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閑話 ハロウィン1

「今日は何の日だと思う?」

「?」


 ある朝、いつも通り食卓に着き、朝食をとっているアネリが何やら楽しそうな様子で話し始めた。何のことか全く分からず首を傾げたセシルに対して、アリアは勢い良く立ち上がって身を乗り出す。


「あ!はろうぃん!」

「そうだ」

「なにそれ?」


 立ち上がった勢いでひっくり返りかけたアリアのスープの器を静かに抑えながらアネリが答える。言われても全く何のことかわからなかったセシルはますます首を傾げた。信じられないという風にアリアはこちらを振り返る。


「知らないの?一年で一ばん楽しい日なのに?」

「知らない。お祭り?僕の街には無かったよ」


 早くも朝食を済ませたアネリは席を立つ。彼女が少し離れた場所でおもむろに手を振ると、次の瞬間にいつもよりもしっかりとしたよそ行きの服に着替えていた。ドレスというには少しラフだが、宝石や刺繡に飾り付けられたその服は、いつもアネリが着てるものとは全く違う系統だがとても似合っている。まだスープを飲み終わっていないアリアは、そわそわとしながらアネリに問いかけた。


「今年もお買い物行くの?私はおるすばん?」

「いや、今年はみんなで行こう」

「ほんとうに!?師匠とセシルとお出かけ!」

「ほら、そうとなれば早く食って着替えるぞ」


 急いで食事を済ませたアリアは自分用の杖を取り出して、一番お気に入りの紺の生地に繊細な白い刺繡が施されたワンピースに着替えた。里で一番の大きさを誇る万華鏡の市で師匠にねだって買ってもらって以来、ずっとアリアのお気に入りになっている。


「ほら、セシルはこっちだ」


 やっとスープを飲み終えたセシルをすかさず、アネリが呼びつける。また首を傾げながらこちらに来たセシルの寝癖を直す。気を取り直して、杖を取り出して軽く振ると彼の纏っていた寝巻があっという間に外出用の服に変わる。


「わぁ!」


 思わず声を上げたアリアがセシルに飛びついた。黒を基調とした服だが、ブラウスは人間の貴族が着るような形式に近いものを、ズボンは魔法使いが好む余裕のあるデザインのものを合わせている。その服にはセシルの持つ銀髪がよく似合っていた。


「ちょっと大きかったか?まぁ、似合っているからいいだろう」


 セシルの周りをぐるぐると回りながら、様子を確かめたアネリはセシルの正面に戻ってくると得意げに頷いた。目を輝かせながら同じようにセシルの周りをぐるぐると回っていたアリアはふとアネリを見上げる。


「もしかして師匠が作ったの?」

「そんなわけないだろう。まぁ、ミイラの仮装をしたいなら任せてくれ。これはアリアが着てる服を買った店で選んできたんだ。お前が気に入らなければ、今日また新しいものを買ってやろう」

「い、いや、ありがとうございます」


 肩をすくめたアネリが帽子から取り出した姿見に映った姿を見ながら慌てて礼を言う。黒いブラウスのデザインはかつて父が公務中に着ていた服に少し似ていて、しんみりとした気持ちになった。しかし、騒がしい魔女たちが楽しげに話しているのを聞いていれば、だんだんとわくわくした気持ちが湧いてきた。今日はきっと彼女たちにとって待ちに待った日なのだろう。楽しむべきところでは楽しむべきだと、言い聞かせて気持ちを切り替える。


「じゃあ、出発するか」

「うん!」


 いつもでも楽しそうだが、いっそう軽やかな足取りのアリアと手をつないで外に出る。空を見上げて息を吞む。たくさんの魔法使いたちが空を往来していた。里の中心に向かっているものが多く、ほとんどの者がきらびやかな衣装に身を包んでいる。アリアのようにはしゃいだ子供たちも師匠の後ろに乗せられて遠目にも楽しそうに行き先への期待に胸を高鳴らせている様子だった。


「今年も賑やかだな」

「ね、私たちも早く行こうよ!」


 裾を引っ張りながら急かす弟子に苦笑したアネリはソファを取り出して浮かせる。ハロウィンで賑わう万華鏡の市周辺はひどく混雑する。そのため、店に入るだけでも時間がかかる。幸い、魔法使いは空を飛べるので空で待つことができるが、それでも普段はに人間の街に住んでいたり、旅に出ている者、また、こっそりと紛れ込む人間など様々な者が集まるのでその混雑加減はとんでもないことになる。そのため多くの者はゆっくりと待ち時間を過ごすためにソファや絨毯、さらにはベッドなど寛げるものに乗って市に向かうのだ。

 まだ飛ぶことには慣れていないセシルが腕にしがみつき、アリアがそんなセシルにちょっかいをかけているのをたしなめながら飛び立つ。他の魔法使いたちの間に平行になる高さまで上がるとすぐさま声を掛けられる。セシルを弟子にする会議には出席していたが、あまり関わりはない魔女だ。きっと人間を弟子にした奇特な魔女をからかいに来たのだろう。


