高い化粧品ではないのだが、凛梨愛の手にかかれば魔法のように美しい色が次々に生まれてしまう。
夢奈は彼女のチャンネルを見てファッションセンスを磨き、自分を一番魅力的に見せるメイクテクを覚えた。
凛梨愛は夢奈の目標であり、憧れの人でもある。
「りりあの隠れ家」を見て元気をもらった夢奈は、再びペンを持ち直し、最も苦手な古典の宿題に取り掛かった。
難しい問題を終えた時のご褒美として注文しておいたショートケーキを、上の苺を残して少しずつ大切に食べ、学生の天敵である宿題に取り組んでいた時、不意に三か月前にこのファミレスで起きた珍事件を思い出した。
『……ご、ごめん。大丈夫?』
偶然隣の席に座っていた、コバルトブルーの髪の軽薄な青年。
一緒に来ていた恋人らしき女性を怒らせ、突き飛ばされた拍子に夢奈と急接近した。
俗に言う「壁ドン」の体制となり、客にも店員にも笑われた。
その後、夢奈はショートケーキを、青年はガトーショコラを注文していた為、不幸にも少しの間二人で話をする流れになった。
互いにもう会う事は無いだろうということで、遠慮なく質問し合い、そのまま名前も聞かずに別れた。
彼が置いて行った千円札は、未だ使わずに財布の中に取っている。
「やっぱりムカつく……!」
名前も知らぬ青年への怒りで急にモチベーションが上がり、いつもより早いペースで解き進め、三十分も経たない内に全て終えてしまった。
ショートケーキを食べ終え、ドリンクバーから貰って来た烏龍茶も飲み終えた夢奈は会計を済ませて店を後にした。
両親から渡された買い物メモをポシェットから取り出し、すぐ近くのショッピングモールへ向かおうと店の前の横断歩道を渡り始めた。
あともう少しで反対側の道に着くという時に、夢奈の少し後に渡り始めた女性が、横断歩道の真ん中で苦しそうにうずくまっている姿が目に入った。
「大丈夫ですか?!」
「……少し……気分が悪くて……」
顔色が悪く、一人では立てそうにない女性の身体を支えた。
「私と一緒にわたりましょう!つかまってください」
女性に肩を貸し、信号が点滅し始めたので小走りで何とか渡り終えた。
「この辺りなら百目鬼総合病院が一番近いです。付き添います」
夢奈はそのまま女性を病院まで案内しようとした。
が、女性はやや乱暴に夢奈から離れ、距離を取った。
「……流石はあの小娘、いや、黒条美影の親友だな。簡単に人を信用し、親切をするから痛い目に遭うんだよ」
「え……」
呆気に取られる夢奈を他所に、女性は地に響くような低い声を出し、彼女の口元は真っ二つに裂けた。体調不良で青白くなっていた肌は、毒々しい紫色へと変貌しはじめた。
「……何なの………?!」
目の前の女が一体何に変貌を遂げようとしているのか。
一般人の夢奈には全く見当がつかない。
それでも、本能がこう叫んでいた。
――今すぐ逃げろ。
夢奈は震えが止まらない体に鞭打って、夢中で走った。
一秒でも早く、一メートルでも長く、あの“怪物”から距離を取りたい。
その一心で、ひたすら足を動かした。
しかし、力を持たない少女の勇気など通用する筈もない。
「それでは、いただこう」
背後から巨大な影が迫った。
毒々しい紫色の八本足と胴体、血走った剥き出しの眼球、そして顔は黒髪を靡かせる艶やかな美女のもの。
体長十メートルを超える巨大な蜘蛛と、美女が合わさった怪物が夢奈に迫った。
恐怖が限度を超越し、夢奈は叫ぶ事も助けを呼ぶ事も出来なかった。
そのまま、巨大な化け物は、美女の顔についた口を裂けるまで大きく開き、夢奈の身体を丸呑みにしてしまった。
「さて、黒条美影はどこか……?鬼童丸様への報告が楽しみだ……」
絡新婦――美しい女の姿に化ける蜘蛛の妖怪。
始祖・黒条十六夜の時代から神在達を蹂躙し、その穢れた腹の中に罪なき人々を取り込んできた。
「序に邪魔な人間共を殺すか。黒条美影が来るまでの暇つぶしと行こう」




