始祖・黒条十六夜
―最期に〝あの力〟を使うべきなのか。いや、あれは強大すぎる。
〝あの力〟は解放できないが、命に代えて神代を発動させよう。決死の覚悟で、将彦は「神代⋯⋯」と唱えた。
口から血がこぼれ、最期まで言い切ることができない。勢いに任せ、勝ちを確信してほくそ笑む般若の首を刎ね飛ばした。
塵芥と化した般若の体を眺めながら、将彦は妹と愛弟子の顔を思い浮かべた。あと何分生きられるか分からない。最期に···せめて···二人の顔が見たい。
「師範⋯⋯師範!」
泣き叫ぶ零の声が聞こえた。
「れ⋯⋯い」
掠れる声で何とか声を振り絞った。そして上半身を起こし、零の頭を優しい力で撫でた。
「美影を⋯妹を⋯⋯たのむ。俺の弟子になってくれて⋯⋯ありがとうな」
言い終えたその瞬間、将彦の瞳から光が消え失せた。身体が体温を失い、零の頭に置かれた手から力が抜けてしまった。
「師範⋯⋯嫌だ⋯⋯師範!」
泣き叫ぶ零の声が、ただ虚しく響いていた。
将彦が幽世へと送られたのは死亡して一日が経過した頃だった。
その日から、十年もの間美影と零を秘かに見守り続けていた。
美影が零の記憶を失い、二人が離れ離れになったこと。
美影が十一歳の誕生日に、身体を般若に支配されたこと。
零が格上の妖怪との戦闘で大怪我を負ったこと。
知った時は、自己嫌悪で胸が張り裂ける思いだった。
美影は自分と両親がいない日々の中で懸命に刀を振るい続け、生前の将彦と比較しても遜色ない実力を身に付けていた。
零に至っては、わずか十三歳で神代を習得し、二十一歳の若さで桜刃家投当主に選ばれた。
自分があの日生き延びていれば、二人にここまでの負担を強いることはなかった。般若に追い詰められる美影を見て、何度変わってやりたいと思ったか覚えていない。
これだけ事情を知っているにも関わらず、幽世からは何も伝えることが出来ない。その無力感と罪悪感に、将彦は日々苦しんでいた。
しかし、最近になって漸く転機が訪れた。
美影と零が再会し、二人はめでたく恋人同士となった。
思い遣りの欠片もない親戚たちがいる黒条家を離れ、零と二人だけの穏やかな生活を始めた。
十年ぶりに見た二人の幸せは姿に。思わず涙を零した。零は美影おを般若から救うことも可能なまでに実力を伸ばしたようで、将彦は心の底から妹を愛してくれる零に感謝した。
「久しぶりだね。将彦君。美影さんと零君が幸せなようで、私も安心したよ」
眠気を及ぼす程幻想的な声が、将彦の耳元で優しく響いた。赤紫色の短髪に透き通る撫子色の瞳の青年。その姿は将彦に瓜二つで、目元は美影に似ている。
「お久しぶりです。十六夜様」
十六夜は将彦に優しく笑いかけた。
「二人の幸せの為だ。美影さんに、彼女の榊の〝真実〟を伝えるのはやめにしよう」
将彦は渋い顔で頷く。
「⋯⋯俺と同じ轍を踏ませる訳にはいきません。幽世から二人を守る方法を考えましょう」
「ええ」
黒条十六夜―黒条家初代当主であり。人類で初めて神との調和に成功した、神在の始祖。
数多の功績を持ち、英雄と称えられる彼が何故美影についての真実を知り得ているのか。
少なくとも、今の美影には知る由もない。




