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 それからの日々はなにも無かったかのように穏やかに続いた。ネルもフェリスも人間であるセシルを受け入れて、他の人と会ったときは一緒にそれとなくごまかしてくれた。最初はセシルも少し申し訳なさそうにしてはいたが、半年も経つ頃には何かの拍子に出自を疑われたとしても、さりげなく別の話題を出したり、うまくかわせるようになっていった。


「セシル」

「何?」


 ぽかぽかとした日差しが気持ちのいい昼下がり、アリアの魔法の練習を傍らで見守っていると、突然フェリスに呼ばれ、セシルは今まさに出かけていたあくびをかみ殺して振り返った。最近は特に問題なく過ごしていたはずだが何か彼女の気に障ることでもしただろうか。彼女はかなりの気分屋で、たまにひどく不機嫌になるときがある。そうなると八つ当たりされるのは決まってセシルであった。


「これ、あげるわ」


 予想に反して素っ気ない言葉とともに差し出されたものは、半年前に見せてもらった人形の完成品だ。洋服や顔を隠している布まで彼女の自作である人形は、自分を模しているとはいえとても愛らしく感じられた。鮮やかな色の糸でほどこされた刺繡に加え、顔のパーツも糸と布のみで作られているにもかかわらず、その人形が生きているのかと思いそうなほど不思議な美しさを秘めている。


「気に入ったでしょ?もしあっちに返っても肌身離さず持っていてくれると嬉しいわね」

「それはちょっと…」

「え?」

「いや、なんでもないよ」


 こうして軽口を叩きあえるほどの仲にもなれて良いはずなのだが、どれだけ楽しく話したとしてもどこかでは警戒されているような、そんなピリついた空気を感じることもある。今は機嫌がよさそうだ。


「うぅ~」


 もらった人形を眺めていると、背後からうめき声が聞こえてくる。振り返るとアネリとの勝負に本日幾度目かの敗北を喫したアリアが倒れている。傍らで杖をしまったアネリが彼女を引っ張り起こした。


「また負けた…」

「こちとら二百年生きてるんだ。それに弟子に負けたら師匠としての面目が立たないだろう」

「セシルぅ…」


 わざとらしく泣いたふりをして飛びついてきたアリアを受け止める。ここに来たときは甘やかされてきた弊害か、振り回されっぱなしだったが最近は彼女の不意打ちに耐えられるくらいにはなってきた。アリアが最初よりかは手加減してくれるようになったおかげかもしれないが。


「セシルに甘えても無駄だ。いくらお前が駄々をこねたってセシルが帰るのは変わらないからな」

「…」


 その言葉を聞いたアリアは膨れ面のままで、セシルの腰に回した腕の力を強くした。苦笑しながら頭を撫でるセシルの意志が変わらないことはとっくに知っているのに。


「早く一人前になれるといいね」


 穏やかな風が頬を撫でた。今日はずっと心地のいい天気で思わず立ったまま寝そうになってセシルに笑われてしまった。

 この里を出る方法は二つしかない。それは里長にその許可をもらうか、師匠に一人前と認められること。里長のレーナに訴えてはみたが却下されてしまったので、今は師匠に認められるための修行に打ち込んでいる最中なのだ。セシルは当然魔法は使えないのでいつも見学だ。彼がどんなことを考えているのかはあんまりわからない。自分の大切な人を奪った世界に自ら帰ろうとしているのはなぜなのか半年経ってもあまりわからない。でもその綺麗な朝焼け色の瞳が曇るのは絶対にあってはならないと思うのだ。


「ほら、休憩は終わりだ。もう一戦だ」


 師匠に引っ張られて渋々セシルから離れたとき、遠くから箒に乗ったネルが飛んでくるのが見えた。彼は今朝アルフィおばさんに連れられて万華鏡の市に出かけて行ったはずだ。珍しいもん好きな彼女はよく市に出かける。ネルはその荷物持ちでよく連れていかれた


「こんな早く帰ってくるなんて珍しいわね、今日はいいものがなかったのかしら」


 ネルと一緒にいることが多いフェリスも首を傾げる。よくよく見るとアルフィおばさんは見えない。それ自体は珍しいことではないが、市から早く帰ってくるときは決まっておばさんが師匠にちょっかいを掛けるためにネルについてくることも多かった。


「お目当てはなかった?」


 少しからかうように降りてきたネルにフェリスが声をかけたが、なぜか焦った様子のネルは師匠に向かっていく。


「どうした」

「アネリさんを里長が呼んでる」

「またか、いつまでたっても懲りない連中だ」


 顔を見合わせる子供たちをよそに、アネリはその言葉の裏に隠された事態を悟ってため息をつくのをすんでのところで留めた。穏やかでマイペースな里長の緊急招集、それは半年前の一件以降おとなしくしていた人間たちがまた攻めてきたことを示していた。半年前に使われたという妙な武器もまた使われているのであれば、半年前のように彼女が思念を飛ばさなかったのも頷ける。余計な魔力消費は命取りとなるからだ。


「師匠?」


 思案にふけっているとアリアが不安げな様子で見上げてくる。

 里の決まりの一つとして弟子が二人以上いる者は招集に参加しなくていい、というものがある。それを無視して呼ばれたことを考えると人間もかなりの力を有しているのかもしれない。


「ネル、お前の師匠は?」

「師匠も呼ばれて飛んでいったよ」

「まあ、そうだろうな」


 子供たちを任せようかとも思ったが、好戦的、というよりかは退屈を嫌う彼女にとって戦争は、普段のストレスを発散するのにうってつけの場所だ。


「おまえらを送ったら行く。ほら、全員ここに乗れ」


 久しぶりの絨毯だ。アリアは真っ先に飛び乗った。後から三人も乗ってくる。師匠はほうきに乗ったまま絨毯を浮かせた。


「こいつに送らせるから、着いたらそこら辺にいるやつを捕まえて私が招集されたことを言ってくれ。そうすればあとは何とかなるだろう」

「分かった!」

「なんかあったら教えたことをちゃんと実践しろよ」

「分かった!」

「本当に?」

「分かってる!」


 なんだか不安になるやり取りだったが、アネリはそんな考えを無理やり頭の片隅に追いやって空に浮かび上がった。同時に少し低い所まで絨毯が上がる。杖を降って小さな精霊に避難用の館まで行くように指示すると、子供たちを乗せた絨毯は正しい方向にゆっくりと動きだした。

 小さくなっていく師匠はしばらくこちらを見ていたが、手を振ると逆の方に光のような速さで飛び去ってしまった。

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