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「きゃーっ!」
どこからか飛んできた銃に弾き飛ばされたであろう腕を、レーナはすんでのところで受け止めた。同時に腕の持ち主が楽しげな悲鳴を上げながらこちらにやってくる。
「長!ナイスキャッチー!」
髪を振り乱しながらも少女のように無邪気な歓声を上げて戦う少女は、レーナが何か言う隙も与えずに残りの腕で飛ばされた方を受け取った。
「いくら魔法があるからと言って…」
「いいじゃない、あれのことが分かればもう二度と食らえないでしょ?だから今のうちに食らっておくのよ」
魔法で痛みを遮断し、まるで接着剤で物をくっつけるかのように雑に腕と腕をつなげたアルフィは、こちらにその腕を差し出した。言うまでもなくここから繋げろということだ。戦闘が始まってから少なくとも彼女は五本腕を失っている。骨の位置を直しながら皮膚を再生していく。
腕の一本や二本欠けたとて、というのは人間の感覚ではおおよそ持ちえない感覚だが、魔法があれば結局治せてしまうのでどうしても危機感に欠けるのだ。
「まあ、あんな力は誰にも使えないように、どこか奥深くにしまっておくべきなんだけどね」
腕が治ると同時にさっそうと前線に舞い戻っていくアルフィを見ながら呟いた。
どこからともなく、聞き慣れてしまった轟音が響く。その度に愛しき姉妹たちの悲鳴と肉片が飛び散る光景が広がる。まだこちらが魔法使いであるから、深刻な状況にはなっていないが、この奇妙な兵器が人間同士で使われたらきっとこの世の地獄を再現できるだろう。とりとめもなく思考しながら、先ほど攻撃があった場所に目を向ける。そこには攻撃が当たり、頭が吹き飛ばされていながら宙に浮き続ける魔法使いがいる。彼女のもとに飛んで行って治療を始める。
「ア、…あり、がとう」
見る見るうちに再生された魔女は、出来上がったばかりの声帯から声を発した。アネリの声だ。顔を触って具合を確かめた彼女は、地上を見下ろした。そこには先の再生を目の当たりにした人間たちが立ちすくんでいた。
「化け物…」
「くそっ、最初から勝ち目なんかないって半年前に分かってただろ!?」
混乱に陥った者たちから興味なさそうに顔を逸らしたアネリは、逡巡しておもむろに左手を横に出した。地面に落ちていた箒が意志を持っているかの如く彼女の手元に戻ってくる。
「私がいなくても大丈夫そうじゃないか?」
「いや、君の頭を吹き飛ばせるほどの実力者がいるんだ。弟子が心配なのはわかるけど油断はできないよ」
「あちらにはアキの他に誰か行ってるのか?」
「分からない。あの館には結界を張ってあるから多少は大丈夫だと思うけど…」
目を閉じて少し意識を集中させると、ここからほど遠い避難所用の館の館が見える。しかし、少し前に貼りなおした結界が破られている。中の様子までは探れないのが歯がゆい。
「まずいかも、っ!」
状況をアネリに伝えようと振り返った瞬間、背中に当たる衝撃を感じると共に、意識が遠のいていった。
「じゃあ、気を付けて」
「うん、おじさんとフェリスおねえちゃんもね」
短い挨拶を済ませて館を出る。フェリスはおじさんの傍に残った。おじさんは一人でいいといったけどフェリスは足が疲れたと言っておじさんの傍に座り込んで動かなくなってしまったので誰にもどうすることもできなくなってしまった。
館を出て三人で黙々と支持された方向に歩く。今向かっているのは師匠たちが戦っている戦場だ。危険ではあるけど、大人と合流できれば結界の壊れたあの館よりも安全だから、とおじさんは言った。
「セシル」
重たい空気の中、ネルが最初に口を開いた。何かを言おうとしては口を閉じ、言葉を口の中で転がしている。
「何?」
布をつけなおして目元が隠れたセシルはいつもの穏やかな笑みを返す。いつもと違うのはさっき爛れてしまった腕だけだ。手当てしようにも冷やすほかに手がなく、誰も薬も持っていない。この状況では魔法で治せる大人のところに行くのが最善だ。
「さっき…魔法使ったよね」
「…うん」
「アリア!」
ネルが押し黙ってしまったので、彼が胸にしまい込もうとしていたであろう言葉を引き継いだ。ネルの焦りとは対照的に、答えてくれたセシルの声は依然として穏やかだ。
時々、セシルも本当は魔法使いでもう百年も生きてるんじゃないかと思うことがある。私よりも年上だとしても、その落ち着いた様子は里の大人たちよりも大人っぽいと感じる。人間と魔法使いの違いだろうと師匠は言ったけれど、人間全員が彼のように穏やかだったら彼がここにいることはなかったはずだ。
「アリアが怪我するかもしれないって思ったら、勝手に体が動いたんだ。…もう、家族を失いたくはないから。そしたら、なんか出た」
「そんな適当な」
爛れた手をじっと見つめながらぽつぽつと話すセシルはこちらを見た。前半までは深刻だった雰囲気が最後に付け足された言葉で一気に緩む。思わず噴き出したネルはセシルの肩を叩いた。傷に響いたのかセシルは顔を顰めたが、すぐに笑った。
「これはただの想像だけど、僕にはネルの師匠の、おばあ様の血が入ってるから魔法の力を使うことができるとか?」
「え?そうなのかい」
ネルは驚きのあまり、持っていた絨毯を取り落とした。端っこが焦げて機嫌の悪くなっている絨毯がネルの足をぺたりと叩く。絨毯をなだめるネルをよそにセシルと顔を見合わせる。
「あれ、教えてなかったっけ?」
「知らないよ、どういうこと?」
ネルは半年前にその事実が発覚した現場には居合わせたが、前後の話を知らなかったからかあまり理解していなかったようだ。
「アルフィおばさんはわたしとセシルのおばあちゃんで、わたしとセシルはいとこ同士なんだ」
できるだけ簡潔にまとめて教えると、ネルは固まって丁重に抱えなおした絨毯をまた地面に落とした。




