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「こ、れは?」
「びっくりさせてごめんね、この子は人間の子どもだよ」
緑がかった半透明の結界に守られて眠っている子の顔は幼い。アリアと同い年くらいだろうか。どういう経緯で連れてこられたかは分からないものの、顔全体に黒い汚れと目尻には涙の跡がついている。
「どうしてここに?」
「あの…それについては私が説明します」
輪の中にいた魔女が一人、控えめに手を挙げて一歩進み出た。帽子の装飾である青い花がしゃらりと揺れる。彼女は引っ込み思案で、いつもこのような会議で発言することはほとんど無い魔女だ。彼女の服は会議向きの綺麗なものではなく、むしろ少し汚れている。手を挙げると同時に少し揺れた広めの袖が焦げている。
「この子は、私の友人の子です…彼女とその家族が不幸に遭い、帰らぬ人になったため私が連れて帰ってきました」
そう言って、彼女は全ての経緯を話し始めた。彼女の友人は人間で貴族の妻だったらしい。どういう経緯で知り合ったかは分からないが、お互いかなり親しかったようだ。
魔法使いは人間と交わることは無い。これが今の人間の世界における常識であり、魔法使いが引いた境界線でもあった。
そんな中、彼女の友人の家の者から魔女と関わりを持っているという事実が密かに広まっていった。そして、彼らの統治する領土で起きる事件や不可解な現象、更に不作までもが魔女のせいにされた。
今年は特に不作の年で、領主である彼女の夫は税を引き下げたが民たちの不平不満は収まらず、とうとう領民による反乱が起きた。
彼らの家に本当に魔女がいれば、民衆など屋敷に一歩たりとも踏み込まれはしなかっただろう。
しかしそうはならなかった。親交があると言えど、魔法使いは気まぐれな生き物で、相手も忙しい身の上だ。月に一度お茶会をする程度の関わりだった。
「それでも、彼らが万が一危険な状況に陥った場合のために魔道具を渡しておいたんです」
「それが上手く機能しなかったのか?」
「いえ…」
話が進むにつれて彼女の声はか細く、震え始めた。その顔を覆っている薄布は彼女の震えと共に細かく揺れ、布を飾る装飾がカチカチと音を立てていた。
「彼女は、自分の息子に道具を持たせたんです。私の魔道具はあまり性能が良くないから、一人しか守れない…その事を伝えた時の彼女の表情の意味を、この子を抱いた時初めて理解しました…」
「ハヴィ、もう自分を責めるのはよしな」
「私にもっと力があれば…いや、もっと様子を見に行くべきだったのでしょうか……」
「ハヴィ、大丈夫。君は強い子だよ」
レーナが優しい声音で語りかける。魔法使いは生まれてからすぐに親に捨てられる場合が多い。親に愛されることも無く、師匠から愛を学べれば幸いだが、一生憎しみを忘れられず、人間界に降りて害悪と呼ばれる存在になってしまう者もいる。そのために人間の親子という関係を不思議に感じ、理解できないものも少なくない。
「それで、この子はどうするのかしら?そのための会議なんでしょ」
重苦しい空気を全く気にしないようにつやめい女の声が場に響く。黒の布地に金銀の装飾や宝石をこれでもかと着飾って、ずっと見つめていると目が痛くなるような派手さを纏った女は、大きくため息をついた。
「アルフィ、もうちょっと…なんて言うか、本当にお前ってやつは…」
何人かからお前が何とかしろという無言の圧を感じてその派手な女、アルフィを宥めようと試みる。魔法使いたちの中で群を抜いて奔放で空気を読まない性格は出会った時から少しも変わっていない。
そして、この中でアルフィと関わりが一番深いのは、遺憾ながらアネリだった。このような空気は彼女が最も嫌うもので、アネリはそんな時、常に尻拭いをさせられていた。
もはや慣れてしまった役回りに溜息をつきながら彼女の肩に手を置く。
「もうちょっと黙ってろ、な?」
「あぁ、みんな待たせてごめんね。そうそう、今日の議題はそれなんだ」
とうとう泣き出したハヴィを慰めていたレーナが顔を上げて真剣な声音になる。ここでは誰の表情も見えないため、声色で語る。
その言葉を受けて、恐らくは欠伸を噛み殺していたであろう他の者達も一斉に顔を上げた。
「この子を弟子に取りたいって人、手上げて」