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梟と道化  作者: 升太
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1話 目覚め、拾われる

 雨の音が聞こえる。体に水が滲み込む。僕は何者なのだろうか。

 足音が遠くから聞こえてくる。カタカタと鳴る足音がだんだん僕に近づいてきた。その時、ベチャっと音を立てて固い靴が僕を踏んだ。


「うっ……!」僕は痛みから思わず声を上げた。


「これはたまげた!ただの布切れかと思ったが……」


 男が言った。何を言っているんだろうか。するとその声の主は僕をつかんで拾い上げた。

 僕の目に初めて空が映り、男の顔が見えた。髪は重く、くせっ毛で濃いブラウン。瞳は橙色で瞳孔が丸くまっすぐこちらを見つめている。困惑しながら男から目を逸らすと、その無機質な瞳が一瞬できらりと輝いた。


「興味深い……実に興味深い!君、うちに来ないかい?いや、来るべきだ!来たまえ!」


 何を言いたいのか相変わらずさっぱり解らないが、男はとても興奮しているように見えた。


「あの、どういうことで、」


 僕が何か言おうとするところで、男は僕を抱えて走り出した。


「ちょっと!こっちの言い分も聞かずに何考えてるんですか?!」


 流石に少しむっとしたので、僕は強い口調になって言ってみた。すると男は走るのをやめ、


「ふん。君一人で何をすると言うんだい。大方生まれたばかりの魔術生物だろう。だが君は素質がある。この私が立派な魔術師に育て上げてみせよう」


 と、自信満々な顔で言った。魔術生物?僕は自分の姿が見えないからどんな生物か分からない。確かに、何も知らないのに一人で出来る事なんてないかもしれない。それなら大人しくこの男について行った方が良いのかも知れない。そう思い、僕は抵抗をやめた。


 強い風と雨の槍が僕の体温を下げる。

 男はそれ以降何も言わず、僕を守るように抱きかかえてどこかへ向かって再び走り出した。

 しばらく走り、男は他より一際大きい建物の屋根の下で止まった。男が遮ってくれたとはいえ、僕の体は雨でびしょびしょに濡れていた。


「あなたは何者なのですか?」

「ああ、申し遅れたね。私はアルバート・フォスター。世界最強の魔術師であり、大賢者の異名を持つ者だ!」


 またもや自信満々に、背中の翼を大きく広げて言った。水しぶきがこちらに飛んで来るかと思ったが、不思議なことに彼の体は全く濡れていなかった。世界最強か……よく分からないが凄いのだろう。


「おっと。驚いたかい?羽角だけでは分かりにくいからね。見よ!この大きな翼!魔術に長けていると言われる梟人が持つ誇らしい翼なのだよ!」


 一瞬なんのことか分からなかったが、数秒経って気づいた。彼の背中の翼と頭から二束生えている黒い毛。彼以外の人を見た事がないので気づかなかったが、どうも違和感のあるものが着いていた。それらが彼の言う梟人という人種だけが持っているものなのだろう。


「旅行先でこんな良い偶然があるとは。雨の中散歩に行ったかいがあったよ。予定より早いが、帰って洗ってやらないとだからな。次の列車で私の街に帰ろう」


 どうやら彼はこの街に住んでいる訳では無いらしい。それから大きい建物、もとい駅の中に入った。

 彼は時刻表を睨んで「ふむ、次の列車は30分後か」と呟き、土産屋やカフェテリアが並ぶ方へ歩いていった。彼は土産屋で何か買い、切符を買ってホームへ入った。

 さっきまで全然人がいなかったのに、ホームに入ると人であふれていた。アルバートのように背中から翼が生えている者もいれば、尻尾や獣耳のある者、角があるのもいたりした。


「驚いただろう。ここは有名な観光地でね。本来ならこのように人であふれているんだが、時間のせいか天気のせいか街にはあまり人がいなかったんだ。初めて見ただろう、こんな沢山の人種を見る機会は魔術生物にはそうそうないからね」

