初デートは怪異と共に
棚引く雲が、街ゆく人々を温かく見守る。
茜色と、地平線の近くに広がる淡い桃色や水色の空との調和が、何とも幻想的で美しい。
美影と零が乗ったゴンドラゆっくりと時間をかけて上昇し、たった今頂上に着いた。比喩ではなく、本当に空に手が届きそうだ。
「美影、今のうちに2人で写真を撮ろう」
零は夕焼け空を背景に、美影を自分の方へと抱き寄せてシャッターボタンを押した。寄り添う二人の笑顔が橙色の空に映え、見事なまでにきれいな写真を撮ることができた。
ーこんな時間がいつまでも続けばいいのに。
二人が秘かに同じことを願っていたその時。
ゴンドラが上下左右に大きく揺れ、窓ガラスが粉々に砕けた。
『この馬鹿共!!危機感が足りねえんだよ!』
猿の面、狸の胴体、虎の四肢と鉤爪、数匹の蛇の尾を持つ、哺乳類に似た化け物が自慢の爪で二人のゴンドラを襲った。
鵺―大叫喚地獄に住む妖怪で、見る者全てを戦慄させる外見の通り、獰猛な性格で人を襲うことに躊躇いがない。手足の爪は一本一本が刃物のように鋭く、直撃すれば致命傷は確実だ。
「怪我はないか?」
「うん。守ってくれてありがとう」
零は咄嗟に美影を抱き寄せ、飛び散った硝子と鵺の鉤爪から彼女を守った。
同時に、榊で自分の全身を覆ったので、零自身も擦り傷一つ負っていない。「胡蝶之夢」と珠雪に呼び掛けると、眼前の敵を静かに見据えた。観覧車は動き続けているが」、中に野っている人々は一時的に意識を完全に失っている。態勢を整えた零は、眼前に迫る敵を静かに見据えた。
『桜刃零。お前が酒呑童子様を殺めたのか⋯⋯』
不意打ちを簡単に躱された悔しさと、地獄の採光戦力の一角である酒吞童子を奪われた怒りで零に牙を剥いた。
一応妖怪たちの間にも、歪ではあるか〝絆〟に似た仲間意識が存在している。しかし、零は一切の情を見せずに鵺を睥睨した。酒吞童子や般若は将彦の命を奪い、美影に深手を負わせた憎き相手だ。同情など出来る筈がない。
「お前らの事情はどうでも良い」
美影を背後に隠し、「五色‥」と唱えた。このままいけば鵺はすぐに片付く。異変が起こったのはその時だった。
一つ上のゴンドラから、意識を失った状態の小さい男の子と、その母親らしき女性が落下したのは。
『くく⋯⋯お前らを襲う序にあっちのゴンドラも壊しておいたんだが、見事に落ちやがったな⋯⋯』
鵺はにやりと笑った。神在といえど、地上八十メートルの高さから降りることは不可能だ。相当な量の榊が必要であるため、鬼化というハンデを背負った美影では何も出来ない。
零も迂闊にこの場を離れることは出来ない。鵺は焦って動きが乱れた隙を狙って、美影が零のどちらか一人でも仕留めようと目論んでいた。
―幼少期から壮絶な経験を積んできた彼らには。鵺など脅威ですらないのだが。
「零くん、あの子は私に任せて」
「ああ、でも、何かあればすぐに助けに行く」
美影は地上八十メートルの高さにあるゴンドラから、躊躇せず生身のまま飛降りた。




