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「報告します」
豪奢な部屋に恐る恐る入ってきた兵士を見て、部屋の一番奥に座って仕事をしていた男はそっと心の中でため息をついた。その様子からして碌でもない情報が入ってくるのは確定している。王を前にして露骨に感情を出せるのは、余程の愚か者か、何も知らない無垢な子供だけだ。
「申せ」
「はっ…奴はまだ見つかっていませんが、王の許可証とタイホウ5台、銃を50丁所持した民衆約100人が魔法使いの里に通ずる森を通って行ったそうです」
「そのような許可証は出していない。十中八九、奴だろうな」
兵士の顔に緊張が走る。彼は牢獄の見張りから異動になった者だ。脱獄の瞬間に立ち会った訳では無いが、牢番全体の責任としてかなりの者に処分を下したので、彼らの間で件の脱獄犯はタブーに近い話題になっているようだ。脱獄だけならばまだしも、半年間捕まらないようであれば牢番だけでなく国全体の威信にもかかわる。
「先月の負けを取り返そうとでもいうのか?」
「それにあの武器は生産にそれなりの資源が必要となるはずだが、奴はどこからそれを調達したのだ」
「ヴェールでしょう」
少し離れた机で眉間に皺を寄せ、黙々と仕事を捌いていた厳格そうな男が口を挟んだ。もともと口数の少ない彼が話すところを見たのは一月ぶりだろうか。親友の訃報を聞いても眉を少し動かしただけで何一つ気にした素振りなどなかった男がただの報告に口を挟むのは驚くべきことだった。
「な」
「なぜ、とは言わせません。あそこは鉄の取れる鉱山を所有していた。それがわからないほどあなたも愚かではあるまい」
書類から顔を上げて王を一睨みした男は不機嫌さを隠そうともせずにため息をついて立ち上がった。そして、王の制止を無視して荒々しく重い扉を開くと、大きな足音を立てて出て行ってしまった。王の威厳などまるで薄っぺらい書類よりも軽いと言わんばかりの不遜な態度であったが、彼を責める気にはならない。彼は信のおける臣下である以前に、一人の親友を失ったただの男である。
「…」
萎縮しきった兵士を下がらせると王は人知れず、またため息をついた。先ほど出て行った彼の親友は言わずもがなヴェールの統治をしていたテルジア家の元領主の事だ。半年ほど前に突然起こった反乱によって離散した彼の一家の血縁は燃え盛る屋敷のほとんど命を落としたという。生き残ったのは隠居していた73にもなる老人と、未だに行方の掴めない9歳になるばかりの領主の子息だ。
そう考えたところで王は、ふと顔を顰めた。ここ一か月ヴェールに関する報告はほとんど聞いていない。それどころか書類が上がってくることもほとんどなかった。ふと、出て行った男の机を見る。
そこにはヴェールの町で生産量の跳ね上がった武器類についての報告が書かれていた。
「あれ、元気なくなってきた?」
「本当だな」
四人を乗せた絨毯はわずかではあるが、速度と高度を落とし始めた。それと同時に森の中に洒落た洋館が現れる。結界を数えると、ここにいるのはまだ一人だけらしい。早く着くことがあっても、これだけ人がいないのは珍しい。目を凝らしてもっとよく見ようと絨毯から少し身を乗り出したその瞬間、破裂したような音と同時に唯一の支えだった絨毯が大きく揺れた。
「なに!?」
「きゃっ…」
怪我を負った獣のように身を捩った絨毯は真っ逆さまに地面に落ちていく。突然の浮遊感にお互いバランスを崩しながらも、絨毯から落ちないように互いの袖を引っ張った。
「ちょ、いい子だから…!」
絨毯をなだめるように言ったネルは落ち続ける絨毯に魔力を注いで何とか制御をしようとしたが、墜落は止まらない。瞬く間に近づいてくる地面に思わず目をつぶった瞬間に予想していた衝撃は訪れなかった。
「止まった…」
「やるじゃない、ネル」
胸をなでおろして絨毯から降りたフェリスが、いまだに少し呆けているネルの肩を叩いた。
下からうめき声が聞こえて、視線を落とすとセシルを潰していた。急いで飛び降りて、その顔に手をかざすと首を傾げながらこちらを見たので少し安心する。
落ちた場所は草が生い茂り、鬱蒼とした森の中だ。その事は落ちる前から分かっていたが、上を見上げるとここから飛び立とうとするのは無謀であるとわかる枝の密集具合だ。
「大丈夫?」
「うん、でもなんだか…」
言い切らないうちにすぐ近くから、聞いたことも無いような大きな音が聞こえた。地面が揺れるような太くて力強い音だ。ふと師匠の絨毯を拾うと、その端が焼け焦げている。攻撃されたのだろうか、そう思って慌てて周囲を見渡したが、森を忙しなく走り回る生き物たちの気配がうるさい。
「とりあえず逃げましょう、館はあっちのはずよ」
「この音は…」
フェリスはここにいる者は全員役に立たないと判断したのか、テキパキと指示をし始めた。なにか心当たりがありそうなネルは森の奥を一瞬だけ見つめて、やっと歩き出した。
「おや、今日はちびっこたちだけかい?」
森を何とか抜けて、館にたどり着くと出迎えたのはボサボサの髪をさらに伸ばして、以前よりも少し痩せた様子の男だった。
「アキおじさんこんにちは!」
「おじ…よく来たね、君らの師匠も出ていったのかい?」
「うん、飛んでっちゃった」
アリアの無邪気な挨拶に一瞬胸を抑えたアキは、姿の見えないアネリを探すように四人の背後を不思議そうに見つめた。
「これまではそんなに大したことない感じだったのに、こないだの妙な武器も強化されてるみたいだ。道中何も無かったかい?」
「襲われた」
「襲われた!?」
それまで黙っていたネルがぽつりと言うと、飛び上がらんばかりに驚いたアキおじさんは全員の体をチェックし始めた。その過程で落ちた時に着いた葉っぱや虫をひょいひょいと取り去っていく。全員を調べ終わると胸をなでおろして苦笑した。
「良かった、怪我は無いみたいだ。でも、その絨毯は随分怯えてしまってるみたいだな」
手の中で震えている絨毯に目を落とす。普通、ほうきで飛んだりものを浮かせる時は魔力を使う。けれどこの絨毯には師匠の捕まえた精霊が宿っている。なので、自立して飛ぶことが出来る上に感情や痛覚を持っているのだ。
焼け焦げた絨毯の端をアキおじさんが少し摘むと、痛みを感じたのか絨毯がぴくりと震える。そして、その腕からぴょんと飛び降りた。
「あはは、ごめんよ」
「わっ!」
脱走した絨毯はセシルの背に隠れた。驚いて少し後ずさると絨毯も合わせて動いた。この中で一番安全だと判断したのだろうか、いずれにせよ臆病な絨毯はセシルの背中から離れなくなってしまった。
「鬱陶しいかもしれんがしばらくそのままにしてやってくれ」
微笑まし気に絨毯と子供たちを見たアキは微笑んだ。外の状況は分からないが、ここにさえすれば安全である。そう思って窓の外を見た瞬間に一発の銃声が響き渡った。