「人にはこんなに種類があるんですか?」

「ふふっ。この程度ではないよ。私の弟子になって生活しているうちにもっとたくさんの人や生き物に出会うことになるだろう。最初にあったのが私でよかったね。悪い人間に出会っていたら散々な目にあっていただろう」


 勝手に弟子になることになっているが、確かに僕は運がよかったのかもしれない。あのままだったらきっと起き上がることもなくただ道端に倒れていたかもしれない。

 それからすぐ、列車がガタンゴトンと線路を鳴らしてやってきた。


「人が多いから座れないかもしれないな。すまないね」


 そう言いながらアルバートは列車の中に入って行き、僕もそれに続いた。

 列車の中にはさっきホームにいた人々がどんどん入ってきて直ぐにでも満員になってしまいそうだったが、運良く僕達は椅子に座ることが出来た。できるだけ多くの人が座れるようにと、アルバートは僕を膝に乗せて座った。自分の姿は見えないが、これを見るに僕は小さいんだろうな、なんて考えていた。

 そうこうしてると、いきなり隣に座っていた鼠耳のおばあさんが話しかけてきた。僕にではなくアルバートにだろうが。


「おや、あんたそいつ拾ったのかい?あの街にそんな魔術生物が居たなんて、珍しい事もあったもんだねぇ」

「そうなんですよ。雨の中散歩してみてよかったです。面白そうなので私の手で育ててみようと思いましてね」

「そうかいそうかい。《聖なる流星》みたいなこともあるものねぇ。その子も強い魔術師になったりして」

「それは楽しみですね」

「名前はもう付けたのかしら?」

「名前はこれから決めようと思っています」

「そうなの。いい名前付けてあげてね」


 それからしばらくして、いくつか先の駅に着いた。

「降りるよ」とアルバートがまた僕を抱えてホームに降りた。駅の天井は高く、全体的に白でまとめられていて清潔感があった。


「さて、家に帰るぞ」


 外の開けたところに出るや否や、アルバートはそう言って翼を広げ、飛び立った。急なものでびっくりしたが、僕は落ちないようにしっかりとアルバートに掴まった。そしてどんどん街の栄えているところから離れていき、森の中にある一軒家に降り立った。


「ここがアルバートさんのお家ですか?」

「ああ。といっても普段は空けている」


 中は広く、天井も高かった。床に敷いてあるカーペットがとてもふわふわしている……しかし、僕はその感触を得ることはなかった。

 アルバートは僕を椅子に下ろし、「何か飲むかい?」と聞いてきた。なんでもいいと言うと、では同じ紅茶でいいか、と呟いた。

 彼がキッチンでお湯を沸かしている間、僕は部屋を見渡した。リビングにはソファとテーブル、本棚があり、その近くには大きめの暖炉があった。暖炉の近くには机もあり、その上には紙の束が積まれていた。


「それは魔術の研究資料だ」いつの間にかアルバートは紅茶を淹れて持ってきていた。そして僕の向かいに座り、僕をじっと見つめた。

「さて、まずは名前から決めよう」

「そういえば言ってましたね、そんなこと」

「ああ。君がどんな魔術生物なのかもわからなかったからね。だから君に似合う名前を私が付けてあげよう」


 アルバートは紅茶を一口飲み、カップを置いた。そして僕の方をじっと見た。僕は少し緊張しながら彼の言葉を待った。


「ふむ、被っている布……のように見えるが体の一部なのだろうか?まあいい、その頭の部分が道化師に似ているな。《クラウン》とでも名付けよう」

「くらん……?」僕は思わず聞き返した。

「ああ。君はこれからクラウンだ。大賢者から授かった名として誇りに思ってくれてもいいんだぞ?」

「はあ、わかりました。僕はこれからクラウンです」


 それから僕達は夕食を食べ、ソファを使わせてもらい、眠りについた。

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