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来客への対応をして帰ってきたレーナは、ひらひらと手を振りながら笑って食卓に座りなおした。
「やっぱ昨日の襲撃についてだったね。ご飯が終わったらみんなに話そう」
そう言ったきり、口元は笑っているものの無言になって食事を再開した。師匠にも促され、とりあえず目の前のサンドイッチをやっつけることに集中する。一方でセシルは少し苦戦していた。その様子を見て、苦笑しながらアキが手本を見せる。
「坊ちゃんは慣れてないか、こうやるんだよ」
口を大きく開けて豪快にかぶりついたアキを見て、セシルは目を見開いた。その表情はもう布に隠れてしまっているが、アキはにやりと笑って残りのサンドイッチを口に放り込んだ。
朝食の時間が終わり、その場にいる全員がなんとなく背筋を伸ばした。これからはまじめな話が始まると何となく察知したからだ。
「ま、朝からする話でもないんだけれど、こういうのは早めに話しておいた方がいいだろうからね」
「子どもたちは一緒でいいのか?」
「あー…うん、むしろ一緒に聞いてもらいたいというか…なんていえばいいんだろうね」
歯切れが悪くなったレーナにぼんやりとセシルは話されることが分かった気がした。
「昨日、里が襲われたのって僕のせいですか?」
「…」
口角は上げたまま黙り込んでしまったレーナに、少し納得した。子供に酷な結果を告げたがらないのは、魔法使いも人間も同じだと思う。胸の奥から湧き出ようとする不安を必死に抑えながら歯を食いしばる。
いつの間にか強く握りしめていた手に温もりが当たる。アリアが微笑みながら手を差し出していた。かつての彼女が悪夢にうなされて、不安に打ちひしがれていたときに彼女の友達がしてくれたことだった。
その手をそっと握ると、胸がすっと落ち着くような心地がする。手の輪郭や指の間をなぞる感触がくすぐったくて思わず笑みが浮かんだ。
「僕は大丈夫です。話してくれませんか」
「…君が、そう言うならば話そう」
大きく息をつきながら、対応のためにかぶっていた帽子をとったレーナはそれをテーブルに置いて、姿勢を正した。子どもと少し侮っていたのは間違いない。しかし、目の前にいるのは間違いなく貴族としての誇りを持ち合わせた立派な少年だ。
「このことを話す前に、きみには答えてもらうことがある」
「はい」
「君にはどのくらいの記憶があるんだ?」
その質問を聞いた瞬間に、心の底で厳重に鍵を掛けられた何かがざわりと動いた。思わず強めた手の力を弱めながら、落ち着いて答える。
「…両親が、亡くなった日のこと以外は覚えています」
「そう、なら少なくとも魔法は成功していたわけだね」
「魔法?」
「あぁ、ある魔法使いが君をここに連れてきて、あの日の記憶を消した。それは良かれと思ってのことだったけれど、アネリが早々に話してしまったからあんまり意味はなかったけどね」
「私は隠し事が苦手だからな。お前には酷なことをした、すまない」
「いえ…隠されるよりも話してくれた方が良かったよ」
貴族として叩き込まれた言葉遣いが崩れた。それでもそれを咎める人はここにはいない。もう、いなくなってしまった。
「きおくをけす魔法って、師匠がかけたわけじゃないの?」
「私が掛けてたらそんな無駄なことしないだろ」
思わず首を傾げたアリアに呆れたようにアネリが言った。アネリは自分の性格をよくわかっているので、もしセシルを連れてきた立場だとしても記憶を消すようなことはしない。
「昨日会ったフェリスの師匠を覚えてるか?あの人がお前をここまで連れてきたんだ」
「どうして?」
「まぁ、知らないのも道理か。お前の母とフェリスの師匠のハヴィは友人同士で何かあった時にお前を助ける約束をしていたんだ」
少し気弱な印象を受けるが、丁寧で物腰が柔らかい柔和な魔女の姿が浮かんだ。大きなベッドを杖一本で持ち上げていた姿が印象に残っている。
「お前を助けてきた時、このことを覚えていたらきっと辛い思いをすると思って記憶を消したんだ」
「まぁ、こんなに話を広げるつもりは無かったんだけどね。私としては君が貴族であったその自覚を覚えてくれていただけでいい。さっき話そうとしていた本題はそのことについてだからね」
くるりと帽子を手の上でもてあそびながら、立ち上がったレーナは、窓際においてある小瓶を手に取った。その中身は闇に覆われ、中の様子は全く分からない。その小瓶を眺めながら、レーナは物語を聞かせるように語り出した。
「昨日、いつもとは少し様子の違う襲撃があったのは知ってるよね。おかしいと思って、捕まえた人間に目的を聞いたんだ」
「こんなに大掛かりな攻撃を仕掛けてまで何か欲しいものでもあるのかって。そしたらなんて言ったと思う?」
セシル・ブランシェを返してもらう。
目眩がした。アネリやアリアが息を呑む音も、アキが浮かべているであろう気の毒そうな顔も全てが遠のいていくような錯覚が起きた。
今朝見た、断片的な夢を思い出す。燃え盛る屋敷の中、悲哀と怒りが散乱した廊下を兄のように慕っていたセラと走っていた。出口に繋がる階段はメイドや使用人、護衛の兵士の死体で埋め尽くされ、二人泣きじゃくりながらその人たちを踏んで階段を降りていた。
家を襲ったのは敵などではなく、民衆だった。いつも街にこっそりと出れば、何も知らない振りをして挨拶をしてくれていた人たちが、屋敷中を壊して回っていた。そんな人々が今さら何の用だと言うのだろう。
「セシル!」
フラッシュバックした夢の内容に思わず体がふらついた。アリアに支えられて何とか体勢を直すと、レーナも少し心配げにこちらを見ている。
「大丈夫?また今度にしようか」
「ここで逃げても、またここが襲われるなら今聞いてどうするか決めます」
「君は年齢の割に落ち着きすぎているね。君の民はその賢さを見抜いていたのかもしれないけれど」
「?」
「つまり、君に新たな領主として戻れと言っているんだ」
その言葉に、頭を激しく殴られたような衝撃を受けた。若いうちに領主に就く人間は少なからずいるが、いくらそうだとしても限界があることはセシルだって分かる。驚きのあまり何も言えないでいると、唐突にアネリが立ち上がった。




