人形劇の世界 エピローグ下
「僕はこっちの方が聞きたかったというかこっちが目的で来たんだけどね。アレがいなくなってどうなったんだい?それにこの家は?」
「そうだな。俺たちが交番に連れていかれちゃった後、俺はすぐに親が来たけど、お前は親が...」
無事にこちらの世界に戻ってきた後、俺たちは交番に保護されてしまった。
それもこれも、異界のことをごまかそうと、維斗がそれ以前のことをベラベラしゃべってしまったからだ。
俺の親が借金を作って蒸発し、ヤクザが俺たちを追いかけてきている。だから逃げていたらこんな時間になってしまったと。
異界をごまかしたせいで、かえって面倒なことになってしまった。
むしろこういったことは異界よりも現実のほうがずっと厄介だ。。シンプルなルールしかなかった異界とは違い現実には把握しきれないほどの法律が襲ってくるからだ。
このままいけば児童養護施設行きは確定だろう。ただでさせ共同生活は苦手だ。それが四六時中となると、考えたくもない。
「先輩この子どうなるんすか?」
「まぁ待て、もう少しここで預かるようにと上からのお達しだ。身元引受人が間もなく来るらしい」
「上?なんで上がそんなこと伝えるんです?」
「万年下っ端の俺が知るわけないだろ。とにかく、身元引受人が来る。俺たちはこの子を引き渡す。それで終いだ」
身元引受人だと?いったい誰が、何のために?
警察官は上と言っていた。つまり警察上層部が動いたということか?
ふと俺の脳内に一人の人物が思い浮かんだ。
その人物の名前は、
「よぉ孫。快堂爺ちゃんがきてやったで」
氷室 快堂。多くの企業をその中に取り込んでいる、氷室グループの現会長である。
なるほどな、そりゃ警察上層部も動くわけだ。氷室グループの中には現役を退いた警察の天下り先も抱えているのだからな。
「まっ、上から話は聞いてるやろ?こいつはもらっていくで」
「はい、それではこちらの書類に記入をお願いします」
後輩の方の警官がそう言うと快堂は顔をしかめた。
「めんどいのう。おい、伊藤代わりに書いてやれ」
「承知いたしました」
「いえ、身元引受人本人様に書いてもらわないといけないのですが」
そう申し訳なさそうに告げる後輩警官を快堂は睨みつけた。警官の足が一歩下がり明らかに緊張している。
「き、規則ですので」
しばらく沈黙が続いた。そしてその沈黙は快堂自身の笑い声によって破られた。
「はっはっはっ、規則は大事やもんな。これは俺が悪かった。仕事に忠実なのはいいことや」
警官はほっと息をついた。
「けどな」
再び空気が凍り付いた。
「今度からは嚙みつく相手はよう考えた方がええで、仕事には柔軟さも必要やからのう」
そう言って快堂は書類に記入をした。
交番の外にはベンツが止めてあった。
先ほど伊藤と呼ばれた男がドアを開け、快堂が乗り込んだ。
「ほれ孫、爺ちゃんの隣に乗りい」
断る理由もないのでそれに従った。俺が乗ると伊藤がドアを閉め、運転席に乗り込みベンツは走り出した。
「さっきの若い兄ちゃんえらい真面目やったな~高野ちゃんに後で連絡して昇級させたろ」
「警務部の高野様ですね。ご帰宅後おつなぎします」
いったい何が目的なんだ?
「今、いったい何が目的なんだと思うたやろ?」
今日異界という常識外れのものに触れた俺には、自然と思考が読まれたかと思った。
「別に思考を読んだわけやないで、これは経験や。海千山千の人間を相手にしてきた儂にとっちゃな、お前のような青二才の考え程度、表情から推測なんて簡単にできてしまうんや」
見透かされているならば直接聞けばいいか。
そう考えて俺が口を開こうとすると快堂はそれを制止した。
「せやから、そういうところがまだ青いゆうてんねん。今、思考を放棄して直接聞こう思うたやろ。ええか、開き直んのは最後の手段や。手札尽きるまで試してみ」
そう簡単には降参させてもらえないということか。
これはおそらく俺を試しているのだろう。ここで面白いと思わせられる、価値のある人間かどうかを。
もしここで不合格と判断されれば即刻切り離されるだろう。
この人は、まだ一度も俺の名前を口にしていない。
つまり一個人として認めていないのだろう。血のつながりがあるからチャンスを与えている。
今のこの人からの評価はそんなものなのだろう。
俺はニヤリと笑った。
「それでは全力で行かせてもらいます」
「おう、やってみぃ」
考えるべきことは、なぜ俺が必要なのかと、なぜこのタイミングなのかだ。
俺が必要な理由か、パッと思いついたのはやはり継承者問題だった。
俺今までに一度だけ親戚と会ったことがある。しかしその印象は、あまりよくない。
というのも、
祖母の葬式で集まったのだが、何か祖母との思い出を振り返るということもなく、会うなり自分が遺産をもらうという主張を延々と主張しあっていた。
結局遺産は快堂が総取りということとなったのだが、なにも貰えないと分かると、その後は何の行事にも参加することなく帰ってしまったのである。
快堂もそろそろ年齢的に区切りの頃合いだろう。あんな連中に渡すくらいならと考えたのかもしれない。
だが、それは別に俺でなくてもいい。俺以外に適当に養子をとりさえすればどうとでもなる。
俺でなくてはならない理由か...
