人形劇の世界 中下
「廻、おい廻」
しばらく放心としていた俺の思考を呼び戻したのは維斗だった。
「気持ちは分かるんだけどな、どうやら俺たちに用があるらしいぜ」
そう言って維斗が指をさした先には執事服を着た人形がいた。
「ゲストの御二方、脚本家様がお会いになるそうです。どうぞこちらへ」
丁寧な口調だったが、こちらの意見は全くお構いなしだった。
それに先ほどの光景がいまだ頭から離れない。
ほかにも観客から演者に代わる条件がある可能性がある以上うかつに逆らうことはできなかった。
だが、これは逆にチャンスでもある。
個々の支配者たる脚本家様とやらに会えるのであれば、たとえその結果がどうなろうとも、必ず多くの情報が入手できるだろう。
さっきは、まだ気持ちが落ち着いていなかったので、よく見ていなかったが、維斗もあの光景をみていたのだ。無理はしていないかと隣を見てみると、ふと備品室という文字が目に入った。
あの劇のなかでバットやカッターは突然現れたように見えた。カッターはまだ分かるがあのバットはどこから出したのかは少し疑問に思っていた。しかし備品室があるということは、少なくとも突然物体を空間に生成することはないということだろう。
もちろんただ形だけという可能性もある。しかし中身があるのであればもしもの場合使えるものもあるだろう。
気がそれてしまったが、維斗の様子を確認する。
緊張はしているようだが特にショックを受けている様子はない。
あんな場面を見たのにだ。
それは普段の彼を知る俺からすればとても強い違和感となった。
玄門 維斗という人間は非常に共感性が高く、他人の痛みを深く理解できる。そんな人間だ。
それなのに今の維斗にはそんな哀れみの感情の気配が全くなかった。
すでに何かこの異界から干渉を受けているのだろうか。
だが、この感覚に俺は既視感を感じていた。
前にも似たようなことがあった気がする。
しかしそれを思い出そうとしたところで、前を歩いていた執事姿の人形が足を止めた。
考え事に集中しすぎて今まで気が付かなかったが、道はすでに行き止まりで白色の扉があるだけだった。
執事姿の人形がノックをした。
「脚本家様、ゲストの方々2名をお連れしました」
返事はなかったが、執事姿の人形は扉を開け、俺たちに入るように促した。
室内に入った俺たちの足は反射的に一歩下がった。
「誰だ?今いいところなんだよ、後にしろ」
そこにいたのは全長が3mはありそうな、足が人間の手となっている蜘蛛の頭から、太った上半身の生えた紳士服姿の男がいた。
上半身には腕が4本あり上の手にはおそらく脚本と万年筆を持っており今も一心不乱に何かを書いていた。下の腕にはマリオネットを持っておりぎこちなく動いていた。その顔は本になっていて顔に必要なパーツは、蜘蛛のほうの頭についていた。
木の人形なんかよりも恐ろしいバケモノの登場に俺たちは自然と表情がこわばり警戒が強くなった。
「それでは私はこれで失礼します」
「だから後にしろって言ってんだろ」
バケモノが持っていた脚本のページをいくつか破りぐちゃぐちゃに丸めて投げ捨てた。
その瞬間執事姿の人形があの時の警察官D役のように崩れ落ちた。
そして蜘蛛の目が俺たちを映した。
「ん?おぉ、これはこれはゲスト様じゃありませんか‼よく来てくださった。ささっお座りください」
そうして俺たちは普通の人間用ソファーへと案内された。このサイズではこのバケモノは使えないだろうからここまで来た人間か、もしかしたら人形も座らせているのかもしれない。
部屋を見渡してみたが、最低限の照明しかない部屋の中は薄暗く、ほこりをかぶった山積みの本や丸められた紙が床に転がっていた。
そんな風に俺が観察している間にも、バケモノは手を休めることはしていなかった。
再びノックが聞こえてきた。
「入れ」
今度は癇癪は起こさなかった。
入ってきたのはおぼんを持ったメイド服姿の人形でおぼんの上にはケーキとジュースがのっていた。
「ささっお食べください。別に変なものであありませんよ、ほかのやつらとは違って私は小道具には本物にこだわるんですよ」
その言葉を聞いてもまだ躊躇しているのか、維斗はなかなか食べようとはしなかった。
だが俺はためらうことなく口に入れた。
「どうです?お口に合いましたかな?」
「あぁ、うまいな」
ケーキを食べたのは去年の給食のクリスマスメニュー以来だった。
こんな状況でなかったらもう少し堪能していたかったが、いまはようやく見えてきた攻略の糸口をもっと確実にするために質問をすることにした。
「ところで、さっきの劇は素晴らしかったですね。あまりにもすごすぎて、わたし、見終わった後にしばらく放心してしまいましたよ」
「ほう、その年で私の作品の良さがわかるとは今回のゲストはあのカスどもとは違って将来有望ではないか」
「どういうことです?」
隣で維斗がケーキを食べるかどうかで悩んでいる横で俺はうまく脚本家を乗せることに集中する。
「あのカスどもめ、やれ私には才能がないだとか、お前の小道具は金の無駄だとか、散々私を貶めた挙句私をクビにしやがった」
「それはひどいですね。あれほど素晴らしい劇を作れるというのに」
「そうだ!私の脚本は完璧なんだ。悪いのはすべて私の完璧な世界を再現できないあの三流役者たちのせいなんだ。しかしあんなカスどもでも今では立派な演者になったのだよ」
「・・・人形にしたんですね」
「その通り!!私の完璧な世界を私の理想通りに再現する最高の演者になったのだよ。それにしてもあいつらはカスのくせに本当に幸福だな。あのイカレ婆や、タヌキ爺、バカ女や、何考えているかわからないクソガキのところではなく私のエリアに来て永久の時を完璧な役者として過ごせるのだからな」
つまり異界にはここを含め五つのエリアがあるのか?
そしてあと4体この脚本家のようなバケモノがいるのか。
しかしお互いを認識しているということはそれぞれのエリアは行き来することができるのか。だが仲は良くなさそうだがならば何のために行き来するのだろうか?
「思い出しただけでイライラしてきた」
そう言うと脚本家は再びページを破いた。俺たちにケーキを持ってきた、メイド服姿の人形が崩れ落ちた。
そして脚本家が何かを書きこむと、再び立ち上がった。
だが服装はメイド服ではない普通の服装だった。
「加賀美 壮一、貴様の顔は何度、潰しても、気が、済まない」
そう言って何の個性もない木の人形の顔を足として使っていた手で殴り始めた。
しかもその腕は伸び、まるで関節がないかのような挙動をしていた。
しばらく殴り続けていたが、やがて気が済んだのか、肩で息をしながらこちらに蜘蛛の顔を向けなおした。
「いや、ゲスト様の前でお恥ずかしい姿を見せえてしまいましたな。それで何の話でしたかね」
「いえ、そのことについては、もういいです。ところで話を戻すんですけどさっきの劇であのヤクザの両腕をもいだじゃないですかどうやってあんなにきれいにもいだのですか?」
「うん?あれは簡単なしくみだよ。体を操るのに使っていた糸を伝わせて完璧な演者にする蜘蛛に少しずつ嚙ませたのだよ。肩の関節を最初に人形にすることで簡単に外れるようにしたのだよ。人形自体にはそこまでの力はないからな。だが私の完璧な脚本と技術がなければできないがな」
先ほどの激情が嘘だったかのように、自慢げに脚本家は語った。
己の力が絶対的なものだと信じているのだろう。
だが、これですべてのパーツがそろった。
あとは賭けに出るだけだ。
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