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「あなた、人間なんでしょう?」
とっさに言葉が出てこなかったのか、セシルとフェリスが見つめ合う。固唾をのんでネルと見守っているとセシルにじっと見つめられているフェリスのほうがたじろいだ。
「な、なにか言いなさいよ」
「あ、いや…」
また部屋に微妙な空気が落ちる。冷めきったスープを一口飲んでセシルは、少し笑って言う。
「人間だったらいや?」
「人間だったらいや、ていうか無理ね。でもセシルとは散々遊んだし、悪い子じゃないでしょ。ここまで関わっていまさら態度を変えるのはかっこわるいし。そうよね、そう言いたかったのよね、ネル?」
すらすらと話して振り返ったフェリスにネルは何も言わない。じっと押し黙ったままのネルは唐突に自分の髪の毛をくしゃりと握って苦笑した。
「なんで全部言っちゃうのさ…」
「ずっとうじうじ悩んでバカみたいね。来ちゃったものはしょうがないでしょう、それに私よりも小さいこの子がなにかするとでも思ってるの?」
「はは…まあ、それもそうだね」
あっけらかんと言い放ったフェリスにネルが諦めたように肩を落とす。セシルは思いもよらない展開に戸惑っているが、二人に向かって頭を下げた。
「ごめんなさい」
「何を謝るの?」
「人間なのにここにいて…」
フェリスは返事の代わりに人形を差し出した。それは、美しい銀髪を持っているが顔のない人形だ。セシルはそれを戸惑いながら受け取ろうしたが、フェリスはそれを背中に隠してしまった。
「…?」
「今はダメ。これはあなたの人形、けれどまだ顔が作れていないの」
「うん?」
「だから、見せて」
「?」
「あなたが本当に人間ならば、顔を見せて」
布越しでも分かるほど真剣な眼差しに貫かれた。絶対に逃がさないと言う気迫がそこにはあった。ネルが控えめにフェリスを抑える。
「そこまでしなくてもいいんじゃないか?」
「これはあなたには関係ない。私がセシルの顔を見たい、それだけなの」
少しむっとした様子のフェリスにぴしゃりと言われてネルは口を閉じた。再び、フェリスがセシルに向き合うと俯いていたセシルは一呼吸置いて自分の顔を隠す布をめくった。
「…!」
二人が息を呑む。柔らかい銀髪に良く似合う朝焼けの瞳が不安げに揺れている。何言われずにじっと見つめられて居心地が悪くなったのか、手を握ってくる。温かくて柔らかい手が少し震えている。
「ふぅん」
緊張した面持ちのセシルを見たフェリスは、どちらともつかない反応をした。ネルはじっとセシルの顔を見つめて黙り込んだ。
「せめて、何か言って欲しいんだけど…」
「そうなの?そうね…思っていた何倍も、綺麗だわ」
フェリスはまだ気まずそうなセシルに首を傾げながらも、流れるような動きでその銀髪を撫でた。目を大きく見開いたセシルに顔を近づけて微笑む。
「これであなたの人形を完成させられるわね」
「フェリスお姉ちゃんたのしそうだね」
「そう?魔法使いの人形は作り飽きてるのよ。だからかもしれないわね」
意外なことにフェリスの反応は想像していたよりもはるかに良かった。人嫌いはどこへ行ったのやら、セシルの瞳を覗き込んでは、頭の中で人形の完成図を思い描いているようだ。上機嫌なフェリスは我に返ってネルの方を見る。
「ネル、あなたはどう思う?綺麗だと思う?それとも人間と言うだけでこの子を拒絶するの?」
「…君はそうじゃなかったのかい?」
「前に私のいたところでは、魔法使いの子も人間の子も等しく酷い扱いを受けていたわ。いつからか、あそこにいた子はみんな兄弟みたい思ってたわ。だからセシルみたいな子は信用できると思うわ」
「それに私たちを害する者を里長がこの里に入れるはずないわ、師匠もね。だから信じるの」
苦笑して質問を返したネルに、フェリスはいつになく饒舌に答えた。その様子に大人を信用できずにずっと部屋に引きこもっていた少女の面影はない。
「そう、だね。君の言う通りかもしれない。」
フェリスの言葉を聞いたネルは、セシルの顔を見つめながら曖昧に頷いた。
「みんな仲良し?」
「うん、仲良しよ。アリアはこれが目的だったのね」
「うん!」
「あら、朝から賑やかね」
柔らかく解けた空気になった部屋の中に気だるげな声が混ざった。今さっき起きたらしいアルフィおばさんが部屋の入口で目をこすっている。
「やっぱり朝早く起きると眠いわね…ネル、今日は家で遊ぶのかしら?」
思わず動揺したネルはセシルの目を自分の手で隠した。セシルは目を塞がれたままアリアと顔を見合わせる。フェリスがその様子に少し笑った。
その様子を見て、ぼんと手を打ったアルフィおばさんはあっけらかんと言った。
「あぁ、セシルのことは知ってるわ」
「じゃあ、なんで…」
驚きながらセシルの目を解放したネルの問いに、返ってきたのもまた問いだった。
「教えなかったのか、かしら?教えてたらあなたはセシルと友達になった?」
「…」
痛いところを突かれてネルは押し黙った。そんな弟子を優しく撫でて彼女は微笑んだ。子供にぶつけるにはこの問題は重過ぎるものだ。その代償を背負うべきなのはいつだって大人なのに、いつだって未熟なままでその皺寄せを食らうのは子供だ。
「でも、もう仲良しになったのでしょう?ならいいじゃない、いつだって結果が全てよ」
その言葉でその場はいったん解散となり、明日また遊ぶ約束をして彼らの家を後にした。セシルは気が抜けたのか地面の上に座り込んだ。
「大丈夫?」
「うん…みんな優しいんだね」
「そうだね、みんなくるしんでここに来たからね」
背をさすっていると、付けなおした布をめくったセシルの顔が目に入った。
「顔が見えないって不便だね。君の顔だっていつか見てみたいよ」
「そんなことしたら大変なことになっちゃうよ」
「冗談だよ」
立ち上がって、心なしかさみしそうに笑ったセシルの顔と、その顔を照らす夕日がやけに頭の中に残った。




