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「じゃ、お邪魔したわね」


 沈黙の落ちた部屋の中、一人勝手に満足したアルフィはいつの間にか拘束を解き、颯爽と扉を出ていく。その腕を思わず引いて止めた。


「なぁに?」


 少し驚いたようにこちらを振り返った彼女はにこりと笑いかけてくる。その笑みを少し怖いと思ってしまうのはなぜだろう。少し怯んだ気持ちを隠してその布の向こうの瞳に問いかける。


「祖父を、愛していましたか」

「…えぇ」


 あの人は自分を置いていく。何事にも淡白にふらふらと漂うように生きてきた中で初めて恐怖した。あの穏やかな笑みを浮かべる優しい瞳が濁り、美しい黒髪が色を失うのを。だから、離れた。彼の心に根差してしまう前に。彼の人生がまだ修正のきくうちに。私の心が離れらることができなくなる前に。

 不思議な巡り会わせで目の前にやってきた孫によって、それは結局彼を傷つけただけだと知ってしまった。でももうなにもできることはない。


「そうですか」


 聞いておいてなにも返せる言葉は無かった。これは祖父と彼女の物語だからだ。二人の愛の先に自分がいただけ、ただそれだけだ。


「もう、帰るわ。もしあの人に会うことがあれば伝えてくれないかしら、好き勝手してごめんねって」


 その声音はどこか悲しげな響きを纏っていた。祖父の消息は分からないが、それが叶う確率が低いということは彼女もわかっているのかもしれない。静かに扉を開けて出て行った彼女が飛び去る音を聞いてもしばらく部屋の中には沈黙居座っていた。


「はぁ…あいつは本当に…」


 最初に声を発したのはアネリだ。深いため息をついて窓から外を見る。いつだって奔放な彼女と一緒に育ってきた故に、人間の街を旅していた彼女がそんなことになっていたとは微塵も知らなかった。


「ネルの師匠が私とセシルのおばあちゃんってことは、私とセシルはしんせきってこと?」

「あぁ、何と言ったか…いとこか?」

「そうだね、アリアのお母さんにもどこかで会ってたのかな」


 アリアはセシルが来た日にリウがベッドで眠るセシルの傍らにずっとついていたのを思い出した。もしかしたら最初から全て知っていたのだろうか。そうだとしたら彼女はひどく驚いただろう。だからこそ、不完全な形でこの世に戻ってきてしまったチェルシーの魂を身を挺して抑えた。


「あぁ、だったら素敵なことだな。さてあいつの事は一旦忘れよう。今はネルに目を見られた方がまずいな」

「ネルはやさしいから、きっと仲良くなれるよ」

「そうかな…」


 祖父母への感傷を無理やり胸の隅に追いやって、ネルの顔を思い浮かべる。避難所で一瞬感じた人間への明確な憎悪はセシルの胸に影を落とす。見てるこちらにまで伝わるほどの感情の揺らぎが肩にかかった手の力から伝わってきた。せっかく里に馴染んだと思っていたのに耐えずにやって来る面倒はまだ傷が治りきっていないはずの心を揺さぶり、乱していく。


「まぁ、考えてもしょうがない、まずは部屋の片づけだ」


 そう言って気持ちを切り替えるように手を叩き、アネリは部屋を見渡した。一回目のチェルシーの事もあり、壊れたらまずいものには強度を強める魔法をかけたが、それ以外のものには何もしていないので以前のようにひどく散らかっている。何も割れていないのは不幸中の幸いだ。


「…」


 色々なことが起こりすぎて疲れてしまった様子のセシルをソファに座らせて、アリアは片付けようと師匠の方へ走り出そうとした。その瞬間腕が掴まれて体が傾く。


「わっ!セシル?」


 引っ張り戻されて体勢を崩し、ソファに座り込む。引っ張った手を握ったままセシルは何も言わずに膝を抱えてうずくまった。その手を振りほどくことも出来ず、とりあえず隣に座るしかない。そんな二人を見たアネリは両手に大量の本を抱えながら呆れた声音で言う。


「お前ら、師匠を働かせていい身分だな」

「だってセシルがー」

「はいはい、仲良しでいいな」


 言い訳をしようとしたアリアを遮って、また本を積上げたアネリは部屋の片隅にそれをまとめて置いた。 

 落ち着いたセシルが顔を上げた頃には、師匠が一人でほとんど片付け終わらせていた。


「よし、終わったな」

「すみま」

「敬語」


 立ち上がったセシルがアネリに頭を下げようとした瞬間に、少年の顎を掴んだアネリは一言だけ言った。呆気にとられたセシルは顔を上げてぽかんとする。


「ごめん」

「いちいち謝らなくていい。」


 すっかり戻っていた口調を直すも、少し居心地が悪そうにしているセシルにぴしゃりと言い放ったアネリは、手に持った小さな額縁を棚に置き直した。中の写真には苦い顔でまだ赤ん坊のアリアを抱くアネリとちょっかいをかけるアルフィ、ほぼ同じタイミングで里に連れてこられた無愛想なネルが写っていた。

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