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ダフニーとまた静かな食卓を囲む。出てきた者たちはここ数日同様、ここ半年間で食べていた食事とは比べ物にもならない豪華さだったが、あの家で感じた胸まで満たされるような感覚はないと改めて思う。
一切無駄のない所作で切り分けたステーキを口に入れたダフニーは咀嚼しながらこちらを見た。
「この半年、ずいぶんと庶民に近い暮らしに馴染んだものだな」
「すみません」
食事の作法は覚えていなかったわけではないが、彼にとっては見苦しいものになっていたらしい。反射で謝ると首を振った彼はまたナイフを置いた。
「別に怒ってはいない。だが、お前はその暮らしに戻りたいと思っているか?」
「…」
即答は、できなかった。けれど見透かされているのだろう。もう両親たちの碑の前で見せたような和らいだ表情は欠片も残っていない。
「これはもっと早く言わなければならなかったが、お前が元の生活…テルジア家を復興することを望むか、それともここに来る前までの暮らしに戻ることを望むかでは対応が変わる」
「この半年、さぞひどい目に遭ってきたんだろうと思っていたが、ここに来てからのお前を見てる限りは強がりでもなく本当に彼の地で可愛がられてきたように見える」
「彼の地…」
「あそこは本来口に出すのも禁忌とされている場所。遥か昔に国の歴史から消し去られた場所だからな」
何かを誤魔化すように咳ばらいをして食事に戻ったダフニーはもう口を開くことなく、残りの食事をあっというまに平らげて部屋を出て行ってしまった。彼が出て行った扉が閉まると同時に背中から力が抜ける。
「すみません、旦那様は不器用な方でねぇ」
「おじさん、変な人だな」
「セラもいたのか」
後ろから聞こえてきた声に思わず振り返る。そこにはメイド長といつの間にか入ってきたセラが並んでいた。もしかしたら彼らには聞かせない話だったのだろうか。
セラはダフニーの食器を片付けながらぼやく。
「確かに俺もお前はあそこにいた方が幸せになれるとは思うけどな」
「まぁ、内緒話ね。私にも教えてくださる?」
「カリナさんにはかんけー無いよ。これは男の秘密だからね」
「いじわるね、仲間外れなんて」
わざとらしく頬を膨らませて怒って見せた彼女は、セラの手からさりげなく食器を取り上げて食堂を出て行ってしまった。その様子を見たセラは大きく息をつく。
「やっと二人になれたね」
「セラはご飯食べた?」
「あぁ、だから坊ちゃんも早く食べな、冷めちゃうだろ」
言われてはっとする。彼が手伝っていたスープもメインのステーキもほぼ冷めきっていた。ナイフとフォークをとって、先ほどの彼の所作を思い出しながら口に運んでいく。
「俺しかいないんだからそんなにしっかりしなくてもいい。それともお前はこのままこの家に残るのか?」
「…」
「俺はあそこにいた方が絶対楽しいと思うけどね。魔法も使えるようになったんだろ?」
「うん、でも使うたびに腕が焼けたみたいになるけど」
包帯の巻かれた腕を見せると顔を顰めたセラはそっと腕に触れた。その優しい手つきに屋敷をこっそりと抜け出し、怪我をした時に手当てをしてもあった時のことを思い出す。
「ま、お前が決めることだから俺は口出ししないよ」
屋敷にいたころと変わらない気楽な声音で言ったセラは、食器を回収して食堂から去って行った。食堂から出ようと扉に手を掛けようとしたその時、柔らかな風が頬を撫でた。振り返っても何もないが、室内で感じるにはどうも不自然な風だった。
「人間のところでもよくやれてるみたいだね」
「!?」
突然耳元に響いた声に思わず一歩下がった。しかし、視界に揺れる黒髪に不思議と安堵を覚える。
「長…」
「昼間はごめんね。でも君の不利になることは言ってないと思う。これで君は魔法使いの被害者として人間たちに受け入れてもらえるだろう?」
「なんであんなこと言ったんですか?あなたたちは…」
「君が魔法使いたちのスパイとして疑われていたからだ。分からないかもしれないけれど君がこっちの世界で生きていく以上は私たちと関わりがあることは知られないほうがいい」
「…では、若様は魔法使いになったと考えてよろしいのですか」
突然、知らない女の声が響いた。声の方向を見ると、ひとりのメイドが感情の無い瞳でこちらを見ていた。
「君は?」
「私はメイと申します。若様、今の話は本当のことですか?」
「若様、ね。もしかして君は元々セシルの家の…」
「あなたには聞いておりません」
意外そうに聞きかけたレーナをぴしゃりと遮った彼女はこちらに顔を向けた。
その顔には何の感情も浮かんでいないように見える。しかし、目を見ればそこに宿る感情はすぐに理解できた。
「旦那様を手にかけたのは魔法使い。それなのにあなたは魔法使いに与するというのですか?」