「あらアネリ、久しぶりね!調子はどう?」

「まぁ、ぼちぼちだな」

「弟子が二人もいると大変でしょうね。うちの子はこないだ喧嘩して出て行っちゃったわ」

「大丈夫なのか、それは」


 あまり反応せずにさっさと追い払おうとしたが、思わず反応を返してしまう。にやりと笑った魔女は後ろからこちらを見るセシルを一瞥しながらわざとらしい口調で言った。


「大丈夫よぉ。私が教えた魔法があるし、里以外の世界を知らないからきっとすぐに戻ってくるわ」

「そうか、なら大丈夫そうだ」


 何気ない動作で杖を取り出し、彼女の頭上に花火を打ち上げる。彼女は急な爆音に悲鳴を上げて箒から落ちそうになった。周囲では何も知らない師弟たちが色とりどりの花火に歓声が上げる。


「ちょっと急に何すんのよぉ」

「いや、お前の弟子が戻ってくるといいなと思って花火を上げただけさ。ちょっと失敗したけど綺麗だろ?」

「きれいだけどちゃんと結界張っといてよね。もう、耳が千切れちゃうかと思ったわ!」


 耳を抑えながら不満を言いつのった彼女は、アルフィに似てきたんじゃない?と捨て台詞を吐いてさっさと魔法使いの群れに紛れ込んでいった。彼女以外の周囲の人間には結界を張っておいたので他の者が爆音に耳を傷めていることはないはずだ。怒りか恥か、どちらかは分からないが少し赤くなっていた耳に溜飲が下がった。


「ああいうのは、無視していいからな」

「なんだか騒がしい人だったね、それにしてもはろうぃんってどんなお祭りなの?」


 特に気にしていないセシルは背後に流れていく花火を見ながら問う。見るものすべてが物珍しいのだろう。花火は里長が作り出した魔法で、主に祝い事のときや場を盛り上げたいときに使用されることが多い。綺麗で派手なので奔放で自由な魔法使いには好まれているのだ。しかし、一つ注意すべきことは花火を上げるときにとても大きな音が出ることだ。間近で聞けば鼓膜が破れるので人の近くで使用することは基本的に禁止されている。


「ハロウィンは、里長がはじめたおまつりでね、年に一回みんなでおいしいものを食べたり思いっきり遊んでいい日なんだ」

「割といつも通りじゃないか」

「それだけじゃない、今から行く万華鏡の市ではハロウィンでしか買えない貴重な魔道具とか薬が売られてることもある。普段から賑わってるが、この時期になるといろんな奴らが店を出すから掘り出し物を求めて、みんなこうして市に向かうのさ」

「へぇ…」

「アリアはあんまり興味がなさそうだったから去年は留守番してもらったんだが」


 アリアの方を見ると既に舟を漕いでいる。薬には興味がないので、アネリが薬についての話を始めるとすぐに寝てしまう。基本的に魔法と魔道具の事には興味津々な様子だが、薬にはあまり気が進まないようだ。


「まあ、他にも変な食べ物を売ってる屋台とか、自分が開発した魔法を派手に披露してるやつらとかもいる。基本的に他人を傷つけなければ何でもやって良いんだ」


 あれこれ説明しているうちに市が見えてきた。既にたくさんの人が集まっていて空中で様々な魔法を披露するものや、退屈そうな顔で店に並んでいるものも多い。


「すごい…」


 セシルは思わず身を乗り出す。派手な建物が立ち並び、ハロウィン特有の飾りつけか、オレンジと黒の組み合わせの装飾が市を華やかに彩っている。人々が楽しげに往来する様子は、人間の街で行われる祭りと遜色ない賑わいを見せていた。

 アネリはセシルの身体を支えながら、完全に眠りに落ちているアリアを起こした。


「ほら、もうすぐ着くぞ」

「あ、着いたの?…わぁ!」


 起きたアリアはぼんやりとした顔で前を見る。しかし、市が目に入った瞬間、セシルと同じように身を乗り出そうとした。すかさずその身体をソファに押し戻す。


「危ないだろ、着くまでちゃんと座っててくれ」

「はーい」


 2人が座り直したのを見て、額にうっすらと浮かんだ汗を拭う。市ではぐれた時の想像をしないようにしながら、市の中心まで飛んで行く。中心は他の場所よりもはるかに混雑している。空を飛ぶにもすぐ横にも前にも別の魔法使いが飛んでいて、この混雑から出るのすら一苦労だ。衝突事故が起きても皆慣れた様子で助け、終わると直ぐに飛び去る。

 目を輝かせているであろう子どもたちの様子を見つつソファで進んでいくと、目当ての店が見えてきた。

大遅刻ハロウィンです。はぴはろ。

思ったより長くなりそうなので、しばらくお付き合い下さい。

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