まさか、異界関連か!
「そういえば、快堂お爺様は異界ってご存じですか?」
「おう、しっとるで」
やはりそういうことなのか。
「儂、都市伝説がだ~い好きなんでな。その話も聞いたことあんで。でもまぁ所詮は都市伝説やな。それがいったいどないしたんや」
これは、どっちだ?とぼけているのか、それとも本当に知らないのか。いや、しかし今はここしかない。
「都市伝説ですか。果たしてそれは本当にあらぬ噂なのでしょうかね」
快堂の顔は笑っている。だがそれより奥が見えない。
「ここにその伝説を実際に経験した人物がいたとしたらどうします?」
「せやな、おもろい作家としてスポンサーになってもええかもしれんが、それも内容次第やな」
ならばと俺は異界のことを話した。ただし、維斗のことと脱出の詳細は省いたが。
「なかなかおもしろかったで。ただ惜しいな、話の内容を見るにまるでもうひとりおったように感じたわ。でもお前さん一人やったんやろ?せやったら、もう少し詰めんとあかんな」
「その空白に自分を当てはめていただくことで没入感を感じてもらうための演出ですよ」
チッ、なかなかボロは出さないな。だが少しおかしいことがある。
もし本当に俺が異界に行ったことが理由なのだとしたらいくらなんでも情報が早すぎる。あの交番での対応を見るに俺たちが交番に保護された時から知っていた?
いや、それよりももっと前からか!!
氷室グループには黒い噂もあったはず。その中の一つに氷室グループの抱えている饅頭屋龍雲堂の実態はヤクザの事務所というものがあったはず。
そして前に見たことがある。あいつに届いた催促状。そこには確か竜雲会と書かれていた。
もしこの二つが繋がっているのなら、今日起こったことのすべては最初からこの人に仕組まれていたということか。
「やっと気づいたみたいやな。正解やおめでとう」
快堂はそう言って拍手をしてきた。
「でも全部が全部想定通りっちゅうわけにもいかんねかったんやで?お前さんが逃げるからあんな馬鹿蜘蛛のところ行きよるし、お供まで連れとったしなぁ」
「全部、見てたんですか?でもどうやって」
「馬鹿蜘蛛のエリアやからって、いるのが馬鹿蜘蛛の眷属だけやないで。壁に耳あり障子に目ありや」
つまりこの人は脚本家とは別の支配者と協力関係を築いているというのか⁉
「おっと、どうやら着いたみたいやで。ほれ、ここがお前さんの新しい家や」
車が止まったのは大きな庭付き2階建ての家だった。
「まだなんちゃ置いとらんから欲しいもんあったら使用人に言いや」
「まだ話は終わってないぞ」
「そっちの話し方のほうが素みたいやな。今度からそっちでええで」
そう言うと俺は車から降ろされ、車は走り去って行った。
「それで家具揃えたりなんやりしてるうちに3日経ったんだよ」
「それって普通に連絡は出来たってことじゃね?」
「うん、僕もそう思うな」
脱出後の話した俺に二人は最初にそう言った。
「は?重要なのはそこじゃないだろ?」
「廻、僕は言ったよね。心配していたんだよ?それなのに君というやつは…」
その後も二人にはしばらく問い詰められ続けた。
一方その頃
「スタンド」
誰もいないカジノで快堂はディーラーとブラックジャックをしていた。
「それで?お孫さんと実際に話してみてどうでした?」
「まだまだ青いが、育てる価値はある。といったとこかのう」
「それはそれは、いいことではないですか」
「まぁ一度ここに触れてしまったんじゃから、生き残れるのが最低条件じゃがの」
「そうですね。いつかここにも来るでしょうしその時は大いに歓迎してあげましょう。こちらは20です」
「21、ブラックジャックじゃ」
「おや、また負けてしまいましたか。やはりイカサマ無しの運勝負ではあなたに分がありますか」
「何を言う。イカサマ有りでもロクに勝ったことのないくせに」
「これは、手厳しいですね」
笑い声が飛び交う中二人の老人はこれ以降も賭けを続けた。
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