3話 校長の困惑
クラウン達から離れ、一度別の人物の様子を中継する。
タスカッティス魔術学校校長、ミュリエル・イーガンは、安楽椅子で貴重な休暇を過ごしていた。
「はあ。ラルゴ、ちょっとどいてくれる?飲み物を取りに行きたいわ」
彼女は読んでいた本にしおりを挟み、足元に寝そべる大きな犬へ呼びかけた。
「……フゥン」
「もう、そんなずっと乗られてるといい加減足が痛いわ」
大きな犬、もとい従魔のラルゴは寝たふりを続けて動こうとしなかった。
どうにか動かそうとラルゴの金色の豊かな体毛を揉んでいた彼女のもとに、一羽のデンゴンドリが向かっていた。
「デンゴン!デンゴン!」
デンゴンドリは彼女の部屋の窓をつつき大きく鳴いた。
「ワフワフッ!」
「んもう、何かあった途端仕事やるフリして。伝言ねえ、せっかくの休みだし面倒なことじゃないといいのだけれど」
窓を開けると、デンゴンドリは携えた伝言を話し始めた。
「……ごきげんよう、イーガン校長。アルバート・フォスターです。学校のことで一つ頼みがあるんですよ、これはあなたにとってもきっと利益のあることだ。」
「フォスター先生?はあ……面倒なことになりそうね。早く本題にいってほしいわ」
「せっかちなあなたのことだから長々とあいさつをする必要はないね。まずお知らせしたいのが、私に弟子ができた、ということです」
「っはぁ!?フォスター先生?何を急におっしゃいますの!?」
「いやはや、私が弟子をとる時が来るとは。長く生きてきて初めてだ。それで、私はその弟子を立派な魔術師へ育て上げなければいけないのだが、自分の研究も忙しい。ということで弟子をタスカッティス魔術学校に入学させようと思うんです。次年度の7年生から」
「ちょっと待ってください!あの大賢者が弟子をとったなんてそれだけで大ニュースよ?!しかも次年度に入学させるですって?!そんな次々と決めないでくださいよ……」
「ということでよろしくおねがいしますね」
「しかもそれだけ?もっと言うことがあるでしょう。というかそういう大事な要件はデンゴンドリなんか使わず直接来てほしいわ……」
「……デンゴンデシタ!」
彼女の困惑をよそにデンゴンドリは飛んで行ってしまった。
「もう……どうやら私から出向く必要があるようね。お留守番頼んだわよ」
「ワフッ」
彼女は手早く身支度をし、アルバートのもとに向かうようだ。
ここで、クラウン達の方に視点を移す。
◇◇◇
あれから僕は師匠に教えてもらいながらいくつかの本を読んだ。
魔術の補助として悪魔の死体から作られた杖を使うんだとか、魔術にはイメージが大切なのだとか、多くの人が使いやすいように効果の決められた呪文というものがあるのだとか。
どれも魔術を使う人々にとっての常識だと師匠は言っていた。
「いやー色々と読んだね。少し遅いが昼食にしよう」
「はい」
「そういえば昨日駅でなにか買ったはずだった。えーと確かここに……あった。これを使ってパスタでも作るか」
師匠は棚から乾麺を取り出し、鍋に水を張った。
鍋を焜炉で火にかけ湯を沸かす間、師匠は昨日買ったものを見せてくれた。
「昨日の街の有名なベーコンらしい。私もよく知らないし適当に買ったからなあ、まあ美味しいだろう」
僕がまな板に置かれる分厚いベーコンを眺めていると、玄関の方から扉を強く叩く音が聞こえてきた。
「あれ、何か配達でも頼んでいたっけな」
そちらへ向かう師匠を追いかけてみる。
ノック音はドンドン、と強まっているが師匠は焦る様子はなくゆっくり扉を開けた。
「はーい……ああ!イーガン校長!」
「なにが『ああ!』ですか!あんな伝言寄越しといて!」
外にいたのは背の高い女性だった。どうやら怒っているようだ。
「あれを聞いて返事をしに来てくれたんですか?わざわざ直接来て下さるだなんて」
「そりゃあそうでしょう!?あんな重要な事デンゴンドリなんか使わず直接話してください!」
「いやあ、お忙しいでしょうからとりあえず伝えるだけ伝えておこうかなと」
「はあ……あなたは自分の影響力を理解していない。しかも次年度に入学って、あと二か月しかないのよ」
「まあ、早く色々と決めた方が良いのは確かですね。弟子も紹介しますよ、どうぞ上がってください」
「どうも」
そんなやり取りがあって、女性が家に入ってきた。
後ろで棒立ちしていた僕に気づいて、
「あら、この子は?」
と師匠に訊いた。
「言っていた弟子ですよ。昨日拾った」
「えっ?昨日拾ったですって?」
「ええ。旅行帰りに魔術生物が落ちてたもんですから、魔術師に育ててみようかと」
「はあ……そんな急に思いつきでみたいな感じだったんですか?」
「いやいや、そうかもしれませんがこの子は見込みがありますから。さっきまで魔導書で一緒に勉強してたんですよ、なあクラウン君」
「え、はい。そうですね」
「まあ、言葉が分かって文字の読み書きができれば魔術生物でも本校は受け入れていますが……」
師匠が色々と急なのは僕も感じていたから、女性のほうに共感しながらリビングへ向かった。
「昼食はもうとられましたか?」
「ええ、行きに軽く」
「すいません、私たちの分すぐに作ってしまうので少し待ってくださいね」
「お気になさらず」
師匠は湯の沸いた鍋で麺を茹で、その間にベーコンや野菜を切って炒めた。茹った麺を炒めた具材に合わせ、調味料を入れたら皿に盛った。
昨日から思っていたが、なぜ師匠は少なめで僕にばっかり盛るのだろうか。
「あら、フォスター先生ってそんなに料理する方でしたっけ?」
「む……校長、弟子の前でいい顔したいのです。ばらさないでくださいよ」
「まあ……ふふ」
なんと、そうだったのか。昨日から簡単に料理してみせるものだから、普段からしているのだと思っていた。
師匠は少し照れるようにしながら僕の分のパスタの皿をテーブルに置いた。
僕はそれを食べながら、二人の話を聞いていた。
「先に話をしましょう。入学の件、いかがです?」
「特に大きな問題はないのですが、手続きがいろいろと必要です。あと、拾ったばかりの魔術生物を7年生からの入学でいいのかという……」
「手続きは急いでやります。足りないことがあったら私が補えばいいかと7年生からの入学にしようと思っているのですが、厳しいでしょうか?早く魔術に触れさせたくて」
「まあ……フォスター先生がそう言うなら……お弟子さんはどうお考えで?」
女性が僕の方を見た。急に自分に振られて驚いた。
「ええと……僕は師匠の言う通りにしようかなと……」
「……そうですか。フォスター先生」
「はい」
「ひとまずお弟子さんの入学を認めましょう。あらゆる者に魔術を学ぶ機会は存在するべきですから」
「それはよかった!」
「ただし、何かあったらフォスター先生の弟子であることは関係なく対応させていただきますからね」
「もちろんですとも」
どうやら何とかなったようだ。
それから僕は昼食を食べ終わり、「君にとってはつまらない話だろうから本でも読んで待っているといい」と言われたので、ソファでさっき読みかけていた本を読み始めた。