61
「着いた」
「ここは?」
聞いてもダフニーは答えず、しゃがんでセシルをおろした。慎重に地面に降りると心地よい風が頬を撫でて辺り一面に咲く花を揺らした。
「ここは…お前の両親の墓だ」
「…!」
静かな声がそう言った間に殴られたような衝撃が頭を揺らした。しゃがみこんだまま足元に咲いていた小さな花を摘み、あり合わせの花束を作ったダフニーは静かに石碑の元へ花束を供えた。
「君たちの最愛を連れてきたぞ」
そういって静かに祈りをささげたダフニーの隣に並ぶ。碑に刻まれた名前は確かに両親ののものだ。そしてその下にも複数の名前が刻まれている。屋敷にいた使用人たちのものだ。その文字をぼんやりと眺めていると、ダフニーが口を開いた。
「お前は半年前のことについてどれだけ覚えている?」
「屋敷が燃えて、目の前で母様が死んだこと以外は何も」
「…お前はどうして助かった?」
「わかりません、気付けば魔法使いの住む里に連れてこられていました」
「…奴らに実験されていたというのは本当か」
「いいえ、そんなことは絶対にありえません」
次々とされる質問に慎重に答えていく。けれど、最後の質問を答えるとダフニーは難しい顔をして口を閉じてしまった。王城の衛兵のように彼も疑っているのだろうか。
「僕もここに眠らされるのですか?」
「…なぜそんなことを?」
「違うのですか?」
問いかけるとダフニーは深いため息をついて地面に寝転がった。これまでずっと鉄の棒でも背中に入っているようなまっすぐな姿勢を保っていた彼のだらしない姿に少し面食らう。
「そんな気、微塵もないさ。言っただろう、僕がお前の後見人になると」
「…?」
「お前が魔法使いの洗脳を受けていたとしても、お前が人ならざるものになったとしても僕は友人との約束を守る。それだけだ」
「それにあの魔女はわざわざ私に向けてお前のことを大事な友人の形見と言った。言い方からしてこちらのことはあらかた調べられているのだろう。だから今更内通だのなんだのと言ってお前を追い出すことには何の意味もない」
そう言うなり起き上がるとダフニーは目の前にしゃがんできてこちらの目をじっと見つめてくる。彼の目は奇麗な青色だ。髪は白髪交じりになっているが、その目元は若々しい。本当は父と同じくらいの年なのだろうか。
「お前が母から受け継いだ色はどこに行ってしまったんだろうな」
「さぁ…母が持って行ってしまったのかもしれませんね」
暖かい光の粒になって消えていった母の姿を思い出す。最後に見たのが燃え盛る屋敷でセシルをクローゼットに隠したときの悲しみに満ちた表情ではなくて良かった。
「お前は強い子だな…」
ぽつりとこぼれたような声は花を撫でるように吹いてきた風にさらわれていった。
「おかえりなさいませ」
何も聞くことなく出迎えたベンは御者席に戻り、僕たちが馬車に乗り込むと同時にゆっくりと馬車を走らせ始めた。
ふと思い出した疑問を口に出す。
「そういえば後見人って何ですか?」
「分かってなかったのか…?簡単に言えば私がお前の身元を保証するという意味だ」
「身元…」
「今のお前はテルジア家の者であることを証明するものを何一つ持っていない。私はお前が失踪する前に顔を見ているから分かったが、目の色が変わっているからな。世間からあれこれ言われるのは避けられないだろう」
「そうなんですね…」
あそこに刻まれていた使用人の名の数からして、屋敷にいたほとんどの人間あの火の中で命を落としたのだろう。そこにはセラの両親の名前も刻まれていた。もうあの屋敷で日々を過ごし、自分の顔を覚えていた人々は世界に数える程もいないのだと静かな実感が胸に残る。
「おじいさまは…」
「彼はまだ生きている。が、ここ半年の心労からか以前から患っていた病気の容体が悪化してきている」
「お会いすることはできますか?聞きたいお話があるんです」
「…お前が望むならば明日にでも都合をつけよう。そのほうがあの方にとっても良いはずだ」
少し食い気味に反応してしまったが、彼は表情を少しやわらげて頷いた。
屋敷に到着するとメイド長だけが出迎えた。不思議そうな顔をしていたのを見られていたようで、メイド長は朗らかに微笑んだ。今日はみんな別の仕事をしているらしい。
ダフニーは少し不思議そうな顔をして問いかける。
「あの子は到着してないのか」
「あぁ、あの子ならば厨房でシェフに扱き使われているところです」
「なぜだ」
「自分も働きたいと他の子達に纏わりつくものですから」
穏やかな笑みで廊下を指し示したメイド長についていく。
たどり着いた厨房にいたのは、すっかりきれいな格好に着替えたセラだった。
「セラ!」
「帰ってきたのか、今日の夕飯は俺の特製スープだぞ」
「無事だったの?」
「おう、お前が王城に連れていかれてるうちに隊長たちは捕まってね。俺も色々と吐かされた後、そこのおじさんにここまで連れてこられたってわけだ」
「旦那様だろ!」
「いてっ」
セラのすぐ後ろに立っていたシェフがすかさず頭をはたいた。セラは不満げな顔を向けたものの、黙って沸騰した鍋に具を追加した。
「気にするな。外部の人間の目のある所でだけしっかりしてくれればよい」
「ほら、旦那様もこう言ってるんだしぃ」
わざとらしく煽るような顔を向けたセラにシェフはもう一発入れた。




