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不思議な浮遊感に首を傾げる暇もなく、アルフィの隣まで運ばれる。すぐに下ろされたが、ダフニーは警戒を解かずに、こちらとアルフィを忙しなく見ている。
「お前、今までどこにいたんだ?」
「…」
ぴりつく空気の中に穏やかでかすれた声が落ちる。誰もがはっとしてその声の主を見た。今にも崩れ落ちそうなほど細い体は自信を支えるのもやっとなようで、ひどく震えている。
「君がいなくなってぼくは…」
「…ごめんなさい」
「いや……君は変わらなくていいんだ」
すこし愁いを帯びた表情になったアルフィの言葉を遮ったおじいさまは、何かを言おうとしてしばし躊躇ったように口をつぐむ。その間誰も言葉を発さなかった。しかし、耐えかねたようにアルフィがその口にそっと触れると、またかすかに口を開いた。
「君が…まだこの世にいてくれたこと、それを心から嬉しく思う…」
途切れ途切れに吐き出された言葉はひどく弱弱しかった。けれど、その口元に耳を寄せて聞いていたアルフィは少女のようにうれしそうに笑った。
「……わたしもよ」
その言葉が聞こえた瞬間、おじいさまはわずかに目を開いて、彼女の方を見た。そして、残りの力を振り絞るように手を伸ばす。その様子を部屋中の誰もが固唾を飲んで見守っていた。誰も二人の間にある感情のすべてを理解はできない。しかし、邪魔することはできなかった。その瞬間、部屋は二人だけの空間だった。ダフニーでさえも、剣を下ろして様子を見ている。その隙にアリアを隣まで引き寄せた。
しかし、彼女に届く前に力が抜けたおじいさまの手は落ちた。アルフィを押しのけて部屋の人々が寝台に集まる。
「……」
「大旦那様!」
部屋中が騒然となった。年老いた執事はおじいさまの手を取って首を横に振った。
「締まらないわね」
先ほどの切なげな表情が嘘のように、事も無さげに言ったアルフィに部屋中の人間から様々な視線が刺さる。その中に好意的なものは無い。しかし、そんな状況でもアルフィはあっけらかんと笑いながら空間の裂け目に踏み込みながらこちらを振り返った。
「お邪魔したわね、置き土産はこの子ってことで」
「は?」
指し示された先にいるアリアに視線が集まる。ダフニーは素早く飛び出してアルフィの首に剣を突きつけた。
「説明しろ」
「信じられない、淑女に剣を向ける殿方は嫌いよぉ」
しかし、大げさに剣を怖がって見せたアルフィは、いたずら気に笑って去って行った。
しばらくして、家族と一部の使用人だけの弔いがしめやかに行われた。皆の空気は奇妙なものになっていた。悲しみと、疑心、そして置いてかれたアリアの扱いについて。
ダフニーやほかの使用人たちは二人を引き離そうと、何かと理由をつけてきたが、離れたら何をされるか分からない。ただでさえ、メイのように魔法使いに恨みを抱えている人間が多い屋敷だ。
最終的にダフニーは二人きりにならないように見張りをつけることで妥協した。
「セシル、大丈夫?」
「大丈夫、これくらいなんともないよ」
使用人たちの困惑した視線を受けながら、アリアの巻いてくれた包帯を撫でる。
「最初からここに来るつもりだったの?」
「うん…アルフィさんにこのままお屋敷に居座っちゃえって言われて思わずいいかなって」
アリアは困ったように、セシルの手をきゅっと握った。アルフィの行動が読めないことくらい、いつも通りだと思えるほどにセシルも里に馴染んでいたが、何よりもタイミングが悪い。アリアは誰にでも朗らかで躊躇わずに関わりに行くような性格だが、屋敷の人間たちの視線に気づいてないわけではない。
「知らなかった。セシルはいるけど、友達が誰もいない場所ってこんなにさびしいんだね」
精一杯の強がりでほほ笑んだ彼女の手を握る。遠くの方から驚いたような声が聞こえたが、何も聞こえなかったふりをして両手で握りなおす。
「大丈夫、僕がここにいるでしょ」
「……」
「僕が里に来た時、アリアがいてくれたから僕は寂しくなかった」
「っ…」
その言葉にじわりとアリアの胸が熱くなった。滲んだ涙が布まで届かないように上を向いた。
「そうだよね、私はセシルの姉弟子なんだし」
「そうそう、頼りにしてるよ」
「もう、適当に言ってる?」
いつもの調子に戻ったアリアにそっと息を吐く。明るくて純真な彼女の顔をこれ以上曇らせることにならなくてよかった。もし、ダフニーが追い出すというのならばこちらの意思で出て行けばいいだけだ。昨日の長の言葉は、きっと人間社会に戻りやすいように気遣ってのことだったのだろうが、アリアが悲しむくらいならそれを無碍にしてでも、逃げ出す。セシルは薄暗い決意を胸の中にそっとしまって笑った。
「本当だよ、アリアは師匠の自慢の弟子で、僕の姉弟子なんだから」




