人形劇の世界 プロローグ
六限の終わりを告げるチャイムが鳴った。
俺は氷室 廻、今年から影埼中学校に通っている特に変わったところもない、普通の中学1年生だ。
「起立。礼」
「ありがとうございました」
放課後にはいると、そそくさと荷物をまとめて友人に別れを告げて帰る者と、ゆっくり荷物を片付けながら放課後に何をするのか相談する者に分かれた。
今日は水曜日で部活動が全面休みだから皆放課後に何かしたいことがあるのだろう。
しかし俺がゆっくりと荷物を片付けているのはそんな理由じゃない。
ただほんの少し家に帰るのを遅くしたいだけだ。
誰もいないかもしれないし、だれかを連れ込んでいるかもしれない、もしかしたら機嫌がいいかもしれないし、やり場のないストレスを抱えているかもしれない。
いずれにしても結果は変わらない。待っているのはごみを見るような軽蔑の視線と、一切の反抗を許さない暴力だけだ。
早くても遅くてもそれは変わらない。ならば少しでも帰宅に時間をかけて、それを遅らせるのが精いっぱいの反抗だった。
「廻、お前もっと早くしろよ~待ってやってるこっちの身にもなれって~」
「待ってくれって言った覚えはないし、待っている必要もない」
こいつの名前は玄門 維斗こいつとは今年同じクラスになったばかりなのだが、なぜか俺にしつこく付きまとう面倒な奴だ。
「いいから、一緒に帰ろうぜ!なっ、ほらほら」
「あーもう、うるさい。わかったから少しは静かにしろ」
こいつは何で俺なんかにかまうのだろうか、もしかしたら俺の家のことを知って同情して声をかけているのか?
いや、それはないか、4月から一度も誰かに漏らしたことはないし、小学生の子らに児相が来てから、顔だけは手を出さないようにされているから気づくのは不可能だ。
まぁたとえ気づかれたとしても余計なお世話だが。
「はーやーくー」
「はぁ~」
俺はため息をつきながら手早く荷物をまとめた。
「なぁ廻、お前はなんか夢ある?」
歩きながらふと、維斗がそう言った。
「・・・そういうお前はどうなんだよ」
「俺はなぁ~強くなりたい。絶対に誰にも踏みにじられない強さが欲しい」
「厨二かよ」
「はぁ?そういうんじゃねえよ。ようするに金と地位を持った人間になりたいんだよ」
「政治家とか社長とかか?お前には無理だろ」
「ひどいこというなぁ~じゃあ次は廻の番だぞ」
「俺か...俺は」
少し考えてから言おうとしたとき、前方にヤクザみたいなスーツ姿の人物が三人ほど道の真ん中に陣取っているのが見えた。
関係ないだろうと思い道の端を通って通り抜けたとき、肩をたたかれた。
「君、氷室廻君かな?」
この感覚はよく知っている。心が急速に冷えていき感情が死んでいくあの感覚だ。
「君のおうちに行ったんだけど、誰もいなくてさぁ。そんでこんなものを見つけたんだよね」
それは手紙だった。そこに書かれていたのは、借金を滞納したことに対する謝罪と息子である俺を好きにしていいという旨だった。
「まぁ俺たちは何でもいいんだけどさ、とりあえずついて来てくれる?」
あ~あここで終わりか。でもまぁ少なくとも二度とあいつの顔を見なくて済むのは不幸中の幸いだな。
そう考えてすべてを投げ出そうとしたとき、誰かが俺の腕をつかんで走り出した。
維斗だった。
「逃げるぞ、馬鹿」
そう言って細い路地に入って行った。
細かい路地で何回も曲がって何とかまくことができた。
「なんで手を出したんだよ。あいつら絶対にお前も一緒に捕まえに来るぞ」
そう言ったら維斗はすごくあきれたという表情をした。
「お前そういうところが頭のいい馬鹿なんだよ。逆にあそこで手を出さない人間がいるか?いたらたぶんもうそいつが首謀者だよ」
「それもそうだな。すまん」
それに目撃者になってしまった彼を奴らはそもそもただで逃がしはしなかっただろう。そう考えるとあそこまで一緒に帰っていた時点で巻き込んでしまっていたのだろう。
「別に後悔はしてないからな」
「これからすることになるかもしれないだろ」
とりあえずこれはもう起こってしまったことなので、次は対策を立てなければいけないな。
「ところで、ここどこだ?」
あたりを見渡してみたが見覚えはない。
これだけなら、普段使わない道まで来てしまったんだろう、で済む。
しかしなぜだろう、どこかすごく違和感がする気がする。
「俺もこんなとこ来たことないな。いったん見つからないように来た道を」
「どうかしたか?」
「なぁ廻、俺たち今後ろから来たよな」
「そうだな、それがどうした?なっ‼」
後ろを振り返って気が付いた。俺たちが来たはずの道。それがそんなものは最初からなかったかのようにコンクリートの塀が置かれていた。
ここから俺たちの俺たちの命がけの冒険が始まった。
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