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「仲良くしてるな、待たせて悪い」

「いえ…」


 三人分の朝食をのせた盆を運んできたアネリは、ぎこちなくも既に仲良さげに話している二人の子供を見て思わず微笑んだ。これはまだしがらみの少ない子供たちにしかできない交流だろう。

 食卓にゆっくりと盆を下すと、セシルは興味深げに皿をちらりと覗いた。


「悪いがセシルは粥だな。なんせ三日も寝てたからな」

「三日…!?」

「もう目をさまさないのかと思っちゃったよ」


 差し出された粥を見ると、普通の粥と変わらない。しかし、それと同時に聞こえてきたことの衝撃に、驚きのあまり、掬った粥がぼとりと皿に落ちる。三日も寝ていたなら、お腹も空くはずだ。


「お前はちょっとした呪い(まじない)を受けて眠ってたんだ」


 アネリはいつになく、慎重に言葉を選んでいた。アリアに関する懸念は晴れたが、今は本人の心のケアも合わせて気にしなければいけない。

 ハヴィが別れ際に伝えてきたことを思い出す。


『アネリ、私はあの子の両親が死んだ時の記憶を封印したわ。目の前で肉親が死ぬことって人にはとても耐えられることなんでしょ?』


 アネリも普通の人間とは違う人生を送ってきた。それ故にハヴィが不安げに放った言葉には同意することも否定することも出来ず、ただ分かったと返事をするのみに留めた。生まれてから親にすら愛されることなく、孤高の存在として生きる魔法使いに家族の情は理解しがたいものだ。

 幸いにもアネリの師匠であるレーナは、魔法使いとしては一風変わった感性の持ち主で、弟子や友人を家族と呼んで愛した。その考え方の全てを解することは出来ていないが、人にはそのような感情もあると教えてもらったのは確かだ。

 とにかく、何をするにも魔法使いと人間の感性の差は出るだろうし、納得する答えを得なければ彼は一生疑問を持ち続けることになるだろう。


 色々と考え込んで黙ってしまったアネリにセシルが恐る恐る話しかける。 


「あの、母と父がどこにいるか分かりますか?」

「…」

「師匠?」


 真っ直ぐな橙の瞳に見つめられてきまりが悪くなって目を逸らしてしまう。きっと布越しでも少年と同じ目をしている弟子は、暫し手を止めてこちらを見つめていたが、傍らの友人に何か言われたのか匙を取って食事を再開した。


「…とりあえず飯を全部食え、話は後でしてやる」


 そんなぶっきらぼうな言い方では彼を不安にさせただけだと知りながら、アネリは器に残っていた最後の一口を無理やり口に運んだ。

 

 最初は少し躊躇いながら匙を持っていた少年も、隣で勢い良く違う味付けの粥を頬張っているアリアを見て少し警戒心を弱めたようで、あっという間に完食していた。

 ハヴィの言っていたことが事実であれば、セシルは少し前まで、食事の度に毒味をされ、口に入れるもの全てに気を使われて育ってきたに違いない。

 こんな怪しい格好の者に、さあ食べろと言われて喜んで口に運ぶようであれば、彼の両親や使用人達は卒倒するだろう。


「食べ終わりました」


 礼儀正しく、食器を片付けた少年は真剣な眼差しでアネリの顔を見つめている。


「良い子だ。じゃあ、話してやる」

「…!」

「…ただ、この話はお前にとって少し酷な話になる」

「…構いません」


 少し眉を下げて、それからぎこちなく口角を上げた少年を見てアネリは気づいた。この子は聡い。これから自分が聞く情報はどう転んでも良い知らせでは無いことを悟ってしまっている。 


「子供の割に大人びてるんだな。」

「普通ですよ」


 アリアにそうするように、セシルの髪をくしゃりと撫でたアネリは悲劇が起こらなければ、この子は将来立派な領主になったのだろうなと少し残念に思った。

 ふと、アリアの方を見るとどこでもない方向を向いてにこにこと笑っている。その柔らかい金髪がふわりと不自然な風に撫でられたのを見て、見えない住人に感謝した。

 セシルに向き直って姿勢を正す。そして、なるべく感情を乗せずに、ずっと留めていた音を発した。


「セシル、お前の両親は死んだんだ」

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