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「セシル様、今日は国王様に謁見だそうですね。私たち一同で大いにおめかしさせていただきますわ!」


 張り切って胸を張ったメイド長に肩を押されて姿見の前まで来た。自分でできると言っても言っても結局最後は流されてしまうので抵抗は諦めて腕を上げる。次の瞬間には手触りの良いシャツが着せられていた。

 昨晩の夕食では結局、あまり実のある話はしなかった。ダフニーはただ一度だけ魔女の里にいたのか、とだけ聞き、肯定した後しばらく沈黙した。そして彼は明日国王と謁見してもらうとだけ言い残して食事を終えた。ただ気まずい食事の後、ダフニーは再び王城に出向き、見送りが終わると同時にあっという間に風呂に入れられ、気付けば寝台の中に寝かされていた。里で経験したのんびりとした生活とはかなり違う。


「何か懸念でも?」


 髪に櫛を通してくれていた使用人の一人が無表情で問いかけてきた。昨晩洗濯について聞いてきた使用人だ。


「あ…いえ、陛下にお会いすると考えたら緊張してしまって」

「大丈夫ですよ。セシル様はまだ十にもなっていないのですから多少の無礼は咎められませんでしょう」


 表情は変わらなかったものの気遣いを含む声だ。少しだけ口角を上げた彼女は一礼して退室していった。残された衣装係たちは大騒ぎしながら準備を進め続けている。


「あの子笑えたのね!」

「ほんと、今夜のご飯は豪華にしてもらわなくちゃ」

「セシル様、靴下は何色がいいですか?」


 聞き流していた会話の中で急に呼ばれて慌てて声の聞こえてきた方向を見ると、色とりどりな靴下が並べてある。白じゃないだろうか。なぜそこに奇抜な桃色や緑色、虹色のものがあるかは置いといて。


「やっぱ謁見と言ったら無難に白ですよね…?でも、第一印象は見た目が九割…」

「白でお願いします」


 選択を委ねてはいけない、その直感に従ってぶつぶつと何かを呟きだした彼女に念押しする。別に印象を残そうとは思っていない。残念そうな彼女の顔を見ないように鏡の中の自分と見つめ合う。夜空を映したような瞳は相変わらずだ。


「はい、これで終わりです」


 すべての支度が終わり、ベンに案内されて馬車に乗り込む。今日は一人だ。王城にはダフニーがいるというけれど、昨日の様子からしてあまり歓迎はされていなさそうだった。そう考えると少し憂鬱になる。里長に言って連れて帰ってもらえばよかったと情けない気持ちになる。こんなに大ごとになるとは思っていなかったのだ。

 憂鬱な気持ちで街を眺める。アリアは元気にしてるだろうか、フェリスもネルもいるが、彼女にとって師で、親代わりで、この世で一番好きな師匠がもうこの世にいないことは耐えがたい苦痛になるだろう。馬車から見える平和な街中を走り回る子供のように、健やかに暮らしてほしい。そう願う権利はもうないのかもしれない。奴らを呼び込んだのは結局自分なのだ。

 考えれば考えるほど悪い思考に向かっていくのを感じて頭を振る。


「まだ緊張しているんですか?」

「…あぁ、少し」


 御者をしているベンは前を向いたままだ。少し笑って手綱を握りなおした彼は馬に指示を出す。


「心配することはありません。旦那様がすべて手配してくださっているはずです」


 その優しげな声には彼の主人への敬愛が含まれている。その声を聞いていると自然と心が落ち着いてきた。


「いくらでもお話ししますよ。旦那様についても、あなたの御父上が旦那様とどれほど親密であったかも」

「聞きたいです」


 父と彼の関係性についてはまだちゃんと聞いたことはなかった。気にならないはずない。しかし、思わず身を乗り出したところで、ベンは前を指さしながらいたずら気に笑う。


「では、今日が終わった後にでもお話ししましょう」


 その指の先には昨日見た王城がいつの間にか現れていた。その絢爛豪華な建物を見て一気に気分が落ちる。


「はは、そんなお顔をされないで下さい。旦那様もお迎えに来てくださっていることですしね」


 思わず外を見ると門番の立つ門の向こうに白髪交じりの黒髪が見える。表情までは見えないものの少しそわそわとしているように見える。


「通行証は…っブランシャール家の方だな」


 ベンの顔を一瞥して通行許可を出した門番は、背後に控えているダフニーを見て少し体を震わせた。微笑んでその場を通ったベンはダフニーの目の前で馬車を止める。


「ようやく来たか」


 馬車から降りるとダフニーはこちらを見下ろして少しの間黙り込んだ。そして、何やら考え込んだ後にネクタイや細かな服の皺を直してくれた。


「ありがとうございます」

「気にするな」


 ダフニーはそれだけ言うとそのまま歩き出した。慌ててついていく。一度振り返るとベンがこちらに小さく手を振っている。彼はここまでらしい。


「昨日は眠れたか」

「はい」

「体調は良いか」

「はい」

「その傷、火傷は手当されていないのか」

「は…いいえ!」


 流れるような質問攻めに思わず頷きそうになって、思わず首を振った。とんでもない罠だった。


「そうだろうな。我が屋敷の者が放っておくはずがない」


 その声は相変わらず厳格で、表情も柔らかいものとはいいがたい。しかし、昨日聞いた口調よりも少し柔らかいものである気がした。


しばらくセシルの話になるかと思います。

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